第33話 『神聖騎士団』

「もう間もなく、フリートベルク領に入ります!」


「よし。ここからは敵地だ。気を引き締めるように全軍に伝えろ」


「承知いたしました!」


「敵領地の関所をまず制圧し、それから野営に入る」


「はっ!」


 グランスラム帝国の最西端である、フリートベルク伯爵領。その隣領であるモカネート領との境界に、白銀の鎧でその身を包んだ一軍があった。

『聖教』が独自に所有する軍事力、『神聖騎士団』である。

 帝国の持つ軍事力というわけでなく、あくまで『聖教』が持つ軍だ。基本的には帝都の本部を守る者たちであり、このように出動することは滅多にない。あるとすれば、大陸のどこかに邪教の集団が発生した場合だけである。

 そんな『神聖騎士団』が、五千人――その全軍をもってして、進軍していた。

『神聖騎士団』団長デュラン・マクレガーは眩しい西日に目を細めながら、これから戦うべき相手のことを考える。


「装備は問題ないな」


「は。邪教の使徒は骨の怪物ですので、剣や槍では効果が薄いと考えられます。ですので、全員に斧と槌を装備させています」


「よろしい。邪教の使徒は、全身を粉々に砕かれるまで死なぬ。全員、それを理解するように」


「はっ!」


 これからデュランたち『神聖騎士団』が行うのは、フリートベルク領の浄化である。

 邪教徒により、恐らく生贄を捧げて生み出されたであろう邪教の使徒。それは、一様にして骨の怪物だ。邪教に堕ちた者は、死してもその安寧を得ることはできないと言われているのである。

 それが邪教徒の生贄や亡骸で出来た者ならばまだしも、敬虔な聖教徒が生贄に捧げられた可能性もあるのだ。特に邪教は、その地に邪教を流布させるために、他の宗教を弾劾して惨殺すると言われているのだから。

 であれば、『神聖騎士団』が行うべきは、邪教徒の粛正。そして邪教の使徒に堕とされた聖教徒への、救済となる死を与えることだ。


「関所が見えてきました!」


「守る兵もいるだろうが、構わぬ。フリートベルク伯は邪教の教主だと言われている。そんな伯爵に仕える兵であるならば、邪教徒に変わりない」


「承知いたしました!」


「全軍、戦闘準備! 速やかに制圧する!」


「はっ!!」


 デュランの言葉に対して、揃った声でそう叫ぶ騎士団の面々。そんな彼らの勢いに、デュランは笑みを浮かべて白い髭を撫でた。

 基本的には本部を守る兵である彼らに、実戦経験はほとんどない。だが『聖教』の教主よりそれぞれ祝福を与えられた白銀の鎧、そして『聖教』の本部にある聖なる篝火に通して神聖なる力を得た武具を持つ彼らは、まさに神の尖兵と言っていいだろう。

 それが五千人――全軍だ。

 元は帝国軍で将軍をしていたデュランが、かつて率いていた一個連隊にも及ぶものである。

 これほどの軍に対して、たかが邪教の教主となっただけの一領主が、戦う力など持っているはずがないだろう。


「よし、行くぞっ!! 早足っ!!」


「はっ!!」


 目の前にあるのは、フリートベルク領との境界に存在する関所だ。

 領地と領地の間を壁で遮るわけにいかないが、それでも基本的に他の領地へと入る場合、関所に許可を得なければならないのである。こういった施設は領地の境界に幾つか設置されており、ここに許可を得ることなく勝手に入ることは犯罪とされている。

 だが、そんなものは問題ない。

 彼らは『神聖騎士団』であり、『聖教』教主の命により動いている。そんな彼らが、ただの田舎領主に裁けるはずもない。

 ゆえに。

 彼らは、邪教徒により遮られたそのような関所は、壊しても構わない――そう考えている。


「……む?」


 しかし、五千人もの騎士が早足で向かっているというのに、関所には何の反応もない。

 あまりの多さに、震えて逃げ出したか――そう考えるが、それでも逃げ出す兵士の背中すら見えないというのは不思議だ。

 まぁ、いい。

 デュランは、『神聖騎士団』は、まずこの関所を潰すのみだ。

 だが。


「む……!」


「な、なんだ、あれはっ!!」


「ば、化け物っ……!」


「静まれっ!!」


 ざわざわと騒ぐ騎士団の面々へ、デュランはそう一喝する。

 だが、そんなデュランの視線もまた、彼らの注目している先へと注がれていた。あまりの威容に、あまりの異様に、足が止まる。

 それは、二階建ての関所が小さく思えるほどの、巨大な何かだった。

 ずしんっ、ずしんっ、と響くそれは足音。シルエットは人間の骨のそれでありながら、しかしその大きさは遥かに規格外である。


 夕焼けの赤を背にした、巨大な骨の怪物。

 人間の、十倍以上はあるだろう背丈。その頭蓋骨は人間と異なり、顎に発達した犬歯の生えたものだ。また、身長に比して両腕はだらりと長く垂れ下がっており、膝まで届くと思われるほどである。人間よりは、猿に近い骨格だと言っていいだろう。

 そんな骨の怪物が、ずしんっ、ずしんっ、と足音を鳴らしながら。

 こちらへ向けて、歩いていた。


「くっ……あ、あれが、邪教の使徒か!」


「あんなにデカいのかよ! 邪教の使徒!」


「ただの骨の怪物じゃなかったのか!」


「落ち着け! 敵に惑わされるな!」


 デュランがそう叫ぶが、浮き足だった軍勢はなかなか静まらない。

 それも当然か。歴戦の将軍であるデュランでさえ、足が竦んでしまっているのだから。

 まだどうにか落ち着いていられるのは、彼が指揮官であり将軍である――その責任感ゆえである。

 ただの一兵士であれば、今すぐにでも逃げ出してしまっているだろう。


「……」


 巨人の骨が次第に、見上げるほどの距離へと迫ってくる。

 聖なる加護により守られている『神聖騎士団』――その全軍を巨大な頭蓋骨で睥睨して。

 それから。

 思い切り、その腕を振った。


「ぎゃああああああ!!」


「ぐあああああああ!!」


「む、ぅっ……!!」


 あまりの威容に動くことができなかった、『神聖騎士団』の先頭――そこにいた数十人を、巨人の腕が一気に薙いだのだ。

 それにより、鎧を着ているというのにまるで綿毛のように吹き飛ばされる騎士たち。聖なる加護を得ているはずの鎧はひしゃげ、胴は曲がり、頭から落ちた者の首が折れる。その様が、まるで現実のように思えなかった。


「あ、あ……!」


 五千人という、圧倒的な数。

 田舎領主の持つ兵では、到底戦うこともできないほどの、数の暴力。

 それがたった一つの個――巨人により、完全に瓦解した瞬間だった。


「全軍っ! 武器を持てっ! 足の骨をへし折れっ!!」


「う、うおおおおおおおっ!!」


 巨人の骨は沈黙したままで。

 自分の足元に群がってくる蟻を、手で吹き飛ばすかのように。


 五千人の騎士団に対して、蹂躙を開始した。

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