第14話 魔術修行 1
「けほっ、けほっ……」
「くさい」
「埃だらけだな……エレオノーラさん、掃除してないなぁ」
翌日。
ひとまず、弟子入りをしたということで俺はエレオノーラの家に住み込むことになった。一人暮らしの女性の家に住み込むというのも倫理に反するかと思ったのだが、残念ながら俺の手元に先立つものはなかったし、エレオノーラ自身も「あたしを襲えるもんなら襲ってみな」とのことだったので、好意に甘えさせてもらうことにしたのだ。
ちなみにその代わり、クリスは家の掃除と洗濯を、俺は三食の食事の準備を担当することになったのだが。住まわせてもらっている以上、それは俺たちの義務である。
そして今日、俺とクリスは揃って隣――コルコダ魔術用品店へと足を運んだ。
軒先に幾つかの魔術用品は並べられてはいたものの、店の中は混沌としている惨状であり、足の踏み場もないと言っていいだろう。それに加えて、ほとんど掃除もしていないのか埃が積もっている。
まず、俺のやるべきことはこの店の掃除か。
「
目に魔力を集中させて、それぞれの商品から立ち上る魔力を確認する。
やはり『魔術用品店』と冠しているだけあって、様々な商品に魔力が込められているのが分かる。中には、凄まじいまでの魔力が込められているものもあった。鉱石や金属片のようなものからは魔力を感じないが、こちらは魔力を通すことで変質するものだろう。
所狭しと床に転がっている商品の数々――その中でも、特に魔力の放出が凄まじいものは、個別に
エレオノーラから出された課題は、まず魔術用品の種類を知ることだ。どのような魔術に使用され、どう魔力を通し、どのように触媒として使用するか。これは、魔術学院でも学んだことの応用になるだろう。
あの頃は、先生が一つ一つ丁寧に説明をしてくれていた。だが今は、俺が自分でそれを見つけなければならないのだ。
「ふむ……」
「いし」
「鉱石……宝石に研磨する前の段階かな」
名称:ラピスラズリ(原石)
価値:12000
青い輝きを放つその石は、
だが、原石の段階でさえ価値が12000――金貨一枚超相当だ。そんなものを床に転がしておく、その神経が信じられない。
「ラピスラズリか。青属性の魔術の触媒に使えるって教わったな」
「あお?」
「宝石の色もそうだからな」
実家から持ってきた荷物の一つ――魔術学院の参考書を片手に、確認する。
ラピスラズリの使用法は、青属性魔術の触媒や聖魔術の触媒に使われるものだ。基本的に、宝石はその色と同じ属性魔術の触媒に使われる。ルビーならば赤属性魔術であり、オパールなら黒属性魔術――そのあたりは、基礎中の基礎と言っていいだろう。
五大色の属性は、それぞれ赤・青・黄・白・黒だ。赤は炎、青は水、黄は風、白は大地、黒は混沌――魔術の大まかな分け方は、そんな感じである。ちなみに俺は赤・青・黄の属性の中級魔術までは習得している。白と黒は適性があまりなかったのか、初級しか発動することができない。
まぁそれでも、学院生で三属性の中級まで習得できる例は稀であるらしいし、五属性を全て習得した例は今までなかったらしい。そこまで万能に扱えたからこそ、卒業試練の『弱点の異なる魔術生物百体撃破』をクリアすることができたのだ。
「宝石の類いは分かるけど……このあたりの小瓶の中身とかはさすがに分からないな」
俺が注視している部分だけ、その情報が網膜に浮かんだ。
名称:妖精の鱗粉
価値:1300000
名称:アールヴの骨粉
価値:2800000
名称:ミスリル粉
価値:20000000
「なんてもんを床に転がしてんだ!?」
この小瓶三つで、金貨にして百三十枚と二百八十枚と二千枚だ。
思わず、手が震えてしまう。この小瓶三つで、フリートベルク領の借金が半分返せるという凄まじい価値だ。
勿論、外側の瓶に追跡魔術は刻まれているけれど、それでも床に転がしておいていいような品ではあるまい。
「待て、待て……落ち着け……こんな触媒、聞いたこともないぞ……」
「……?」
ぱらぱらと参考書を捲るが、『妖精の鱗粉』とか『アールヴの骨粉』とかどこにも書いてない。唯一、ミスリルだけは載っていたものの、それは粉でなく塊としての扱い方だけだ。しかも、注釈に『非常に希少な金属の一種であり、あらゆる金属の中で最も硬度が高い』とか書いてるし。
この触媒に、どう魔力を通せばどのような魔術が発動できるのか。
「七日、か……短いな。一個一個、
どう魔力を通すか――それを確認する最も簡単な手段は、実際に魔力を通してみることである。
だが魔力を通せば、その時点でそれは『魔力の通されたもの』になってしまうのだ。
例えるなら、現在の状態は生肉であり、魔力を通したら加熱した肉になるようなものだ。俺が魔力を通せば、その時点で俺が使用することを前提とした触媒になってしまうのである。
下手に魔力を通すわけにもいかない。その時点で、価値が失われてしまう。
つまり俺がやるべきは、
これだけの数をこなすには、あまりにも時間が足りない――。
「ごしゅじんさま」
「うん……どうした、クリス?」
「これ、ほしい?」
「え……」
クリスのそんな言葉に、はっと閃く。
二度目になるが、魔力の通る道を把握し、その触媒の状態を知るために、最も簡単な手段は実際に魔力を通すことだ。
それが例え、複製品であったとしても――。
「クリス」
「はい」
「これを、複製できるか?」
「はい」
クリスに、恐る恐る小瓶の一つ――『妖精の鱗粉』を渡す。
そんなクリスは小瓶を右手で持ち上げて、中身をじっと見て、それから左手に小瓶を生み出した。
至極あっさりと、途轍もないことをやってみせるクリス。俺も何度となく見ているが、未だに慣れない。
「はい」
「……」
だが、残念ながら。
俺に渡されたそれは。
「クリス……」
「はい」
「欲しいのは、中身なんだよ……」
こてん、と首を傾げるクリスが、俺に渡してきたのは。
中身の入っていない、空の小瓶だった。
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