case22 街を放浪する金髪JKの話22

 チン、と歯切れ良い音がして電子レンジが動きを止める。


「えっと、私の分はいいっすから。リンリン食べちゃっていいっすよ。」


富永が言う。

こいつ、昼から何も食べてないってことだよな‥、腹減ってないのか?京太郎は富永を横目に見ながら思う。


「モエぴー、夏バテ?ダメだよちゃんと食べないと。ただでさえそんな細い体してるんだから。」


 幸田はそう言って富永にカツ丼の入った茶碗を手渡す。富永はそれをおずおずと受け取った。

だが結局彼女はそれを四分の一ほどしか食べずに残した。


「あの、ありがとうございました。私のためにご飯まで用意して下さって。私、もう帰るっすね。」


富永のその言葉を聞いて、京太郎はまじまじと彼女を見る。富永の瞳。純粋で、真っ直ぐな黒い瞳。


そうだ。彼女は諦めてなんかいない。本当は可哀想だなんて思って欲しくないはずなんだ。

それなのになんだこいつは。周りの目を気にして、遠慮して、気を使って‥

富永、お前は被害者なんだよ。何も悪い事してないんだよ。それなのになんでお前がそんな顔してんだよ!?


京太郎は意を決して立ち上がり、幸田の方を見た。

驚いて視線を向ける富永と幸田の事は気にせず、京太郎は大きく息を吸った。


「幸田先輩!!」


「え?え!?京ちゃん急にどうしちゃったの!?」


 京太郎は足を整え、大げさに幸田に向かって敬礼する。


「これより、本日の業務に入らせていただきます!朝礼をお願いします!!」


「お巡りさん、何言ってんですか?もう夕方っすよ?」


 富永は一歩引いた冷たい目で京太郎を見る。幸田はしばらくの間、敬礼をしたままの京太郎と富永の事を交互に見ていた。

それから、よし!と言って立ち上がる。


「今日も元気にハッピー、ハッピー!!お前ら、幸せになりたいかー!?」


幸田が声を張り上げる。


「おーー!!」


それに続いて、京太郎も声を上げる。


「え?2人ともどうしちゃったんですか?」


富永は戸惑いを隠せないでいる。


「そんなんじゃ幸せになれないぞ!!お前ら、幸せになりたいかー!?」


「おーー!!幸せに、なりたいです!!」


京太郎はそう答えてから、富永の方を見る。


「ほら、お前も飯食って声出せるだろ?一緒に答えてみろ。」


「えーと、幸せに、なりたいです‥?」


「まだまだぁ、お前ら、幸せになりたいかー!?」


「幸せになりたいです!」


富永は立ち上がり、京太郎の声に合わせて言う。


「もっともっと!幸せになりたいかー!?」


「幸せになりたいです!!」


「幸せなりたいかー!?」


幸田の声は徐々に大きくなっていく。


「幸せになりたいです!!」


京太郎も富永も全力で叫んだ。


「幸せに、なりたいかー!?」


「幸せに‥‥!」


富永の声が途中で消えたので、京太郎も叫ぶのをやめた。床に膝をついた富永を、京太郎は見下ろす。


「幸せに‥‥なりたい‥‥!私‥‥このままじゃ‥‥やだよ‥。もっと‥‥幸せになりたいよ‥」


嗚咽を交え、涙を流しながら富永は言った。


「そうだ‥。」


京太郎はそっと言う。


「それがお前の本音だよ。」


富永は床に膝をついたまま泣きじゃくる。


「わたし‥‥幸せになれますか?」


京太郎も床に膝をつき、富永と目を合わせる。


「なれる!」


「ほんとに‥?」


富永が涙でぐしゃぐしゃに濡れた顔を上げて尋ねる。


「ああ!」


京太郎は真っ直ぐに富永の顔を見て言った。


「オレが必ず、お前を幸せにする!」


幸田が息を飲む。


「え?待って、京ちゃん、それって‥」


ん?オレなんか変なこと言ったか?


「ごめん、富永、今のは違くて‥」


慌てて京太郎が言おうとした時、富永がふっと笑う。


「絶対ですよ?」


 その時ちょうど西日がいい感じに交番に差し込んでいて、ひぐらしの鳴き声が醸し出す切なさも相まって、涙で濡れた富永の笑顔が、めちゃくちゃ綺麗だなと思ってしまったオレは、多分疲れてる、

と京太郎は思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る