第12話 師弟の絆

「おほん」


 エレオノーラが小さく咳払いをして、それから居住まいを正した。

 先程までは、あくまで魔術師の先達と実力を認めてもらっている若手、という関係性だった。だが今をもって、俺――ジン・フリートベルクは大魔術師エレオノーラの弟子という立場になったのだ。

 これから俺は魔術師として、深淵を、根源を、より高位の魔術を求めてゆくのだ。

 いずれは、俺の開発した魔術が世間に浸透するような、そんな歴史に残る大魔術師に。この弟子入りは、その一歩目である。


「ひとまず、これからの教育について話そうか」


「はい、お師匠」


「まぁ、最初から面倒な手順を踏むつもりはないよ。アンタはあくまで、魔術学院を卒業したばかりの新人だ。まずは、基礎固めからしていくよ」


「お願いします」


 エレオノーラの言葉に、俺は心中だけでほっとする。

 大陸四魔女と呼ばれる四人の高位魔術師は、『紫の賢者』エレオノーラ、『蒼炎』シルキー・ガーネット、『渇きの女王』セレスティア、『時をかけるババア』ウルスラ・バーチェスの四人だ。正直最後の一人の二つ名を誰が決めたのか分からないが、失礼極まりないと思っている。

 そんな、四魔女と呼ばれている大魔術師たちだが、当然ながらそれぞれ弟子にとった者から卓越した魔術師を輩出しているのだ。宮廷魔術師筆頭であったり、魔術研究所の長官であったり、その立場は様々だが、そういった後進の育成にも携わっているがゆえの名声の高さというものもあるらしい。

 だが、エレオノーラは一切ない。

 少なくとも俺の知る限り、『紫の賢者』エレオノーラの弟子だった、と名乗る魔術師さえ一人もいないのだ。人間とアールヴの混血であり、既に二百歳を超える年齢でありながら、たった一人もいないのである。


「なんだい、不服かい?」


「いっ、いえっ……」


 だから俺はてっきり、エレオノーラの指導があまりにも厳しすぎたり、実力以上のものを求められるがゆえに、弟子が居着かないのだとばかり思っていた。

 そう考えていたために、思っていた以上に優しい言葉だったから動揺してしまったのを、エレオノーラは見逃さなかったらしい。別に俺だって、好き好んで厳しい指導を求めるわけじゃないし。

 どう答えるべきか迷っていると、エレオノーラの方が小さく溜息を吐いた。


「ま、巷でそういう噂が流れてることは知ってるよ。エレオノーラは指導が厳しすぎて、弟子が居着かない。エレオノーラは指導という名目で弟子をこき使っているから、逃げ出す者が後を絶たない。一番ひどいのだと……エレオノーラは弟子を殺して若さを保ってる、だったかね」


「それ、は……」


 その噂は、俺も耳にしたことがある。

『紫の賢者』エレオノーラは最初から弟子など求めるつもりはなく、魔力を吸収して己の若さを保つための生贄にしている――そんな、根も葉もない噂だ。

 だが事実、二百歳を超えながら妙齢の美女にしか見えないエレオノーラであるがゆえに、そんな噂が流れるのも仕方ないのだろう。


「俺は、信じていません。だから、こうやって弟子入りに来ました」


「ありがとよ。実際、若さを保つような魔術なんて習得してないよ。教えを乞われても困るだけさ」


「そうですよね」


「若くありたいなら、早寝早起きと適度な運動と朝夕のスキンケアをきっちりやっときな。そうすりゃ、年齢よりは若く見られるよ」


「……」


 非常に参考にならない情報だった。


「んで、さしあたってアンタに与える課題だ」


「はい、お師匠」


「さっきも言ったように、アンタは新人に毛が生えたようなもんだ。魔術学院では主席だったんだろうが、そりゃ魔術学院のレベルでの話さ。魔術師としては、まだまだひよっこでしかない。それだけは理解しときな」


「はい」


「だからまず、魔術道具の把握だ。あたしの家に来る前に、隣の魔術用品店を見たかい?」


「はい」


 エレオノーラの言葉に、頷く。

 隣の、と言っていることから恐らく、コルコダ魔術用品店のことだろう。様々なものが乱雑に並んでいたことを覚えている。俺には、半分以上使い道が分からなかったけれど。


「あそこは、あたしが道楽でやってる店でね。ま、月に一つも売れやしない、ほとんど閑古鳥が鳴いてるような店だよ。だからあたしも、ほとんど放置してんだけどね」


「追跡魔術が刻まれているのは、分かりました」


「へぇ。ひよっこでもそれは分かったかい」


 にっ、と笑みを浮かべるエレオノーラ。

 一応何かあるのではないかと、店を通りがかる際に簡単に魔視サーチ――魔力を流れを探る魔術で、商品を確認した。ほとんど何の目的で使っているのか分からないガラクタばかりだったが、その全てに共通していることがあったのだ。

 それは、追跡魔術――その場から離れた場合に、場所が分かる魔術が刻まれていること。

 恐らくほとんど店の方には出てこない分、商品が盗まれても居場所が分かるようにしているのだろう。


「ええ……ですから俺は、尚更エレオノーラさんの弟子になりたいと思ったんです」


 俺は正直、そんな追跡魔術の刻まれた商品の数々を見て、震えが走った。

 魔術を『刻む』。

 魔術師でない者には、その凄さを理解することすらできないだろう。魔術を文様として物質に刻むことができるのは、基本的にアールヴにのみ使えたとされた特異魔術なのだ。俺の実家の地下にあった、罠の数々がそれである。

 ちなみに俺が魔術を刻むことができるのは、自分の魔力で作ったものだけだ。いつぞやの偵察用の小鳥などがそれであり、それも永続的に発動するものではない。


「いいだろう。まずアンタの仕事は、魔術用品店に転がってる商品を知ることだ。何の意味を持ち、何の魔術の触媒となり、どう魔力を通すか――そのあたりを、まず理解しな。明日から七日間、時間をやる。店番と掃除ついでに、きっちり学んできな。どれだけ考えても分からないなら、あたしのところに持ってこい」


「はい。ありがとうございます」


 まずは道具を、自分で確認する。どのように使うのか考えて、どのような役割を持つのか理解する。どれだけ考えても分からなければ、エレオノーラに聞く。

 俺のやるべきことはシンプルだ。分かりやすくていい。

 そこで、エレオノーラが小さく溜息を吐いた。


「だが、魔術師ってのは等価交換だ。与えられた情報には、相応の情報を返す。与えられた恩恵には、相応の礼を返す――そういう前提がある以上、あたしの方もアンタに教えなきゃならない」


「はい……?」


 魔術師は等価交換。

 それは魔術師にとって、当然の認識だ。魔術というのは、自分が魔力を込めた分しか発動しない。自分が発動した魔術の分だけ、魔力が失われるのは当然のことである。

 それが転じて、魔術師同士でも全て『等価交換』という認識になっているのだ。受けた恩は同じ程度の恩で返さねばならない――そういう、ある意味紳士的な暗黙の了解となっているのだ。

 だが何故――そう思いながら、エレオノーラを見ると。


 エレオノーラが取り出したのは、動物の革で作られた装丁の、一冊の本。


「――っ!?」


「アンタは、あたしに秘蔵であるアールヴの魔術書を見せた。だったらあたしも、あたしの秘蔵を見せなきゃなんないだろ?」


「これ、はっ……!」


「ああ……」


 悪戯が成功した子供のように、笑みを浮かべるエレオノーラ。

 これは。

 この魔術書は。

 世界でたった一人、エレオノーラだけが持ち、エレオノーラだけが習得している特異魔術。


「刻印魔術の、書……!」


「ああ」


 物質に魔術を『刻む』ことができる、唯一無二の魔術。

 アールヴが滅びて以降、エレオノーラだけが所有している魔術書。

 それが、ここに――。


「言っただろう、ジン」


 エレオノーラは、笑みを浮かべたままで。

 俺の目を見て、真剣な眼差しで告げた。


「あたしはアンタに、全てを教えてやる」

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