第30話 不穏な気配

「ふぅ……」


 今日も今日とて、俺はエレオノーラの私有地である山の頂上へ来ていた。

 アンドリューさんと密約を交わして、既に二十日だ。正直焦る気持ちはあるけれど、俺が焦ったところで仕方ないと割り切り、俺は毎日のように巨人のスケルトンを作ることに勤しんでいる。

 もっとも、さすがに巨人。毎日のように魔力の全てを流し込んでいるというのに、そのパーツは全く完成してくれない。ようやく片方の足が全部できた、といったところだ。その進捗は、まるで亀の歩みのように鈍い。


「ごしゅじんさま、おつかれ?」


「ああ……相変わらず、魔力を全部抜かれるな、こいつに」


「クリスからとる?」


「いや、それはエレオノーラに禁止されてるからな……」


 正直、クリスから魔力吸収マジックドレインを行いたい気持ちはある。何せ、無尽蔵の魔力を持ってるし。クリスの魔力さえ保ってくれるなら、今日中にでも巨人の全体像は完成すると思う。

 だが、ここで疑問が生じるのだ。本当に、このスケルトンは動いてくれるのだろうか――と。

 人間の骨も馬の骨も牛の骨も、少なからず魔力を伴っているものだ。その魔力に自分の魔力を通して、自分の色に染める。その形で、俺はスケルトンを動かしているのだ。そしてスケルトンが動いているのは、俺の骨に通した魔力を使っているものだと考えている。

 だが、巨人の骨には全く魔力が通っていない。俺が魔力によって作り出したはずのパーツでさえも、だ。

 諸々の疑問点と進捗を紙に記しながら、小さく嘆息。

 毎日のように魔力を全て抜かれていながら、完成しても扱えない未来とか嫌すぎる。


「どうやったら魔力を通せるんだろうな……」


「まりょく? とおらない?」


「そうなんだよ。魔視サーチで魔力を探ってみても、全く反応しない。魔力を通そうと思っても、通した側から霧散する。これじゃ、作ったところで動かせない骨格標本の出来上がりだ」


「ほね、うごかない」


「動かない巨人の骨とか、もう邪魔だろ……」


 何かの条件とかあるのだろうか。

 人間のスケルトンを作るのは、一瞬だ。一瞬で全体の骨が出来上がり、それで動かすことができる。だから正直、体の末梢から作っていくこの工程が正しいのかも分からない。

 アールヴの魔術書と辞書を交互に眺めながら眉間に皺を作るものの、そんな細かい部分までは書かれていないのだ。


「原理までは記してくれないよな……魔術書は、方法さえ分かればいいものだし」


 前半はどうにか解読できたものの、後半はほとんど解読もできていない魔術書だ。

 エレオノーラ曰く、「私でも分からない文章がある」くらいだ。アールヴと人間の混血であり、この世で最もアールヴに近い存在であるエレオノーラでそうなのだから、俺で理解などできるわけがないだろう。

 それでもどうにか、解読してやるという執念を持って頑張っているが――。


「待てよ……」


 巨人の骨は、魔力が全くない。

 それは間違いない事実だ。俺がどれほど魔視サーチしても、魔力の一欠片も感じることができない。

 この事実は、俺にとってプラスに働くものではなかろうか。


「クリス」


「はい」


「この骨……複製できるか?」


 巨人の足――その先端にある、足の指の骨を一欠片取る。足の指先の骨だというのに、俺の拳ほどもあるそれを、俺はクリスに渡した。

 クリスが両手でそれを受け取ると共に、きぃんっ、と魔力が走る。


「はい」


 そして、クリスの手には。

 巨人の指先の骨が二つ、握られていた。

 ごくり、と唾を飲み込む。その姿形は全く同じだし、材質も同じだ。触れた感じも、全く違和感がない。やはり鑑定眼ジャッジアイで見ると『&%$》=”』と意味の分からない文字列で表示されるが、全く同じものだと考えていいだろう。

 これが、複製できるのなら――。


「クリス」


「はい」


「この骨全体を、全部複製してくれ」


「はい」


 クリスがつかつかと巨人の骨に歩みを進めて、触れる。

 そして魔力が輝くと共に、がらがらっ、と音を立てて骨が降ってきた。俺の頭ほどもある中足骨、俺の背より高い大腿骨、俺の足より太い腓骨――俺が、自分の魔力を削って必死に作ってきたパーツたちが、そっくりそのまま。

 ははっ、と思わず笑い声が漏れた。


「やった! やったぞ!!」


「?」


「つまり俺は、半分まで作ればいいんだ! 骨盤や背骨はともかく、左右対称に存在する骨は、クリスが複製すればいい!」


「……? よかった?」


「ああ!!」


 クリスが首を傾げる。

 よく分かっていない様子だが、これは大きな進歩だ。少なくとも、巨人のスケルトンを作るために必要な魔力が半分近くまで減ったということになる。

 つまり俺は、残る骨のパーツを半分だけ作って、残るパーツを複製してもらえば、全体像が作れるということだ。


「よしっ、明日からも頑張って作ろう!」


「はい、ごしゅじんさま。かえる?」


「ああ、今日のところは帰ろう。エレオノーラに報告もしなきゃ……」


 もう俺の魔力は空だし、今日もクリスに送ってもらうとしよう。

 巨人の骨に吸われる魔力を途中で止めようにも、暴れ馬のように俺の魔力が空になるまで止まらないのだ。これを制御することも、今後の課題になってくるかもしれない。

 さぁ、それじゃ帰るか――そう、背筋を伸ばしたそのとき。


 すぐ隣に、渦巻く魔力が発生した。


「えっ……!」


 闇が生じ、竜巻のようにうねり、それから満たされていた魔力が霧散する。

 それと共に、そこに立っていたのは。


「ジンっ!」


「お、お師匠……? え、なんでここに?」


 エレオノーラだった。

 恐らく、エレオノーラが瞬間移動テレポートを使ってここまでやってきたのだろう。先程生じた魔力は、瞬間移動テレポートの残滓といったところか。

 実際に瞬間移動テレポートを使われた先での感覚というのを、初めて味わうことができた。まるで、空気中に魔力が無理矢理侵入してくるような感覚だ。

 今後、人のいる場所に瞬間移動テレポートをする際には、注意が必要かもしれない。


 しかし、エレオノーラが何故ここまで来たのだろう。

 今日は仕事があるから、宮廷の方に行くとか言っていた気がするのだが――。


「いいか、落ち着いて聞け」


「へ……?」


 俺の両肩を掴んで、それから深呼吸をするエレオノーラ。

 恐らく急いでやってきたのだろう、その呼吸は荒い。

 それより俺、思っていた以上にエレオノーラの距離が近くて、困惑している。本人にその自覚は薄いのかもしれないけど、美人だし。

 ではなく。

 何故、エレオノーラがそんなにも急いで――。


「『聖教』が今日、神聖騎士団を動かした」


「……神聖騎士団?」


「『聖教』が持つ、最大の戦力だ。その数は、一個連隊……五千人。その神聖騎士団が、フリートベルク領に向けて出発した」


「はぁっ!?」


 思わず、そう声を上げる。

 あのとき、『聖教』の巡察団は潰したはずだ。少なくともあれ以降、『聖教』の侵入は許していないはずだ。

 だというのに何故、今、このタイミングで――。


「アンタの兄貴は、最悪の手を取りやがった」


「それ、は……」


「『聖教』に、フリートベルク領の領主から直接の打診があったんだとよ……『領内に蔓延る邪教の使徒を浄化してほしい』ってね」


「――っ!」


 アンドリューさんによって、無血で譲渡されるはずだった領主。

 起こらないはずの戦争。

 それが――。


「このまま放っておけば、領民が皆殺しにされるぞっ……!」


 領主を譲るくらいなら、領民を皆殺しにする。


 それが、お前の選択だっていうのか。

 エドワードっ!!

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