第31話 俺にしかできないこと
「兄さんっ!!」
エレオノーラからの報告を聞いてすぐに、俺はクリスに頼んでフリートベルク領まで
当然、到着したのはフリートベルク家の屋敷だ。俺が何度となくスケルトンを作り続け、現在も深紅の絨毯の下にスケルトンを作るための魔方陣が描かれている部屋である。クリスとエレオノーラを含めた三人でそこに到着してすぐ、俺は隣の部屋の扉を蹴り開けた。
先日向かったとき、エドワードが女を侍らせて酒盛りをしていた居間。
そこには誰の姿もなく、ただ酒瓶が転がっているだけだった。
「いないねぇ」
「くそっ……」
「まぁ、とっくに向こうさんと合流してるだろうと思ってたがね。『聖教』と手を組んだのか、それとも『聖教』がエドワードを攫って大義名分に利用しているのか」
「……」
エレオノーラの言葉に、できれば後者であって欲しいと望んでしまう俺には、まだまだ覚悟が足りないのだろう。
いくらエドワードであっても、自分が生まれ育った領地を危険に晒すような、そんな選択肢は選ばない――そう信じたい。
現在、スケルトンを用いて農業を営んでいる農村。スケルトンホースの馬車が周回している領内。その全て、『聖教』から見れば邪教の使徒を使役しており、邪教に染まっていると判断されるものなのだから。
そして『聖教』の信者は、邪教を毛嫌いする。
かつて、バースの村が皆殺しにされたように。
「ジン、覚悟しな」
「お師匠……」
「アンタは、エドワードに戦争を仕掛けた。そして、エドワードはその戦争を受けた。自領の民を兵に使うんじゃなく、外部の戦力に助けを求めた。町長が描いていた絵図通りにはいかなかったが、それでもアンタは、選択したんだ」
「……」
「兄貴と戦う、って道をな」
エレオノーラの言葉が、心に刺さる。
俺はエドワードを殺したくないと、そう我儘を言った。そのために、アンドリューさんが誰も傷つかないようにと絵図を描いてくれたのだ。平和に、無血で俺が領主になれるように、策を練ってくれたのだ。
そして、再び領主になると選択したのは俺自身だ。
ならばこの戦いの責任は、俺にある。
「それで、どうするつもりだい?」
「……まず、アンドリューさんに現状の報告を。『聖教』の騎士団がやってくるとなれば、町も混乱しますから」
「あたしの方から説明しておくよ。ジンは、ジンにしかできないことをやるんだね」
「……はい」
戦力の当てを、考えてみる。
フリートベルク領のそれぞれの村――八つの村には、いざ『聖教』がやってきたときのための戦力を与えてある。
村一つあたり、スケルトンが二十体とデスナイトが三体だ。八つの村全てから集めれば、スケルトン百六十体にデスナイトが二十四体だ。それに加えて、屋敷にいる
合計すれば、スケルトンが四百強。デスナイトが二十四体。
比べ、『聖教』は騎士が一個連隊――五千人。
いくらスケルトンが疲労も痛みも感じず、それこそ粉々に砕かれるまで戦える存在だといえ、数の差があまりにも大きいのではなかろうか。
「ま、アンタはアンタで動くといい。あたしは町長んとこに行ってくるよ」
「お願いします」
エレオノーラが俺に背を向けて、屋敷から出ていく。
アンドリューさんへの報告云々は、全てエレオノーラに任せよう。俺は、俺にしかできないことをやらなければならない。
「クリス、悪いが」
「はい」
「手を」
「はい」
クリスが、俺に向けてすっと手を出す。
巨人の骨に吸われてしまった俺の魔力は、現在ほぼ枯渇している状態だ。そしてエレオノーラには禁じられているけれど、この現状では使わざるを得ないだろう。
自分に気合いを入れて、クリスの手を握り。
「
瞬間、俺の体の中に魔力が溢れてくる。
一瞬で俺の中にある魔力の器は満たされ、そして言い様もない不快感と嘔気が襲いかかってくる。そして俺という器から溢れ出た魔力は、そのまま大気中に霧散していった。
「ぐっ……ごほっ、げほっ……」
「ごしゅじんさま、だいじょうぶ?」
「大丈夫、だ……」
魔力は、一気に全快まで補充された。
これで、問題なく動くことができるだろう。
「まず、バースの村に向かう」
「はい」
頭の中で、イメージする。
エレオノーラから教わり、何度となく自分の中で扱い、研ぎ澄ませ、編み続けた魔術。
到着地は、バースの村。それを明確に頭の中に描いて、俺は相反する魔力を操る。
「
俺の視界が歪むと共に、周囲に闇が満ちる。
そして闇が晴れ、次第に視野が戻ってくると共に。
俺は、通い慣れたバースの村――その入り口に到着していた。
「……ふぅ。二割、ってところか」
「ばーすのむら、ひさしぶり」
「おんやぁ!」
俺が減った魔力量を確認していると、唐突にそう声がする。
それはスケルトン――恐らくスケ坊と共に畑を耕していた村長、ランディの声だった。
ランディ村長の家、入り口から一番近いからすぐ分かるんだよな。
「ご領主さま……じゃなかったべ! 失礼しました! ジン様、お久しぶりで!」
「ああ……久しぶりだな、ランディ村長」
相変わらず、と言っていいかは分からないが、生気のない土気色の肌をした若い男――ランディが駆け寄ってくる。
そして、そんなランディの声を聞いたのか、向こうでランディの妻である老婆、ラッチもまた「まぁまぁ」と言いながらこちらに歩いてきた。
「戻ってこられたべか?」
「あ、ああ……ちょっと用事があってな」
「それじゃ、今夜は村の方で歓待の準備をさせてもらうべ。おぉい、ラッチ!」
「いや、申し訳ないが、あまり時間がないんだ」
ランディのそんな気持ちは嬉しいが、さすがに世話になるわけにいかない。
というか、俺がやるべきは戦力を手に入れることである。ひとまずバースの村に預けてある、緊急用のスケルトンとデスナイトを借り受けなければならないのだ。
それを、どう切り出すべきか――。
「それで、今の村だが……」
「へぇ。ジン様の与えてくださったスケ坊たちのおかげで、わしらも問題なく毎日過ごせております」
「うん。なら良かった。それで……」
「ああ、でも税を増やされたのは驚きましたべ。それでも、新しいご領主さまはジン様のお兄様だと聞きました。色々と考えておられるのでしょうね。ジン様がお譲りになられた人物です。わしらも信頼しておりますよ」
「……」
「あなた、そんなところで立ち話じゃなくて、ジン様にお茶でも出しましょうよ」
「おお、そうだべな。ささ、ジン様。こちらにどうぞ。お茶くらいしか出せませんが」
「い、いや……」
俺のことを、信じてくれている。
俺が譲ったから、エドワードのことを信じてくれている。
その信頼が、痛い。
俺は――。
「それで、今日はどうなされたんですか? スケ坊たちは、問題なく仕事をしてくれとりますよ」
「……そう、か」
ランディたちは、何の疑いもなく仕事をしてくれている。
それがただ搾取され、エドワードの享楽のために使われていたなど、知る由もなく。
「……いや、すまない。様子を見に来ただけだ。何も問題がないなら、それでいいんだ」
「へぇ。それじゃ、お茶でも……」
「悪いが、次の村にも行かなくちゃいけないんだ。気持ちだけ受け取っておくよ」
背を向けて、クリスに目配せをする。
それだけでクリスは察してくれたのか、頷いた。
「山に」
「はい」
村人にとって、今日は何でもない日だ。
そして明日からも、何でもない日が続く。
だから、俺は決めた。
「てれぽーと」
村人には、何も伝えない。
戦争が起こることも、何も言わない。
俺が撒いた種だ。俺が始末をつけるのが道理。そこに、村人は巻き込まない。
エレオノーラに言われた、『俺にしかできないこと』。それは村人を巻き込んで戦力を得るとか、そんな話じゃない。
俺は、巨人のスケルトンを完成させる。
そして、俺と巨人だけで、この戦争を終わらせてみせよう。
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