第28話 今後
アンドリューさんの言葉に、俺は何も返すことができなかった。
あまりにも、意味の分からない提案をされた。領地の自治権の一つとして、内乱による簒奪を認めている――だからといって、俺に戦争を起こす理由などどこにもない。
そもそも俺は、現在諸悪の根源であるエドワードの命でさえ、奪いたくないのだ。それが戦争となれば、無辜の領民にも被害が出るかもしれない。
アンドリューさんの言っているのは、そんな提案なのだ――。
「どうかなさいましたか、ジン様」
「アンドリューさん……あなたは、何を……」
「ご提案をしたまでですが、お気に召しませんか?」
「戦争を起こせって言われて、頷けるわけがないでしょう!」
思わず、そう声を荒らげて告げる。
俺は、『人を殺すことで目的を達成する』行為を厭う。だからこそ、エドワードを暗殺するという言葉に対して、頷くことができなかったのだ。
それが戦争ともなれば、どれほどの兵士が死ぬのか。
俺がエドワードから領主の立場を取り返すために、どれほどの人間が犠牲になるのか。
だが俺のそんな言葉に、アンドリューさんは首を傾げる。
「おや。ジン様は戦争を起こすおつもりなのですか?」
「は……? い、いや、それはアンドリューさんが」
「いえいえ。私は戦争を起こすなんて一言も申し上げておりませんよ」
「いや、内乱で領主をって……!」
「内乱は起きますが、争いにはなりませんよ。誰一人として死者は出ません」
「は……?」
意味が分からない。
アンドリューさんが、一体何を考えているのか。それが全く分からない。
暗殺をしろと言い出したり、戦争をするよう進言してきたり、だというのに争いにはならないとか言うし。
「内乱となれば、領内に知らされます。現領主エドワード氏の悪政に、前領主のジン様が立ち上がった、と」
「え、ええ……」
「そこで領民たちは、選択を強いられることになります。現領主エドワード氏につくか、前領主ジン様につくか。ここで領民は、『どちらに領主になってほしいか』を考えて選びます」
はっ、と目を見開く。
ようやく、アンドリューさんの考えが分かった。
内乱といえど、戦争を起こすわけではない。むしろ、これは――。
「断言してもいいですよ。エドワード氏につく領民は、誰もいません」
「なるほど、そういうことだったか。あたしも早とちりしちゃったよ」
「森の害獣を討伐するための私兵団も、領主がエドワード氏に代わってから金払いが悪いと文句を言っていますからね。あちらの団長にも、私の方から話を通しておきましょう。あとは、ジン様が大手を振ってフルカスの町を訪れたら良いだけの話です。我々は、新たな領主を歓迎しますよ」
俺は、領民たちから慕われている。
比べエドワードは、領民たちを不当に苦しめている。
そんなときに、悪政を止めるためにという名目で俺が立ち上がれば、領民全員が俺につく。エドワード一人と、俺と領民全員の戦争という形になるのだ。
そうなれば、エドワードが戦いを選ぶはずもない。
無血で、領主は交代となる。
「そんな、手段が……」
「まぁ、法の抜け穴を利用しているようなものですけどね。そもそも帝国内でも内乱によって領主が交代した事例は、数件しかありませんし」
「ふぅん……随分と頭がいいんだねぇ」
「私は凡人ですよ。机上でどうにか、ジン様を領主に復帰させる方法がないか探った結果に過ぎません。必死でしたとも」
「まぁ、そういうことにしておくよ。なぁ、ジン」
「はい」
エレオノーラが俺を見て、にやりと唇を歪める。
「ここまでお膳立てしてもらってんだ。アンタに、上に立ってほしいってな」
「……ええ」
「どうすんだい? まぁ、答えは決まってるだろうが」
「ええ」
頷く。
アンドリューさんは、俺を領主に復帰させるために、様々な手を考えたのだろう。
その中で、誰も傷つくことなく、誰の血も流させることのない手段を考えてくれた。この心に、俺は応えなければなるまい。
「アンドリューさん。俺は、再び領主になります。そのために、兄を追放します」
「ありがとうございます、ジン様。それでは、諸々の準備は私の方で整えましょう」
「準備?」
「ええ。内乱を起こすにあたっても、帝国議会への申請が必要なのですよ」
「内乱にも……」
どれだけ書類仕事が多いのだろう。
俺はそのあたりの仕事に明るくないから分からないが、相当な量になるのではないだろうか。
「当然ですよ。事前に申請しておかねば、内乱での死者はあくまで書類上、殺人の被害者となってしまいますからね。兵士が全員殺人犯で捕まってしまいます。今回の件で死人は出ませんが、それでも事前に『内乱を起こす』ということだけは申請しておかねばなりません」
「分かりました。それじゃ、よろしくお願いします」
「全ての準備が整うのは、恐らく一月後くらいでしょう。一月後、一度こちらの方にお戻りになってください。先程の魔術を使用すれば、一瞬で戻ってこられるようですし」
「はい」
アンドリューさんが、全ての手筈を整えてくれた。
だが、懸念が残るとすれば一つ。
フリートベルク領は僻地であるし、最前線というわけでもないため兵士の数は少ない。合計で百人いるかどうかといったところだ。
だが、もしもアンドリューさんの言葉を聞かず、私兵団がエドワードの側についた場合。
少なくとも、この百人とは敵対することになるだろう。
だが、それも問題ない。
領地のスケルトンは全て、命令系統の最上位を俺にしている。他の者からどのような命令が与えられても、俺の命令があればそれに従うのだ。
もしもエドワードがスケルトンに待機を命じたとしても、俺が集合を命じれば全てのスケルトンが集まる。
各村に与えたスケルトン、デスナイト。そして屋敷で綿糸の生産をしているスケルトンたち。その全てを集めれば、私兵団の数倍にもなる大軍が出来上がる。そして、いくら兵士とはいえ、数百もの骨の兵士を相手に戦う気概はあるまい。
その時点で降伏を促せば、それで大丈夫だろう。
「それじゃジン、帰るよ。嬢ちゃん、悪いけどまた、あたしの屋敷まで運んでくんな」
「クリス、テレポートを頼む」
「はい」
俺とエレオノーラの言葉に、クリスが頷く。
一月後、再び俺はこの町に戻ってくる。今度は、領主として。
今度こそ、俺がこの領地を治めよう。領主として領民たちを慈しみながら、魔術師としてエレオノーラの修行を完璧にこなしてみせよう。
まずは、この待つしかない一月で。
俺は、巨人のスケルトンを作ってみせよう――。
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