第32話 巨人を作れ!
「
山の頂上。
毎日こつこつと巨人の骨を増やし続けるだけの作業をしていたここで、割と長く俺は滞在していた。いつも自分の魔力が枯渇したら戻り、その後は回復に努めながら座学を行うのが日課だったのに。
巨人の骨に俺の魔力が根こそぎ吸収されて、くらりと頭がふらつく。朦朧となりそうな意識を舌を噛んで堪えて、どうにか両の足で立ち続けた。
「は、ぁっ……クリス……!」
「はい、ごしゅじんさま」
「
俺が何も言わずとも、手を差し出すクリスの手に重ねて、その魔力を吸収する。
一気に俺の魔力の器は満たされ、同時に不快感と嘔気が訪れた。もう何度となく繰り返しながらも、この感覚は慣れないものだ。
そして満たされた魔力と共に小さく息を吐き、嘔気と共に浮かび上がってきた喉の奥の酸っぱさを、唾を飲み込んで耐える。
もう、何十回これを繰り返してきただろう。二十までは数えたが、そこからは面倒になってやめた。
「はぁ、はぁ……」
「ごしゅじんさま……」
「止めるな、クリス。これが、俺にしかできないことなんだ……!」
「……はい」
目の前にある、巨人の骨――その大きさは、俺の想像よりも大きなものだった。
クリスと共に作った、足の骨。その大きさから全体像を想像していたが、そこは俺が巨人という存在を見たことがなかったのも理由の一つだろう。普通の人間の骨格よりも、足が短く胴が長く、そして両腕が膝に届くほどに長い。人間よりも、猿の骨格に似ていると考えればいいだろうか。
その頭から足元までの大きさは、まさに規格外だ。俺の身長の、十倍以上にもなる巨大な体躯である。
頭蓋骨の中に、俺がすっぽりと入れるほどだ。
「だが、ここまで来た……もうすぐ、だ……」
「はい」
巨人の骨は、もうほとんど完成していると言っていいだろう。
残るパーツは頭蓋骨の下部――顎の骨だ。その顎も、恐らく肉食だったのだろう巨人の食性を象徴しているかのように、巨大な犬歯が生えている。
ここまで至れば、今ある魔力を捧げるだけで顎の骨は完成してくれるだろう。
「はぁ、はぁ……
俺の全快になった魔力が、再び巨人の骨へと吸収されてゆく。
それが魔方陣から巨人の骨へと至り、その頭蓋骨の部分――下部に、新たな白い骨を作り出す。
巨大な犬歯が上下に揃った、凶悪な面相の頭蓋骨。それが俺の魔力によって形作られ、そして。
初めて。
巨人の骨に吸収される魔力が、俺の中に残った。
「は、ぁっ……!」
骨のパーツは、これで全て揃った。
その達成感に、思わず膝から崩れて尻餅をつく。合計何度、俺はこの骨のせいで魔力が空っぽになっただろうか。
だが今、俺の目の前には。
細かな骨のパーツも全てが揃った、巨人の全体像がある。
「やっと、できた……」
「ごしゅじんさま、おつかれ?」
「疲れたに決まってるだろ……どれだけ魔力を使ったと思ってるんだ」
「クリスも、すこしおつかれ」
「そりゃな……」
無尽蔵で、全く底が見えないと思っていたクリスの魔力。
それが、僅かに目減りしているのが俺にも分かる。当然ながら、肋骨の相反する部分や片腕など、クリスの複製できる部分はやってもらった上での完成だ。
さすがのクリスの魔力でも、俺に延々と供給しながらおそろしく魔力を消費する複製を続けていれば、多少は目減りするらしい。これで多少目減りするくらい、ってのが反則極まりないんだが。
しかし、問題は。
「ごしゅじんさま」
「ああ……」
「ほね、うごかない」
「そうだな」
巨人の骨は、完成した。だが、その骨は横たわったままで微動だにしない。
むしろ、骨と骨との間には空間があるくらいだ。スケルトンは何故か関節部分が繋がっているが、巨人は関節と骨が繋がっていないのである。
つまり現状、俺は莫大な魔力を使って巨人の骨格を作っただけという、悲しい結果だ。
これが動いてくれないのならば、俺が今まで巨人に捧げてきた魔力と時間は、全て無駄ということになる。
「うぅん……」
「うごかない?」
「完成されたら、魔力が生じるかと思ったんだけどな……やっぱり、魔力は全く感じられない」
「じゃあ」
「スケルトンとして、自由意思を持たせて動かすことはできない」
「しっぱい?」
「……ああ。そうなる」
俺が今まで作ってきたスケルトンのように、自律的に動かすことはできないということだ。やはり何か核のようなものが必要になるのか、それも分からない。
そもそも、スケルトンがどうして動いているのかという謎も、未だに解決していないのだ。この巨人が動かない理由も、現在のところ全く分からない。
クリスの言うように、失敗と言っていい結果だ。俺と巨人だけで解決してみせると、そう思っていたのに。
「どうするかな……デスナイトみたいに、スケルトンで繋ぎ合わせるとかはできそうだけど……」
「ほねでほねをうごかす?」
「それなら結局、最初からスケルトンで作ればいい話だからな」
それぞれの骨のパーツの周りにスケルトンを配置し、全員の同一な意思疎通によって動かすことができる――それも考えたが、それでは巨人の骨を使う意味が無い。
どうすれば、この骨を動かすことができるのか――。
「巨人の骨に、魔力が通らないのが問題なんだよな……」
スケルトンは、骨に存在する魔力を使って動いている――それが現在の仮説だ。
つまり、魔力を持たない骨ではスケルトンを作ることができない。巨人の骨が限りなく無機物に近い限り、この骨でスケルトンを作るというのは不可能な話である。
だが。
そこで俺に、天啓が降りた。
「魔力が、存在しない物質……そこに、魔力を……」
「ごしゅじんさま?」
「そう、だ……!」
本来、魔力を持たない存在に対して、魔力を与える方法。本来ならば不可能である、その芸当。
それを、俺は知っている。
ただの硝子にさえ、魔術を『刻む』ことができる存在を。
「『刻印魔術』――!」
それは、魔力の存在しない物質に己の魔力を刻み、魔術を発動させることができる、世界で唯一の方法。
そして、それを行うことができるのも、大陸広しといえたった一人だけ。
『紫の賢者』エレオノーラだけが使える、『刻印魔術』――!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます