第16話 魔術修行 3
「ふぅ……」
エレオノーラの弟子になって七日目。
今日で、エレオノーラから出された課題――『店の中にある魔術用品たちの使用用途や魔力の通り道を勉強しろ』という無理難題は、終わりを迎えた。あまりに時間が足りなかったけれど、どうにかクリスの複製魔術を利用して、八割方の解析は終えることができた。
あとは、本気で分からない品々をエレオノーラに教わるだけだ。
ちなみに、割と初期に手がけた『アールヴの骨粉』は本気で使い方が分からなかった。あれだけで昼から夕刻まで時間を奪われたと言えば、俺の苦労が分かるだろうか。
だが、八割は終わった。乱雑に散らかされていた触媒の数々が、ほとんど棚に陳列されている。こうして見ると、割と店っぽく思えてきた。
ちなみに、今クリスは「おせんたくしてくる」と席を外している。彼女の言うところの『おせんたく』は、昨夜に着替えた服へと一瞬で時間遡行魔術をかけて。新品に仕立て上げることだ。エレオノーラは何度となく見せられるこのトンデモ魔術の数々に、「あたしを驚き死にさせるつもりか!?」とお怒りだった。
大陸四魔女の一人、『紫の賢者』エレオノーラでさえ驚くほどの魔術であるのだから、やはりクリスはとんでもない存在だったらしい。
「よし……あとは、アレだな」
そして俺は、魔術用品店の壁に立てかけられていた、この部屋で最も巨大な触媒を見る。
それは、骨だ。
店の前にも頭蓋骨が並べられていたが、これは存在感が他とは桁違いだ。何故ならその骨は、たった一本でありながら、俺が見上げるほどに高く立てかけられているのである。
一本の骨でありながら、その全長は俺の二倍ほどある。この全身像は、どれほど大きくなるというのか。
ごくり、と唾を飲み込んでから、俺は目に魔力を宿す。
「
期待と興奮に胸を膨らませながら、俺の網膜に映し出される情報。
それは――。
名称:巨人の大腿骨
価値:不明
俺の思った通りの内容に、思わず身震いすらした。
そうだ。俺の知る限り、この世界にこれほど長い骨をした生き物は存在しない。せいぜい、鯨くらいのものだろうか。
だったらこれは、伝説と伝承にしか残らない太古の昔に存在したもの。
かつて、この世界を支配していたのは巨人だったという。
神の名のもとに作られた彼らは、全長にして人間の十倍ほどもある巨大な存在だった。そんな巨人たちは、まだ原始的だった人間たちを襲い、喰らい、暴虐の限りを尽くしていたのだとか。その当時の人間という種族は、この大地における被食者であり、巨人に怯えて暮らす毎日だったのだとか。
そんな当時の人間たちを救ったのが、アールヴだとされる。
アールヴたちは己の十倍もある巨人を恐れることなく、その卓越した魔術を用いて、逆に巨人を殲滅したのだとか。これが大陸に伝わる神話の一幕、『亜人大戦』の始まりである。
菜食主義であったアールヴたちは、巨人の肉を人間に与えた。それにより人間は巨人による支配から脱し、逆に残った巨人たちを追い詰めることとなった。巨人という食料を得た人間たちは、巨人を倒すことができるほどに数を増やすことができたのだ。
もっとも、これはあくまで神話だ。伝説であり、伝承に過ぎない。
だが俺の目の前には、そんな伝説をまさに現実に呼び戻す逸品がある。
これが本物であるならば、神話はまさしくその通りであったということだ。
価値が『不明』であることも納得の代物である。こんなものが現在に残っているとなれば、好事家たちによってどれほどの値段になるか見当も付かない。
「
次に俺は、そんな『巨人の大腿骨』に込められた魔力を見る。
巨人とはいえ、生物であるはずだ。つまり生物由来の触媒であり、そこには最初からある程度の魔力が保持されているはずである。
だが――。
「えっ……」
驚きに、思わず眉根を寄せた。
その骨には、全くと言っていいほど魔力が存在していないのだ。魔力の通り道となる空白はあるし、桁違いの存在感もあるというのに、まるで鉱物や金属であるかのように、全く魔力を保有していないのである。
だったら、これは作り物か――そう考えてみるが、
一体これはどういう――。
「巨人ってのは、神の作った兵器だって話があるねぇ」
「えっ……」
「悪いが、神学はあたしの専門外だよ。詳しくは知らないけれど……神を象ったものとして作られた人間たちの傲慢にお怒りになった神様とやらが、人間を滅ぼすために作った兵器だって話がある」
まるで俺の疑問に答えるかのように、流暢にそう語るエレオノーラ。
ちなみに今日の格好は、ちゃんと着替えたらしく紫のワンピースに身を包んでいる。眼鏡も外しており、髪もセットされているその姿は、誰がどう見ても『紫の賢者』だ。いつぞやのような、『猫柄パジャマのぐうたら女子』ではない。
「あたしもその骨については、まぁ色々探ってみたんだがね……正直、よく分からないことの方が多いよ。ちなみにあたしも、その骨を使った魔術の方法は知らない。魔力を通すには、あまりにも価値が高すぎる」
「そう、なん、ですか……」
「ああ。だから正直、売り払うのもいいかなぁって思ってたんだけどね」
これだけの希少品ならば、その考えも致し方ないものだろう。
それこそ、帝都のオークションに出せばいかほどの値がつくものか。ちゃんとした鑑定士に
だがそこで、エレオノーラがにやりと口角を上げた。
「だが、ちょっと思ったことがあるんだよ、ジン」
「は、はぁ……」
「あんたが使えるのは、死霊魔術だ。そして、その触媒となるのは骨だ。それは、間違いないんだろう?」
「……」
それは。
それは。
エレオノーラが何を言いたいか、それを理解して、背筋に震えが走る。
「だったら」
それは、本当に俺がやっていいのだろうか。
それこそ、禁忌に触れる代物ではないだろうか。
そんな疑問に心を支配されながらも。
しかし、俺の心には――期待の炎が、灯った。
「こいつで、巨人のスケルトンを作ることもできる……そうだろ?」
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