第3話 アンデッド作成準備
丸七日間、俺は屋敷から外に出なかった。
食事を買いに行く時間が惜しい、と保存食をひたすらに食べ続けた。排泄や睡眠の時間すら惜しいほど、俺は延々とアールヴの魔術書と睨み合い続けていた。
調べれば調べるほど。解読すれば解読してゆくほど。紐解けば紐解くほど。
アールヴの魔術書が、どれほど凄まじいものなのか分かる。
ここに記されているのは、魔術の革命とも呼んでいいだろう類の代物だ。
あらゆる場所に存在する微量な魔力――マナと呼ばれるそれに己の魔力を通し、定められた呪文により一定の効果を定め、魔力を媒介につながった意識の中でその方向性と目的を決定する――それが魔術の基本だ。
洞窟の中で使った『
使い慣れない魔術に関しては、この方向性と目的を定めることに時間がかかるのが難点の一つだ。さらに攻撃魔術を使用する際には方向性として敵の位置、目的として飛翔し敵に当たる、ということを設定しなければならない。そして、攻撃魔術によって敵を攻撃することに比べて、防御魔術によって自身を守る方が圧倒的に早いのだ。だからこそ、真の魔術師同士の戦いにおいては、最終的に肉弾戦になるのが当然だと言われている。俺は絶対に御免だが。
まぁ、それは余談だ。
少なくとも、俺の理解している魔術というのは、そういう体系で発動されるものである。
だが、この魔術書に記されている内容――それは、圧倒的に違う。
魔術というのは、本来短い時間だけ発動するものだ。マナというのは魔力を通しやすい分、その拡散も早い。ゆえに、己の魔力と繋がっている状態を保持するために魔力を消費しなければならないのだ。
例えるなら、『
しかし。
「……魔力の物質化、マナの融合、呪文を刻み付けての永続発動」
マナに通した後には消えるだけの魔力を、そこに物質として存在させる。
そして拡散しやすく、短い時間しか効果を発動しないマナを物質化した魔力と融合させる。
そんな融合体に対して陣による呪文を刻みつけることにより、そこに永続的な魔力体を形成させる。
これが、アールヴにしか不可能だと言われている魔力を用いた罠――それを作るための方法だ。
魔術師としての到達点とさえ言われている、アールヴの魔術――俺が今見ているのは、そんな代物である。
「それだけじゃない……」
ぶるぶると、手が震える。
この魔術をアールヴが用いていたのだとすれば、それはまさに神への冒涜だ。
これが神殿に置かれていた理由も、この魔術を禁忌とし神に捧げたものであるからかもしれない。むしろ、読み進めてゆくうちに、俺にはそうとしか思えなくなった。
何せ、これは――。
「欠損部位を融合体で再生させ、刻まれた呪文により半自動的な指向性を持たせ、脳髄の代わりに魔力体を据えることで命令に従う……」
生命を創造することと、何も変わらないのだから――。
具体的な手順は、それほど複雑ではない。
魔方陣を敷き、その上に骨を置く。この骨は、全体の欠損が少なければ少ないほど消費する魔力も少なくなる。
そんな骨に対して、俺が魔力を送る。それによりマナが魔術陣の働きにより魔力と融合し、無形の魔力体となる。そして魔力体は自身の形を形成するために、骨の欠損部位の記憶から元の形状を復活させる。
最後に、魔力体が本来脳髄として存在する場所に満ち、四肢を動かすことができるように体を支配する。この魔力体は俺の魔力からできているものであるために、その体は俺の支配下にあると言っていい。
これで、俺の命令に従う
まるで、簡単に生命を作り出す――それは、神への冒涜とさえ言えるものだろう。
「……」
恐怖に、体が震えてくる。
俺は、とんでもないものを発見してしまったのではなかろうか。禁忌に触れているのではなかろうか。
だけれど、それ以上に。
俺の知的探究心が、恐怖を勝る。
この魔術を完成させた場合、
ならば俺のやるべきことは、その全てを試すことだろう――。
「……やる、か」
立ち上がる。
原理は理解したし、その構造も紐解いた。解読そのものに四日を費やし、原理の理解に三日を費やしたのだ。それだけ体も洗わず、服も着替えていない自分から、少しばかり酸っぱい臭いが漂ってくるのが分かった。
ふー、と大きく息を吐いて。
とりあえず、服を脱いで軽く体を拭いた。
この七日間、ずっと着ていた部屋着を洗濯籠に入れて、外出用のものに着替える。残念ながら洗濯をしてくれる使用人はいないため、そのうち俺が洗わなければならないだろう。
使っていない部屋――とはいえ、俺の元いた部屋の倍くらいには広い、元ハルク兄さんの部屋に行く。
荷物などはほとんど残っておらず、ただ幼少の頃にやった壁の落書きと、背を測るときに記した柱の傷が残っているくらいのものだ。最も高いものは、いつ測ったのか覚えていない。だけれど、今の俺よりも頭一つは高いそれは、恐らくハルク兄さんのものだろう。未だに、俺はハルク兄さんの身長に追いつけていないのだから。
赤い絨毯の敷かれた床から、それを取り除く。白いタイルの床が姿を現したところで、俺は魔方陣の作成に取り掛かった。
用意するのは、俺の血液だ。
より濃厚な魔力が宿っているとされる血液は、魔術を発動するにあたって良い媒介となるらしい。アールヴと人間が同じであるかは知らないが、それでも記してある通りにするべきだろう。
ナイフで手首を切り、桶の中に満たす。ちなみに動脈は切っていないので、それほど痛くもないし死ぬ危険もない。
絞り出したそれを指先につけ、タイルの床へと刻んでゆく。
そこに刻むのは、生命だ。
王冠より三叉路をもって王国へと至る、生命を現した図形。これが擬似的に魔力体へと生命を与える助けになるのだ。
僅かにでもずれてはいけない、と慎重に慎重を重ねて、図形を描く。
そして最後に、血液が乾いたのを確認してから再び赤い絨毯を敷き詰めた。こうして保護しておけば、踏んでしまって図形が削れることもないだろう。
ここまで一人でやって、さすがに腰が痛い。だが、だからといって誰に手伝わせるわけにもいかないことだ。
「よし……」
魔方陣は、完成した。
あと必要なのは、特異魔術を発動させるための触媒だ。
そんな死者を手に入れるために、必要なこと――。
……あれ。
「……死体って、どうすれば手に入るんだ?」
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