第4話 午の位

 俺柳生利厳は幼い頃から鼻が利くらしい。それ故に柳生の庄を越えて危険な所に入って肉体を酷使したり、死の独特の香りの放つ家には忙しくも通った。

 父厳勝は隠せ、祖父石舟斎は長所をただ伸ばしなさいと。俺を通じて柳生の庄の票割れは並々ならぬものになった。


 何れにしても、現在の柳生の庄には勘の凄まじい先達はいないので、或る日懇意の果心居士が、俺とやや同年代の少女を連れてきた。少女諸積双葉は伊勢志摩の見廻衆の若き一人で、大人と同様の真言を駆使出来るらしい。それを各位の好意として、俺の後見役として随時見守る様にと言い渡された。

 石舟斎に、思春期このまま結婚するのかになったが。利厳の行く行くは柳生の庄の一翼を担うので、大名に止まる為にも、政略結婚は必ずや辛抱してくれと諭された。俺はその日以来石舟斎とやや距離を置く様になった。


 双葉は、私は別に男と女として支え合う関係でも無いからと、不器用に指輪一対を差し出した。これは果心居士から授けられた琥珀寂寥指輪で、折りの良い機会に利厳に渡す様に依頼されたと。

 これは一門から聞いた事がある。宮本武蔵を襲名する為に補助してくれる宝具だと。本当に俺がかになったが、基本大剣豪素質でないと肉体が弾け飛ぶそうよと、物騒な助言を双葉から受けた。そこからは只管、柳生の庄で鍛えられる事は全てこなした。


 そして、俺利厳と双葉は、不思議要素の強い事案には、何かと派遣された。生と死が怪しくも未だ往来する現世では、体良く退治しなければ、それはその地に深く根ざし、不入の地に変わる。


 そんな折り、関ヶ原の戦いにも参じていないのに、猛将加藤清正からの切望で、加藤家に仕官される運びになった。どこでどう噂を聞いたか、俺の霊退治を清正は知っており、領内に蔓延る死霊病を根絶して欲しいだった。


 熊本での治安は、何れも日差しが照りつけ、熱病で死亡した農夫が土葬で弔われた。そこからだった。死んだ筈の農夫達が、深夜土中棺桶から蘇り、彷徨っているのだと。貴重な働き手がいない以上、死霊病の所以は隠しに隠され、それが感染拡大に繋がった。

 双葉は、霊的な問題ではなく、単純に脱水症状から心臓が止まり仮死状態になったものだと。ただその間に死に鈍感になった肉体は屍肉へと腐敗が進んでいることから、何れ爛れて行くのが死霊病の深い内容だった。


 ならばと、加藤家が推し進めた治安は、土葬の際に胸に大きな杭を打ち込む事だった。圧倒的に名医師はいない以上、無作為に蘇りをされない様にの判断だった。

 当然、農夫達からは直訴があった、死人なんていない、ちゃんと生き返るのは、悪魔の仕業ではないから、無慈悲に杭を打つのを止めてくれと懇願された。勿論加藤家が応じる筈も無いが、生命の拠りどころを巡って、家中はそれなりに割れた。


 そして、表向きは百姓一揆、実態は死霊病数多の暴走が起こった。ここでも加藤家保守層は、死霊病の事をひた隠しにして、末は統治領を削減される事を恐れた。

 その中でも俺は頑な若頭を叩き斬った。加藤家は誰も気づかなかったが、そいつも死霊病で腐敗した香りを香で隠していた。謀反と城内は沸いたが、もう一手、心臓を一突きした事で漸く死に絶えたので、死霊病の恐ろしさを思い知り、加藤家総点検に入った。その間に俺と双葉は死霊病に染まりきった起点の村を急襲した。


 村は郷士が既に門構えも銃も構えており、一進一退の長期戦かだ。俺は新月でも迷わず突撃し、双葉は真言から結界を作り出し、弾も矢も弾き、そのまま重い正門は、ここが堅かった。壁伝いに裏門に回ろうとしたが尖兵に囲まれた。

 ええい、このまま一個撃破かと覚悟したが、ただ黒い影が、高速で次々と死霊病の郷士を弾き飛ばし切り裂いた。そして強烈にぶつかる音が正門にしたかと思えば、俺も双葉も何故か付き合い、正門を押した。黒い影からは細長い眼差しで、赤い瞳が微かに笑った様だった。照らされた姿は伝記で見た翼竜だった。


「竜は初めてじゃ無いのか」

「初めてだが、今は同輩をどうのこうの問い詰めはしない」

「利厳、恐れ多いよ、畏まらないと」

「怯んだら、死ぬ」

「それは同意見だ、竜とて不死身ではない」


 正門は、力が有り余ったか、パンと豪快に弾け散った。ここでまさかと怯んだ郷士達は、俺と双葉と翼竜の奮迅で、瞬く間に息を引き取った。ただ、これは反乱鎮圧では無い。死霊病の憂いを消し去る為の殲滅戦だ。そして、生き残ったのは屍肉に香りのしない、年端の行かない13人の子らのみだった。


 日が昇ると共に、戯量と名乗る翼竜の姿が露わになった。僧正を背に乗せて運ぶ訳で無いので、上背は人間の長身位で丁度良いと。何より体が大きいと、村々の饗応を気兼ねしてしまうからと、お決まりなのかの笑い話を飛ばす。

 そして、何故助けたかは、長く細い左手を伸ばし、琥珀寂寥指輪を見せた。同じ組、午の位の仲間として当然だと。そして、利厳も双葉も指輪をせずに突撃したのかと、半ば呆れられた。

 俺は、いつの間に、方々を回って遺体に念仏を唱えている果心居士を睨みつけた。気付かれては、聞かぬそなた達が悪いと、逆に叱咤された。

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