第11話 事情説明、もっと詳しく

 丁寧に、一から全部エレオノーラに説明することになった。

 まず、俺が屋敷の地下で魔術書を発見すると共に、水晶の中に封じられたアールヴの女性を発見したこと。

 そしてどうにか必死に水晶を持ち帰り、中にいるアールヴの女性を復活させるために、『創造クリエイト不死者ノスフェラトゥ』を使って蘇らせたこと。そして蘇った女性が、何故か子供になっていたこと。名前をクリスと名付けたこと。

 その後もスケルトンを作り、農村の働き手として派遣して、現在では領内で千体以上のスケルトンが働いているということ。


 エレオノーラは俺の言葉を遮ることなく、黙って腕を組んで聞いている。

 時々その眉が寄るのが気にはなったが、黙って聞いてくれていた。


「なるほどね……大体の事情は分かったよ」


 そして俺が語り終えると共に、エレオノーラはそう小さく言った。


「まず、そっちの子……クリスちゃんか。その子は、アールヴなんだね」


「ええ……ただ、復活する前の記憶はないんです」


「ふむ。あたしも伝承にしか聞いていないが、水晶の中にいたんだろう? それはアールヴに伝わる、最も過酷な処刑方法さ」


「――っ!」


 処刑。

 そう言ったエレオノーラに、思わず俺は目を見開く。

 確かに、水晶の中に入れられて生きていられるわけがない。そもそも人とアールヴの違いなど俺には分からないが、アールヴだって食事を摂っていたという記録もあるのだ。つまり、アールヴにだって食事と水分、そして呼吸が必要なのである。

 水晶の中に封じられている状態は、間違いなく死んでいる――俺はそう判断して、クリスに『創造クリエイト不死者ノスフェラトゥ』を使ったのだから。


「アールヴは、魂は体の死と共に抜け出て大地に戻り、再び子を宿した腹の中に入り込むと信じている。森が循環するように、魂もまた循環する、ってね」


「はぁ……」


「だが何かしら罪を犯したアールヴ――その中でも、決して許されざる罪を犯した者に行われるのが、水晶への封印だ。水晶の中でその命を失っても、その体から魂は大地に戻らない。ゆえに、永遠の牢獄に囚われる。死した後の魂すら許さないっていう刑さ」


「……」


 エレオノーラを見て、それからクリスを見る。

 クリスは何を言っているのか分からない、とばかりに首を傾げていた。

 こんなにも純粋で無垢なクリスが、何らかの大罪を犯した――。


「今までも、アールヴの遺跡から幾つか、水晶に封じられたアールヴの死体が発見されたことがあるのさ。中には近くに、『この者は永遠の牢獄に』なんて書かれているものもあったらしい」


「そん、な……」


「んで、発見した連中もただ放っておいたわけじゃない。うまいこと水晶からアールヴを取り出すことができれば、死んでいるにしてもその体が手に入るかもしれない。その脳髄が手に入るかもしれない。そこからアールヴの魔術に繋がる何かを見いだすことができるかもしれない。そう考えて、水晶を砕こうとした者もいたのさ」


「……」


「だが、どいつもこいつも上手くはいかなかった。そりゃ当然さ。途轍もない魔力量を持つアールヴが、そんな同種のアールヴを封じるために使った魔術さ。人間に解けるような代物じゃない。結局どんな魔術を使っても解けることのなかった封印は、力任せに砕く以外に方法が見つからなかった」


「……」


「ここで問題。そいつらは、どうなったと思う?」


 絶対に解けてはいけない封印。

 それを、力任せに砕こうとする相手――それは、アールヴにしてみれば賊の所業だ。

 そしてアールヴが賊に対して行うのは。


「……死んだん、ですね」


「そういうことさ。水晶は、少しでも罅が入れば爆発四散する魔術が込められていた。水晶を砕こうとした者も、ちょっと遠くでそれを見ていた者も、全員死んだ。唯一、使い魔の目でそれを見ていた者だけが助かった、ってことさ」


「それ、は……」


「正解。あたしだよ」


 かつて、エレオノーラも見たことがあるというのか。

 水晶に封じられた、アールヴの死体を。


「ま、そういうことさ。アールヴの体は、脳髄は、それだけでも魔術師の研究対象になる。あたしだって、死体の献体があれば喜んで解剖したいくらいさ」


「……」


「だから、その子のことは誰にも言うな。あたしの方から、一般人には普通の耳に見えるように幻術をかけておく。というか、こんなフードだけで隠し通せると思ってたアンタの正気を疑うよ」


「はい……申し訳、ありません……」


 エレオノーラの駄目出しに、顔を伏せる。

 確かに俺は、そこまで考えていなかった。長い耳のせいでアールヴだとばれてしまうかもしれないから、せめてフードだけで被してやろうと思っていただけだった。

 本当にアールヴの希少性を理解しているのなら、絶対に屋敷から出すことなく誰の目にも触れさせてはならなかったのだ――。


「まぁ、それでも危険はあるだろうね」


「危険、ですか……?」


「考え無しに農村にスケルトンをばらまいたんだろ? 一般人は『魔術師ってスゴーイ』くらいの反応さ。でもね、これを同じ魔術師が聞いたらどう思う? 間違いなく、そこにアールヴの魔術書があると考えて動くよ。二年か……他の魔術師が、アンタを襲わなかったのは奇跡だろうね」


「……」


 自分の考えの愚かさに、もう恥じ入るしかない。

 当然だ。俺だって、もしも他の領地で似たような噂を聞いたら、「アールヴの魔術書があるのかな」と思ってしまう。まだ学院を卒業して、基礎的なことしか魔術について教わっていない俺でさえ、そう思うほどだ。

 他の、熟練の魔術師が、気付かないわけがない。


 こんな考え無しの俺では、エレオノーラに失望されてしまう――。


 顔を上げることもできずに、ただただ自分の不勉強を悔やむことしかできない。

 エレオノーラから、大陸四魔女の一人から、認めてもらえたというのに――。


「だから、今後は安心しな」


「えっ……」


 エレオノーラの言葉に、思わず顔を上げる。

 そして顔を上げた先では、快活に笑みを浮かべるエレオノーラがいた。


「今後、ジンはあたしの弟子だ。ジンの領地からアンタのことを調べて、アンタがアールヴの魔術書を持っていることまで辿り着く奴がいるかもしれない。だが、ここにいる限りは安心さ。あたしのもんに、手ぇ出そうなんて愚か者はいないよ」


「お師匠……っ!」


「その子も同じさ。あたしの庇護下にある限り、どんな魔術師も手を出せやしないよ。そしてあたしも、弟子の従者を解剖するような悪趣味は持ってない。だから、ここにいる限りは安心しな」


「……?」


 エレオノーラの力強い言葉に、胸が熱くなってくる。

 クリスは何を言っているのか分からない、とばかりに首を傾げていたが、俺はもう感謝するしかない。


 俺は領主としての立場を、失った。居場所を失った。

 だが、俺はここに。

 大陸四魔女の一人エレオノーラの弟子という、居場所を手に入れたのだ――。


「まぁ、あとは『聖教』がどう動くかってことかねぇ。あいつら、アンデッドは邪教の使徒とか思ってるみたいだし……」


「あ、『聖教』の先遣隊は全滅させました」


「アンタの口からそろそろサプライズ以外を聞かせてくれないもんかい!?」

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