第3話 卯の位

 豪姫の宇喜多家輿入れは破天荒そのものだった。秀吉公の猫可愛がりが抜け出たと、日がな狩猟に出かけ、宇喜多家の同輩が胆力無く悉く脱落した。意外なのは、秀家様が気力の限りに根を上げずだったが、これでは宇喜多家の面子がで、備前中から野生児が55名召し上げられた、ただ結局は飽きない俺新免玄信だけが、豪姫様秀家様の牝馬に並走して、狩猟に付き添った。


 そんな過酷な青年時代を通過したおかげで、豪姫様はより健やかになり、秀家様には逞しさをました。

 俺はと言うと、野生児見所あるなで、何かにつれ西国屈強の武士団の剣術に揉まれに揉まれた。だが結局の評価は、肉体を過信せずに刀もちゃんと使えと叱咤される。


 そして、俺は基本豪姫様付きとなり、まま秀家様の従軍に引き込まれた。その間を埋める役割で、もう一人上方から語学指南として、キリシタンの村越ジュリアーノが、秀吉公直々に豪姫に傅けられた。ジュリアーノは賢いし、ある意味では強い。ただ、俺と決して相容れぬ仲だが、豪姫には仲良くとせつから、共に苦笑いで応じる。


 そして東西を分裂する関ヶ原の戦いが巡って来る。西軍最高戦力の宇喜多家はお家騒動があったものの、無類の強さは引けを取らない筈だった。

 宇喜多は優勢だった。ただ徳川方の引っ切り無しの攻勢に、うんざりしかけ始めた時に、次第に押され、宇喜多両側を切り崩されては剥き出しになった。奮戦しても、鉄砲の銃弾雨あられでは切り崩される。

 俺とジュリアーノは、止む得ず気が合った。豪姫に逐一報告しないと、共同墓地で罵倒されるな、そして泣かれるなと。俺達はほぼ同時に琥珀寂寥指輪を付けた。

 琥珀寂寥指輪は、宇喜多家の豪姫様秀家様を筆頭に催された大成人会で、幻術士の果心居士から、豪姫様の言う通り仲ようしなさいと渡された。それが今発動した。

 生きて帰りたい。その願いが通じたか、朝靄からやや湿気で滑る関ヶ原に、青い稲妻が轟音と共に落雷し前方遥か迄、人が無し崩れ道が出来た。秀家様はになったが、お供に連れられて左前方へと脱出し、俺達はそのまま陽動でど真ん中を突き進んだ。

 青い稲妻は、琥珀寂寥指輪が、俺の豪剣とジュリアーノの念動力の胆力が合致した末のものだろうとは察した。それ程までに俺達は、豪姫様に会いたかったのだ。


 その後の俺達と来たら、宇喜多家は改易されたのに、京の高台院様の庇護元に、豪姫様随意のままにバサラの日々だった。東軍が勝利した事で、京は空白地帯となり、西国の主導権は誰が推し進めるかの、小競り合いの日々だった。

 そして、二条城前の勝手に決闘が居並ぶ立て札の前で、不思議な純白の留袖垂れ尼の麗しき女性に引き止められた。


「お兄さん方、宇喜多家も何を御執心やら。もはや安息の時代。もう進退を決める時では」

「尼さん、東軍の祐筆か。分かってるだろう、二度目の大戦さがあったら、今度は上方の勝利だ。無粋は止めおけ」

「玄信、何か違う。この尼さん人外の何かだ、用心しろ」

「用心も何もよ。玄信とジュリアーノの左手の小指を見てみなさい。もう私に隷属するしか無いのですよ」

「いつの間に白糸を結んだ。隷属って、俺には、そう、俺には、あれ名前が出てこない」

「術師の類か。しかし、そう、主人の名前が、いや顔も朧に、」

「そういう事。でも私遊佐は出自が異世界とあって、これしきはなのよ。案外脆いものね」


 俺達は瞬時に右に左に分かれ、どう繋がって来るのかの白糸を切り刻み弾き飛ばそうとするが、それは無数に繋ごうと次々迫り来る。俺はジュリアーノに視線を送り、遊佐の懐の潜り込もうと交わす。野良試合で組み合った術師は、間合いに入り過ぎると能力が飽和状態になり、自我崩壊する。

 そして間合いに滑り込んだ。俺は中払い、ジュリアーノは念動力を練り上げた。そして零地点炸裂、何かがずれて、遊佐はいつの間に三間後ろに退いていた。ただ背中には鶴翼らしきものが大きく羽ばたいていた。


 そして、いつの間にか、深々と新雪が降り始めて、その薄暗い先から、あの果心居士が歩み寄ってきた。そして淡々と語った。

 渡した琥珀寂寥指輪は、宮本武蔵襲名を決める為の組、卯の位の三人に渡していると。新免玄信、村越ジュリアーノ、遊佐の三人へと。ただ琥珀寂寥指輪も発動せずに、こんな破壊力では如何したものかと、流石の果心居士も頭の雪を払っては困惑する。


 そんな中、俺達の上背を超える華麗な白鶴が優雅な足取りで進み来る。それは一度で察した、異世界から訪れた遊佐だと。遊佐は誠実に語る。

 このまま豪姫に慕い付き添うのも一つの在り方だが、自らを極め、多くの悩める方々を救えるのも、玄信とジュリアーノならではと。私はそうで有って欲しいが、ここ迄捻り込んでも豪姫の影を消せないと言う事は、それはそれで心根が強いと言う事でしょう。まあ、折れないなら、飽きる迄付き合いましょうと。

 ここで新雪が吹き飛び、さっき迄の光景の桜吹雪が戻り、柔和な人間の遊佐が微笑んだ。ふん、豪姫様なら抜群に気があう事だろう。勿論本来の姿は言えないさ。

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