第10話 事情説明
エレオノーラに、俺は簡単に事情を説明した。
卒業試験後、エレオノーラに弟子入りをするはずが、父の死と兄の駆け落ちが重なったことで領主を継がねばならなくなってしまったこと。
継いだ先の領地は貧乏そのもので、俺も昔から感じていたことではあるものの、赤字続きの領地だった。そこでどうにか、寝る間も惜しんで財政を破綻させるまいと頑張ったこと。
そして――俺の実家である屋敷の地下から、アールヴの魔術書が見つかったこと。
それを話した瞬間に、エレオノーラの目が見開いた。
「魔術書をっ……発見、したのかっ!?」
「ええ、偶然が重なった結果ですけど……俺の実家は、元はアールヴの住んでいた土地だったらしいんです」
「そん、な……」
「これが、その本です」
俺は懐から、絶対に誰の目にも触れさせるまいと守ってきた宝――アールヴの魔術書を取り出す。
革で作られた装丁に、アールヴの古語で題名の書かれたそれは、巷では偽物も多く出回る代物だ。偽物でさえ数十枚の金貨が動くアールヴの魔術書――その本物が、ここにある。彼女ほどの魔術師が持っていないわけないだろうが、それでも俺から魔術書を受け取るエレオノーラの手が、少しだけ震えているのが分かった。
本を開き、そこに書かれた内容を見て、エレオノーラの目が少しずつ見開かれる。
「本物、だ……。それも、アールヴの間でさえ禁忌とされた、
「俺も、手が震えました。ただ……勉強不足の俺に紐解くことができたのは、内容の僅か一部だと思っています」
「ああ……あたしにも、ちょっと分かりにくい文節がある。だが、途轍もない代物だよ」
「この二年間、俺はこの魔術書を師として魔道を磨いてきました。魔術書に書かれている、幾つかの魔術なら使うことができます」
エレオノーラに向けて、真剣な眼差しでそう告げる。
事実、この二年間、俺は独学でアールヴの魔術書を解読し続けた。どうにか自分のものにしたいと、寝る間も惜しんで勉強を続けた。
その結果、俺に習得することができた魔術は三つ――『
後半を読めば読むほど、理解のできない文章や単語の出てくる頻度が多くなり、最後の方になるとほとんど解読ができなかった。恐らく描かれている絵から、
そんな俺の言葉に、エレオノーラは小さく溜息を吐く。
「なるほどね……アンタ、
「はい……ええと」
「まぁ、アンタならできるだろうね……あたしも、ジンほどの魔力を持つ奴には、他に出会ったことがないよ。だがアンタの魔力量でも、上位の魔術は恐らく使えない。文面を確認する限り、だがね」
「そう、ですか……」
アールヴと人間の混血であり、アールヴの智慧を持ち得るエレオノーラがそう言ってくるのだ。恐らく、間違いないのだろう。
僅かに落胆するが、それでも問題はない。もしも俺の魔力量が足りなくとも、クリスがそれを補ってくれるのだから。死にそうになるけど。
「それで、発動してどうなった?」
「はい。スケルトンを何匹も作ったんですけど、問題なく動いてくれました」
「ほう。なかなか難しい発動方法だが、成功したのか。さすがジンだな」
「今も多分、動いていると思います」
俺が領地を離れても、恐らくスケルトンたちは問題なく働いてくれるだろう。実際のところ、フルカスの町から離れたレドスタの村でもスケルトンは働いていたが、月に一度ほど視察に向かっても、スケルトンたちには何の変わりもなかったのだ。
一体どんな方法で魔力を補っているのかは分からないが。それに関しては、この二年ほど研究を続けたけれど、さっぱり分からなかった。魔術書にも、そのあたりは解説してくれていなかったし。
だがエレオノーラは、俺の言葉に僅かに眉根を寄せた。
「多分、動いている……?」
「あ、はい。領地に置いてきたので……」
「いや、何でだ? スケルトンを領地に……?」
「ええと……うちの領地は貧乏でして。働き手のいない農村とか、そういうのが多かったんです。盗賊に襲われて人口が少なかったり、若者が村を出ていったりとか、そういうので」
「ほう……?」
エレオノーラが、意味が分からないとばかりに眉を寄せている。
俺、そんなにも難しい説明をしているだろうか。やはりエレオノーラは魔術師であるし、領地経営とかは門外漢だから分からないのかもしれない。
「それで俺は、思いつきまして」
「とんでもなく嫌な予感しかせんが、言ってみろ」
「スケルトンにだって、クワを持たせれば農業をさせることができる、って」
「お前は馬鹿か!?」
エレオノーラが、そう叫ぶ。
俺、そんなに変なことを言っただろうか。
ただ、スケルトンを使えば領地の発展に役立つって思っただけなのだが――。
「アールヴの魔術書の、それもアールヴの間でさえ禁忌とされていた
「はぁ……」
「だがジン、よく考えてみろ! アールヴの魔術書は魔術師全ての悲願だ! 持っていることさえ、成果として生まれたものでさえ、秘匿すべき存在だ! それを何お前、農村に配ってんだ!?」
「いえ、俺は領主として、領民のことを第一に考えるべきだと思って」
「お前本当に賢いのに馬鹿だなっ!」
ああ、もう、とエレオノーラが頭を抱えている。
俺は領主として、当然のことをしただけのつもりだったのだが。
「まぁ、やっちまったもんはもう仕方ないね……んでアンタ、スケルトンを何匹くらい作ったのさ?」
「あー……ええと、数えていませんけど」
「そんなに多く作ったのかい?」
「多分、千体くらいは」
「ぶっ!!」
俺の言葉に、大袈裟に驚くエレオノーラ。
ええと、屋敷で働いてるスケルトンが百体くらいいるし、それぞれの村に二十から三十体くらいは派遣してるし、スケルトン三体で作るデスナイトもそれぞれ配備させているし、あと牛スケルトンも結構渡してる……うん、やっぱり千体くらいだな。
エレオノーラはわなわなと震えながら、俺を見る。一体、何をそんなにも――。
「あ、そうだ」
これはちゃんと、伝えておかないと。
エレオノーラはアールヴとの混血だし、理由とか原因とかも思い当たる節があるかもしれない。
「お師匠、伝えておかねばならないことがあるんですが」
「これ以上、あたしに伝えておかないといけないこと……?」
「はい。実はアールヴの魔術書を発見したときに、近くに水晶の中に封印されていた若い女性のアールヴを発見しまして」
「アンタの口からサプライズ以外のものは出てこないのかい!?」
そう言われても。
別に俺は、エレオノーラを驚かせようとか、そういうつもりなどない。事実を報告しているだけだ。
「はい、それで」
「水晶に封印……? まさか、そいつは……アンタ、砕いたりしていないだろうね!?」
「砕いてはいないんですけど……まぁ、はい。ちょっと落ち着いて聞いてください」
エレオノーラに、そう言って呼吸を整えさせる。
それから、すっ、と俺の少し後ろに立っていたクリスを、示した。
途端に、エレオノーラの顔がゆっくりと青ざめてゆく。
「それが、この子になりまして」
「はじめまして。クリスです」
「一体どういうことなのか最初から説明してくれっ!!」
クリスの、フードを外した長い耳を見て。
エレオノーラの叫びが、屋敷中に響いた。
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