case23 街を放浪する金髪JKの話23
テニスコートで練習に勤しむ生徒をぼんやり見ながら、奥山はフゥと息をつき、かぶっていたキャップを取って汗を拭いた。
暑い、ほんとに最近暑いな。陽が傾き始めてもその温度は少しもましになった気がしない。
「熱中症気をつけろよー。」
と時々生徒に声をかける。彼女らも大変だ。朝から何時間も頭を使い続けて、それからこの暑い中部活に勤しんでいる。
大抵の生徒は勉強に手一杯で部活なんかに時間を割かない。ここにいる生徒は、この学校の中でも、かなり優秀な生徒ばかりだ。
教える側もかなり気を張る。はっきり言ってこの高校の指導の仕方は狂っている。
一昔前の詰め込み式の指導法をそのまま残したような、膨大な勉強量を生徒たちに強要している。
生徒達が1年の時に担当していたクラスでは、何人かドロップアウトした生徒がいる。
そのうちのひとりは2年になって学校に戻ってこれたみたいだが、もう一人、あいつは今頃どうしているだろうか?
一応は今でもこの学校の一年生として在籍している事になっているが、新学期になってから彼女の席が埋まった事は一度もないと言う。
奥山はふと、学校の正門近くに一人の警察官が立っているのが視界に入った。
やや背が高めの男で、その男は鋭い視線をこちらに向けると軽く会釈した。
慌ててこちらも頭を下げる。
おいおい、警察がオレに何の用だ?
奥山は内心面倒ごとに関わりたくないと思いながら、近づいて来る警察官をまっすぐに見る。
「奥山先生ですね?元1年B組担任の。」
警察の男は鋭い視線を絶やすことなく尋ねた。
「はい、そうです。どうされたんですか?」
奥山は平然と答えたつもりだったが、動揺を隠しきれなかった。元1年B組?元1年B組といえば一度警察沙汰の暴行事件を起こしている。嫌な予感がした。
「あなたが担任をしていた元1年B組。そこに富永モエ、という女子生徒がいましたね?」
警官はさらに尋ねる。
富永?奥山はその名前に目を見開く。
「富永に、何かあったんですか?」
富永モエは一年の時にドロップアウトした生徒だ。
彼女の事を奥山はずっと心残りに思っていた。
一年ほど前に富永の友達が起こしたカラオケ店員への暴行事件。あれだって富永自身は何も悪い事はしていなかった。
しかし、そんな事件に関わっていたというだけで、上の人間は彼女を停学処分にしてしまった。
富永は黙って処分を受け入れていたが、本当は彼女だって納得いってなかったんじゃないのか?
そのあと彼女はクラスに戻ってきたけれども、結局2年になる前にドロップアウトしてしまった。
「この学校は進学校です。より高い大学へと向かって生徒全員が努力しているのです。それが当たり前なんです。それが出来ない生徒はこの学校に元から合っていなかったんでしょう。」
ドロップアウトした富永の事を相談した時、教頭先生はそう言い放った。
それで当の奥山は、これで良かったのだと自分を納得させるしかなかったのだ。
「富永が奥山先生に会いたいと言ってます。」
警官は落ち着いた様子のままそう言った。
「富永が?」
その時、近くに駐車されていたパトカーの後部座席のドアが開き、1人の女の子がそこから現れる。
「先生!」
K高校の制服に身を包んだ長い黒髪の少女。一年振りに見たその顔は相変わらず少しだけ気怠げに見えるのに、それでありながらどこか凛としていた。
「富永、お前‥」
奥山は言葉を失った。教師としての務めを十分に果たす事が出来ず、ドロップアウトさせてしまった生徒。一体どんな言葉を掛けたらいいのか分からなかった。
富永は珍しく半袖の制服を着ていた。奥山の記憶では富永は夏服でも長袖をいつも着ていた。その理由を奥山は今になって初めて知った。富永の細い腕に残った、痛々しい赤く長い傷‥
「呼ぶまでくるなって言ったのに‥」
警察官が不機嫌そうに富永に言う。
「ごめんねおまわりさん。久しぶりに先生の顔見たら早く声掛けたくなっちゃったんすよ。」
富永は悪びれた様子もなく警官に言った。
それから奥山の方を真っ直ぐに見て言った。
「奥山先生、私、学校に戻りたいです。だけどその前に、聞いてほしい話があるんです。」
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