第15話 魔術修行 2

「はい」


「よし、今度は成功したな」


 触媒――『妖精の鱗粉』と『アールヴの骨粉』は複製できなかったが、『ミスリル粉』は問題なく複製することができた。

 クリスの複製魔術では、魔力が僅かにでも宿っているもの――生物由来のものは、複製できないのだ。複製できるのは、基本的に金属や鉱石など非生物由来のものだけである。だから、クリスに頼んで複製してもらったフリートベルク領の定期便の馬車は、金属製だったりする。


「ふむ……」


 魔視サーチで実際に複製されたものを確認するが、その性質は本物と全く同じである。唯一複製されていないのは、小瓶に付与された刻印魔術だけだ。

 鑑定眼ジャッジアイで確認すると、やっぱり『名称:$&’”#』と謎の羅列だが、モノ自体は同じだと考えていいだろう。間違わないように本物のミスリル粉は棚に置き、複製されたミスリル粉を手に持つ。


「よし……それじゃ、やってみるか」


 右手に持ったミスリル粉――その一部を左掌に落とす。

 こうして見るとただの鉄粉のように見えるが、この一部でさえ本物ならば金貨数十枚になることだろう。ただの実験のために使うのは、あまりにも憚られる金額だ。

 クリスがいて本当に良かった。


「……」


 ミスリル粉へと、魔力を通す。

 それと共に、俺の魔力と一体化したミスリル粉が、その性質を変化させてゆく。触媒の空白を俺の魔力が満たし、固体化し、混ざり合い、その性質を決定してゆくのだ。そして、その情報も一体化した俺へと入ってくる。

 俺の通した魔力によって、ミスリル粉は明らかな変化を見せ、漂う魔力が行き場を失う。それが空中で拡散し、消えていった。

 そして俺の掌に残ったのは、魔力の残滓が微かに存在するだけの粉だ。


「なるほど、『硬質化』……それも、かなりの堅さだな。僅かな量で、広範囲に付与できる。鎧に使えば、全体にミスリルの硬質が付与される触媒ってことか」


「……?」


「これは、高価な理由も分かるな……武器や防具に付与すれば、全部がミスリルに変化するようなもんだ」


 フリートベルク領に置いてきた、デスナイトに付与したらめちゃくちゃ強くなりそうだ。全身鎧が全部ミスリルで、両手剣もミスリルになるということである。どんな武器でも貫くことのできない、最強の兵士が出来上がるということだ。

 複製品でも問題なく発動するみたいだし、残りのミスリル粉はとっておいて、実家に帰ったときにでも試してみよう。


「クリス」


「はい」


「ここにある商品を全部、複製してくれ。できるものだけでいい。複製が終わったものは、棚に置いていってくれ」


「はい」


「複製したものは……そうだな。あそこの木箱の中に入れてくれ」


「はい」


 触媒である以上、生物由来のものも多いだろうが、鉱石や金属も多い。

 俺はクリスが複製をしてくれている間に、他の触媒――生物由来のものを研究する作業に勤しむとしよう。

 一つ一つ、埃を拭き取りつつ魔視サーチをかけ、難解な迷路を解くように触媒の魔力通路を確認する。そして魔力が通った場合にどのような変化が起きるのか、内部魔力がどう変化するのかを予測する。このあたりの理論は、魔術学院で学んだものだ。


 俺は最初から棚に置かれていた触媒たちを、まず床に置く作業から始めることにした。

 解析が終わり、確認できたものから棚に戻す。そうすれば、二重に行う必要もなくなるだろう。

 床が片付けば片付くほど、俺は触媒の解析に成功したことになるのだ。


「ん」


「相変わらず、凄まじいな……」


 とろんとした眠そうな眼差しで、クリスは一つ一つ触媒を拾っていっては、複製魔術を使ってゆく。しばらく試して使えないものは床に戻し、複製が成功したものは複製品を木箱に入れて、本物を棚に載せる。俺の言うとおりに、想定通りに動いてくれていた。

 クリスが複製してくれたものは、後で魔力を通せばいいだろう。実際に魔力を通し、その情報を得るのは簡単だ。後からまとめてやればいい。


「よし」


 俺は自分に気合いを入れて、そのまま触媒『妖精の鱗粉』と向き合って、その魔力の流れ――極めて小さな一粒の粉に流れる、極小の迷路の探求を始めた。











「ごしゅじんさま」


「うん……うん? どうした?」


「クリス、おそうじしてくる」


「ああ……そういえばそうだったな。それじゃ、任せる」


「はい」


 暫く俺の命令に従って触媒を複製してくれていたクリスだったが、唐突にそう言われた。

 そういえば、クリスの仕事は掃除と洗濯だった。居候である以上、仕事はちゃんとこなさなければいけないだろう。俺も、昼になれば戻って食事を作らねばならない。

 クリスに料理も任せることができればベストなんだけどなぁ。世の中、そう上手くいかないことばかりである。

 ようやく『妖精の鱗粉』の解析が終わって、気付いたことをメモ書きして、俺は肩を回す。魔力を通さずに解析するのは、随分と時間がかかるものだ。

 まだ昼には早い時間だし、クリスだけ戻らせて、昼前に俺も戻って食事を作る感じでいいかな。


 クリスが去ってゆく足音を聞きながら、俺は次の触媒――アールヴの骨粉と向き合う。

 死して、その体が骨になっても、やはりアールヴの持つ魔力は凄まじいらしく、魔視サーチだと眩しく見えるほどだ。その中でも魔力の強弱を確認して、極小の迷路を紐解いてゆく。

 そう、俺が集中していると。


「ジンっ! おいっ! ジンっ!」


「え……」


 どたどたと激しい足音と共に、埃を巻き上げて店の中に入ってきたのは、エレオノーラ。

 その格好は寝起きであるのか、可愛らしい猫の描かれた寝巻きに身を包んでいる。ぼさぼさ頭に眼鏡というのは、彼女のオフモードなのだろうか。

 しかし、何故――。


「説明しろ、ジンっ!」


「はい……?」


「なんであの子、『おそうじする』ってあっさり時間遡行魔術使ってんだ!? うちの家具が全部新品みたいになってるんだが!?」


「……」


 ああ、そういえば。

 クリスの『おそうじ』、途轍もない代物だったんだった。

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