case9 街を放浪する金髪JKの話 9
富永モエを連れて交番に戻る途中、「ご近所さん」の交番の近くを通った時のことだった。
京太郎は「ご近所さん」の交番に一人の女子高生が入っていくのを見た。K高校の制服を着ていたので、京太郎はピンと来る。今朝、星野が言っていた事件の被害者だ。事情聴取を受けるのだろうか?
「あいつ‥」
隣に立っていた富永が冷たい声を出したので、京太郎はびっくりして、富永の方を向く。
「知り合いか?」
「え?いや、全然!知らない人っす!」
富永はけろりとした顔で言う。
交番に戻ると、幸田が机からむくりと上体を起こし、声を上げた。
「もー、遅いよ京ちゃん。幸田せんぱいはら減っちまったよー。」
「リンリーン、会いに来たよー。」
富永の顔を見て、幸田が歓声を上げる。
「わー、モエぴーほんとに会いに来てくれたんだねー!うれしぃー!」
そう言って、幸田は富永を抱きしめる。
「いや、先輩。さっきオレがこいつを補導したんです。こいつまた街中をふらふらしてて。しかもコンビニの店員に万引きの容疑をかけられてたんで。」
「またまたぁ、モエぴーが万引きなんてするわけないじゃん!」
幸田は富永を抱きしめたまま言う。
「ちょ、リンリン苦しいっす。」
富永が声を上げても、幸田は
「かわいいなぁこいつぅ」っと言って、離す様子がない。そんな二人の様子を京太郎はなんとなしに見ていた。富永、なんとなく幸田先輩に会えて嬉しそうだな。連れて来て良かった。
「あ、お巡りさん。またこっちじーっと見て。もしかしてリンリンに抱きしめられてるあたしを見て羨ましいとか思ってます?」
「思ってねぇよ!」
「京ちゃん、お腹すいた!」
「もぉ、出前ぐらい自分でとって下さいよ。カツ丼でいいですか?」
「お、いいっすねカツ丼。刑事ドラマって感じで。」
それは取り調べ室なんだよなぁ、と思いながら京太郎は出前を取る。
「はい、3人前お願いします。いつものとこで。」
電話を終えると、京太郎は富永に向き直る。その視線に気づいて、富永も少し真面目な顔をした。
「それで?なんで学校行かないんだよ?」
「えーまたその話っすかぁ?だからだるいからだって言ってるじゃないすかぁ。」
富永はうっとおしそうな顔をする。
「学校って行かなきゃダメなんすか?」
「町中でフラフラしてて、今日みたいに万引きの容疑かけられるぐらいだったら学校行った方がいいだろ?」
「あんな学校行かない方がいいんすよ。別に面白くもなんともないし。」
「面白くないからとかそういう問題じゃない。」
睨み合う二人の間に幸田が割って入る。
「ちょっとお二人さん。やめてやめて。多分二人ともお腹すいて気が立ってるんだよ。」
「先輩、邪魔しないでください!」
京太郎ははねつけるように言う。
「いま僕は仕事してるんです!こいつがこのままの生活を続けてて幸せになれますか!?地域の人の幸せを追求するのが幸福追求課なんでしょ!?」
京太郎の剣幕に幸田が怯む。
「なーにが幸福追求課っすか。バッカみたい。」
富永は吐き捨てるように言った。
「あたしの事なんてほんとはどうでもいいくせに‥」
「そんな事ないよ!」
今度は幸田が声を上げる。
「そんな事ない!私、ほんとにモエぴーに幸せモエぴーが幸せになってほしいって思ってるよ!何か問題を抱えてるならそれでもいい。話したくないなら話さなくてもいいよ。一緒にアイスとか食べて、花火見て、おしゃべりとかして、それで‥‥それでモエぴーが幸せだって思ってくれるならそれでいいから!」
幸田は今にも泣き出しそうな声で続ける。
「だからお願い‥そんな顔しないで‥」
富永はじっと幸田を見つめて話を聞いていたが、幸田の感情のこもった訴えに思わずたじろぐ。
「え、え?なんすか?あたし、今、どんな顔してる?」
富永は戸惑いながら言う。
「‥辛そうな顔してる‥一生自分は幸せになれないんじゃないかって、不安そうな顔してる。」
富永は俯く。それから富永が呟くように小さな声で言った言葉を京太郎は聞き逃さなかった。
「‥そうかもしれない。」
富永はさっと顔を上げた。その時にはもうすでに、先程までの辛そうな影は一切なく、いつもの気怠げな、表面的な表情に戻っていた。
「なんか、しらけさせちゃってさーせん。あたしやっぱり帰ります。」
そう言うと富永は踵を返して出て行こうとする。
「待てよ!富永!」
京太郎は声を上げる。
「なんすか?」富永はさっと振り返って言う。
「家まで送る。嫌だって言ってもだ。」
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