第5話 酉の位

 秀吉公は血縁をただ良しとする。ただ、後継者選定に当たっては、周囲がどれ程の器かと探り回る内に多くは自滅する。秀吉公はまま厳しく接するが、余りにも心根に到達する教えなので、自害してしまった新関白もいた。

 それを深く反省した秀吉公は、まだ世に公表していない嗣子を全国各地に隠し財宝も持たせた。


 その一女子柳松和音様は、島津家の霧島の開村地で健やかに育っていった。作法も勉学の武術も卒なくこなしていたが、大の苦手が武術で、俺佐々木巌流がどう様子を見ても、素質はなかった。ただ戦術だけは突拍子も無く、流石は秀吉公の血を引くかだ


 そんな和音様のお供になったのは、生まれて間もなくで。御伽衆の六角家から是非にと俺が差し出された。勿論女子のお世話も怠りなくで、近隣の伊賀から隠原才蔵も付けられ、最大の警護に当たった。


 霧島の中帳村は、上方に左右されなかった。それとなく秀吉公の嗣子と諭された和音様は、それが村民の生き方にどう関わるかと、その強い意思で、ただ平和に暮らしていた。


 そんな折、旅疲れでぼろのなった法衣をまとった長身痩躯の僧が托鉢に来た。ここはキリシタンの村だと、門番が追い返そうとしたが、和音様がその器は本阿弥光悦では、さては分かりますかなで、中帳村に招き入れた。

 胡散臭いとは思ったものの、その多種多彩な手妻から、村民が感に堪えずに、大きな夜の宴となった。そして宴は中頃に進み、僧果心居士の披露となった。豊臣に近いものかと訝しんだが、後の祭りだった。

 最初の油の匂い立ち込め、暗い夜が方々から上がる中帳村の炎で明るくなっていた。集った村民は忽ち嘆き喚き悲嘆にくれた。ただ、和音様だけは違った。才蔵の総体忍術を小さい頃から見慣れており、戯れはここまでしましょうとなった。

 やがて炎は鎮まり、村民は悲嘆で気を失ったままだ。果心居士が進み出ると、貴賓の出自故に確かな別れは有りましょう。それは巌流も才蔵も漏れなくです。彼らには天から授かった役割があると、俺と才蔵に琥珀寂寥指輪を渡した。時期は何れと高らかに放つと、見る見る小さき燕になり、逃すかと抜刀したが、高速で潜られ逃げ失せた。


 そして平和だった日々も秀吉公の死去で大いに崩れる。秀吉公の隠し遺言で、和音様は統治の島津家の島津豊久の元に嫁ぐ事を厳守されていた。扱いとして一般からの輿入れなので、準本妻扱いを、そこで気付くべきだった。

 島津豊久の居城日向佐土原城に案内されたその隙に、中帳村は石田三成の手勢に焼き討ち破壊され、厳重に仕舞われていた財宝も運び出されていた。


 それから、和音様と島津豊久は夫婦となり、運命の関ヶ原の戦いが巡って来た。和音様を守る為に居残った結果が、まさかの西軍大敗北になった。

 関ヶ原の戦いで島津豊久が戦死し、早くも未亡人になった和音様は、島津家から捨て扶持を貰い、再び霧島で新しく柳松村の開村に尽くした。和音様の帰郷を聞いて、散りじりになった元中帳村の村民が戻って来たので結束と共に、たった2年で早い自立をと約束した。


 そして島津領内の長に、ある厳命が降った。灰狒々には近づくな。島津家は討伐では無く退避を打ち出した。勇猛な島津家家中でも、猿以上の素早さで、あっと言う間に女子を食らわれては、鉄砲隊でも手負いにならずとは察するしかない。


 そして真昼の柳松村で、ある悲鳴と共に和音様が連れ去られた。才蔵は灰狒々の獣特有の臭いを辿りながら、案内印を立てては先行した。俺達は島津家のお達しを破り、狒々を追った。


 そして、才蔵の総体忍術である霧散に、灰狒々がはまり。その先の滝壺に追い詰められた。才蔵は銃はと叫ぶが、来たるべき日に備えての長刀しか持って来ていない。飛び込み、和音様の抱えた隙間だけを抜けて突き刺す。狒々の足跡から瞬時に間合いを掴むも、その後に和音が投げ出されたら、落下して行く滝壺の岩で大怪我をする。どうする。

 そんな刹那、竹藪の高さを優に超えた、黄金の大猿が、瞬時に灰狒々の背後に組み付き、両肩を豪快に折り、鈍く重い音が響いた。気を失っている和音様が地上に着く前に才蔵がさらい、俺達の要件は終わった。

 ただそうじゃないと俺は察し、そのまま突進し、嘆く灰狒々の鼓動しているその心の臓を確かに貫き、呼吸を吸い付くした灰狒々が絶命し、仰向けに滝壺に落ちていった。

 貫いた瞬時。背後の黄金の大猿が反らすと、その持つべき正義心の知性で分かっていた。いや果たして、この場は不敵な雰囲気になった。


「俺の名は円蕪だ。よろしくだ。ああ全く、お仲間を外からじっくり眺めていたの、あいつが来るとは居心地が非常に悪い。人間には擬態出来るが、皆の賛美歌を聞くと、つい心地良くなって、この姿に戻ってしまう。キリシタンって深いものだな」

「仲間、俺は認識していない。灰狒々がいる以上、二匹に三匹もいるには違いはなかろう」

「やれ、日本国にいても、謂れはまだまだか。奴ら下郎は人間の肉の味を覚えると。人間になりたがる。食ってるうちは良いが、いや良くないな。中には皮を剥いで人間に化ける奴もいる。まずは退治、巌流も才蔵も正しいって事だ。いや頼もしいな」

「巌流、仕掛ける」

「才蔵、このままだ。円蕪の左手には、同じ琥珀寂寥指輪がある。本当に仲間かもしれない」

「俺たちの組は、酉の位。俺の来た異世界で、次の宮本武蔵を決める戦い抜く事になる。何だ、果心居士から聞いてないのか」


 滝のせせらぎが、不意に逆流し始めている。何かと思った束の間、滝壺を遡りきった鯉が、白と赤の塊から、次第に大きくなり、そして果心居士になった。遅くなりましたかなと言う事を欠く。存分に聞こうじゃないか、熾烈で痛快な話を。

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