第4話 はじめてのアンデッド

「あー、すまない」


「へい、いらっしゃい!」


 当座の目的――骨を手に入れるために、俺がまずやってきたのは肉屋だった。

 なんとなく、肉以外の骨は捨てているような印象がしたからだ。そして、兄エドワードがパン屋の娘と駆け落ちして俺が自領に戻ってからまだ数日ということもあり、肉屋の親父にさえ俺の顔は知られていない。

 一応、俺これでも領主なんだけど。


「その……少し、図々しいお願いをしたいんだが」


「はい? お客さん、どうかしたんで?」


「ああ……俺は今回、この領地を治めることになったジン・フリートベルクという」


「……ご領主さま、ってことですかい?」


「まぁ、うん。そうだ」


 肉屋の親父が、胡散臭そうに俺を見る。

 それも当然か。二十歳そこそこの若造に、いきなり領主だと名乗られても困るだけだろう。特にまだ、領主らしいことをしているわけでもないし。

 加えて、自分とこの使用人でもいれば代わりに紹介してくれるのだろうけれど、残念ながら我が家に使用人など全くいない。自分を領主であると主張できるものが、俺には何一つ存在しないわけである。

 自分で言ってて悲しくなってくるけど。


「それで、ご領主さまが一体何用で? うちはちゃんと、税金納めてますぜ」


「いや、少しばかり無理をお願いしたいんだが」


「はぁ……」


「ええと」


 さて、何と言えばいいだろう。

 とりあえず、単刀直入にお願いしてみるべきだろうか。


「こちらの肉屋では、骨はどうしているんだ?」


「骨ですかい? 食える肉の部分だけ削ぎ取って、あとは捨ててますけど」


「おお、そうか!」


「……?」


 思わず、そう声を上げてしまった。

 捨てているものであるならば、俺が貰っても問題はあるまい。これで骨が売り物だと言われたら、なけなしの身銭を切るところだった。

 だったら、相談も早いというものだ。


「何ですかい、旦那。骨が欲しいんで?」


「ああ。できれば、あるだけ貰いたいんだが」


「まぁ、うちは捨てるだけなんで別にいいですけど……何に使うんですか?」


「……まぁ、少し実験をしたいことがあってな」


「はぁ……」


 やっぱり、肉屋の親父は胡散臭そうに俺を見ていた。

 まぁ、普通は骨なんか欲しがらないだろうし、そんな反応も当然だろう。俺だって、何も知らずに骨を求める奴がいたら、変な邪教の儀式でもするんじゃないかと思ってしまう。

 事実現状、肉屋の親父は俺のことをそう思っているのだろう。


 そこで、ふと何かを思いついたように肉屋の親父が目を開いた。


「なるほど……そういうことですかい」


「ん……?」


「先代のご領主さまの話は、聞いてます。パン屋に耳を貰いに行ったとか、そういう話も聞いてますわ。そういうことですかい」


「え……」


 そういえば、我が家の食卓にはよくパンの耳が並んでいたな。

 揚げたあれ、美味しかったんだよな。少しバターつけて食べると、ちょっとしたご馳走だった。滅多に食卓には並ばなかったけど。

 父さん……あれ、パン屋から貰ってたんだ……。


「まぁ、うちは別にいいですが……正直、うちで肉はほとんど削ぎ取ってるんで、全く残ってませんよ。せいぜい、煮込んでも固い筋の部分くらいですけど」


「いや、それでもいい。貰えるだけ貰いたい」


「んじゃ、ちょいと奥から持ってきますわ」


 はぁ、と大きく溜息を吐いて、肉屋の主人が奥へと去ってゆく。

 どうやら我が家の貧乏は、領民たちにも知れ渡っているものだったらしい。そりゃ、領主として皆が知っているうちの父さんが、パン屋に耳を貰いに行ってたとなれば有名にもなるだろう。兄がそんなパン屋の娘と駆け落ちしたのは、何か縁でもあったのだろうか。

 非常に残念な話ではあるものの、それで骨を分けてくれるのならば構わない。別に悪名というわけでもないし。


「よいしょぉっ、と。一応、こいつが廃棄する骨ですわ」


「おお……!」


 木箱の中に、山盛り入っている肉を削ぎ落とされた骨たち。

 確かに店主の言う通り、食べられそうな部位はほとんど残っていない。こんなものを欲しがる奴など、他にいないだろう。

 だけれど、俺にしてみればこれは宝の山のようなものだ。


「それでは、貰い受ける! ありがとう! 助かった!」


「へぇ、いいっすけど……木箱は返してくださいね」


「ああ。また木箱を持ってくるよ」


「へぇ……」


 木箱を抱えて、店を出る。

 そんな店を出るときに、店主が「あんなに貧乏な領主さまで大丈夫かねぇ……」とか呟いていたことは、とりあえず聞かなかったことにしておこう。












「よし」


 屋敷に帰って、とりあえず骨を置いた。

 魔方陣の描いてある部屋――とりあえず、ここで魔力を流さないと俺はアンデッドが作れない。今後は出先でも使うことになるかもしれないし、折り畳める絨毯とかに描いて持ち運ぶ方がいいのだろうか。

 だが、今はとりあえず実験だけだ。この実験さえ上手くいけば、領地の運営をより効率的に行うことができる。


同調シンクロ


 力ある言葉と共に、魔方陣に魔力を通す。

 その中央に置かれているのは、木箱から出した骨だ。アールヴの魔術書に書かれていた死霊術の内容を確認したけれど、とりあえず骨は一部でいいということだ。一部の骨さえ用意すれば、残る部分は魔力が代替して作ることができる。

 もっとも、欠損部分が多ければ多いほど使用する魔力量も上がってくるため、できれば全ての骨を用意しておいた方が良いとのことだが。


「ふぅ……」


 小さく深呼吸をして、心の準備を整える。

 もしかすると、必要魔力が多すぎて俺の魔力が枯渇する可能性もある。元々、アールヴの魔術書に記された特異魔術は、その必要魔力が桁違いであることでも知られているのだ。

 無駄に魔力だけは高い俺だから、なんとかなる――そう、信じたい。

 そして魔方陣の全体に魔力が通じたことを確認すれば、あとは力ある言葉を発するのみだ。


「――創造クリエイト骸骨兵スケルトンっ!」


 俺の呪文と共に、体から魔力が抜けてゆく感覚。

 それと共に、魔方陣の中央――そこに設置された一部の骨から、そこに繋がる骨が生成される。それは俺の魔力を代替にして作られる、魔力によって作られた骨。

 次第にそれが形を成し、完全な形の骨の塊として、魔方陣の中央に立つ。


「……」


 骨でできたそれは、間違いなく異形。

 毛も肉もなく内臓もないというのに、ぶるるっ、と体を震わせる。間違いなく、アールヴの持つ特異魔術でしか生成することのできない不死者――アンデッドが、そこにいた。

 俺の魔力は、恐らく十分の一ほど削られただろう。それに伴う疲労感もあったが、そんなもの関係ない。

 実験は成功した。


 俺の考えとは、違う方向に。


「そう、だよな……」


 目の前に立つアンデッドを見て、思う。

 どうして、こんな簡単なことに気付かなかったのか。

 何せ、俺の目の前にいるのは――。


「そりゃ、牛の骨で作ったら牛ができるよな……」


 目の前で、骨だけの牛が。

 口も肺もないというのに、何故か「モー」と鳴いた。

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