第7話 アールヴの少女

 とりあえず俺がまず実行したのは、アールヴの少女に服を着せることだった。

 とはいえ、三兄弟が全員男だった我が家に、女の子に着せる用の服などない。仕方なく、俺が幼い頃に着ていた男の子用の服を着せた。もっとも、それでも可愛らしい少女として映るのだから、美少女に服装など関係ないという事実は分かった。可愛い子は何を着ても可愛いんだね。

 そして、俺と少女は向かい合う。


「ええと」


「はい、ごしゅじんさま」


「俺は、ジン・フリートベルク。きみは?」


「わからない」


「……」


 コミュニケーションの始まりは自己紹介から始まるものだと考えて名乗ってみたが、少女から返ってきたのはそんな身も蓋もない言葉だった。

 とろんとした眠そうな目ではあるが、意識ははっきりしているらしい。だけれど、自分の名前が分からないというのはどういう事態なのだろう。

 不死者として復活すると共に、記憶は失うとかそういうものなのだろうか。


「ええと……きみは、アールヴでいいのかな?」


「わからない」


「何歳?」


「わからない」


「アールヴの魔術書について知ってる?」


「わからない」


「俺は誰?」


「ごしゅじんさま」


 終始、この調子である。

 自分のことは全く覚えていないし、アールヴについても全く知らない様子だ。嘘を吐いているのかとも思ったけれど、短い返答しかしてくれないこの子が嘘を吐いているのかどうか、俺には判断しきれないのが現状だ。

 唯一分かっているのは、この少女が俺のことを「ごしゅじんさま」と認識していることだけである。


「くそっ……」


「くそ?」


「いや、何でもない……」


 計算違いだ。

 俺の予定では、アールヴを不死者として復活させて、口頭でもいいからアールヴの魔術について教わろうと思っていたのだ。そうすれば、他のアールヴの魔術書に載っているような高位の魔術を得ることができるだろうと。

 そうすれば、俺は世の魔術師の中でも最強になれる――そう思っていたのに。


「まぁ、仕方ないか……成功しただけマシと思おう」


 アールヴの魔術によってアールヴを不死者とする――その実験は、一応成功した。

 俺の期待した成果が得られたとは言えないけれど、それでも成功したのだ。成功したと思わないとやってられない。

 しかし。


「……凄まじい魔力量だな」


「ごしゅじんさま、どうしたの?」


「いや……きみの魔力量に驚いてるだけだ」


「まりょく?」


 こてん、と首を傾げる少女。

 その体から漏れる魔力量は、凄まじいの一言だ。俺の魔力量は魔術学院でもトップだったというのに、軽く俺の十倍以上もある。

 アールヴはそれぞれの個体が凄まじい魔力を持つと聞いたことがあるけれど、想像以上だ。こんな奴が何人もいて、それぞれ普通に魔術を使えるのなら、それだけで国が滅ぶだろうと思うくらいの量である。

 惜しむらくは、この少女に限っては全く魔術らしいものが使えないということだが――。


「きみは……魔術、使える?」


「まじゅつ……わからない」


「ええと、炎を出したりとか……」


「こう?」


 少女がすっ、と手を出す。

 そして、掌を上に向けると共に。

 ぼっ、とその掌の上に、火が灯った。


「……」


「こう?」


 驚きに、声が出ない。

 これは魔術師にしか分からないだろうけれど、途轍もないことが目の前で起こったのだ。この驚きを、どう説明すればいいのだろう。

 本来魔術というのは、魔力にまず性質を設定する。炎の魔術ならば炎の性質を持たせ、雷の魔術ならば雷の性質を持たせるということだ。そして性質を決めたら、次に座標を決める。その魔術がどこに発動するのか、場所の特定をするのだ。そして最後に、その魔力がどう発動するのかの指向性を持たせる。炎を長時間繰り出したり、一瞬だけ雷を発動したり、そのやり方は様々だ。具体的には、その3ステップで魔術を発動すると言っていいだろう。

 この少女がやったこと――『魔力で作った炎を掌の上に出し続ける』ためには、まず魔力に炎の性質を持たせて、自分の掌の上に座標を設定し、長時間出続けるという指向性を持たせる。そのために魔術師は魔術を編み、詠唱という形で発動するのである。

 だというのに。

 少女は、詠唱も何もなく極めて自然に魔力を操り、一瞬で魔術を構築してみせた。

 これが――アールヴ。


「……もう、いい。消してくれ」


「はい」


 ふっ、と魔力で作った炎が消える。

 俺も魔術師の端くれであるし、少女がやったような『魔力で作った炎を掌の上に出し続ける』程度のことはできる。だけれど、魔力操作の腕は桁違いだ。

 子供でも自在に魔力を操るとされるアールヴ――その本質は、こういうことか。

 期待していたのは、アールヴの魔術を口伝でもいいから教えてくれることだったのだが。


「まぁ、いいか……」


 ないものねだりをしても仕方ない。

 伝説のアールヴを不死者として復活させただけでも、御の字と思うべきだろう。俺の十倍以上の魔力を持つわけだし、今後何かの役に立つかもしれない。

 それだけでも、良しとしよう。


「ふぁ……」


 ふと出た欠伸を、どうにか噛み殺す。

 水晶を運び出すにあたって、精神面でも肉体面でも疲労困憊になった。その上、魔力も半分以上消費してしまっている。俺の疲れは、もう限界に達していた。

 ゆっくり眠れば、魔力も少しは回復するだろう。


「ごしゅじんさま、おねむ?」


「あー……うん、眠い」


「ごしゅじんさま、ねて」


「えーと……」


 そういえば結局、この子が何なのか分からないままなんだよな。

 スケルトンは何も食べなくても大丈夫だと思うけど、この少女はどうなんだろう。何か食事とか必要になるのだろうか。

 まぁ、俺も空腹を我慢している程度には、我が家は食料がないんだけどね。どうにか保存食を少しずつ食べて、俺も空腹をごまかしている。

 あとは何より、名前だ。

 いつまでも謎の少女というのは、俺としても困る。


「名前」


「なまえ?」


「そうだな……いつまでもアールヴとか少女とか言うのもあれだし、名前つけよう」


「なまえ……」


 とろんとした半眼で、俺のことを見てくる少女。

 それは名付けの期待というより、よく分からないことを言っている――そんな様子だ。


「そうだな……水晶クリスタルの中にいたから」


「はい」


「クリス。どうだろう」


「……」


 少女――クリスは、こてん、と首を傾げて。


「はい。わたしは、クリス。ごしゅじんさま」


「ああ、これからよろしく」


 名付けとしては安易かもしれないけれど。

 相変わらず無表情ながら、クリスは頷いた。

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