第55話 強く、強かに

 翌日。

 当然ながら、学生である私たちが第一に行うのは、勉強だ。


 最初は授業の速度についていくことができなくて、ひーひー言いながら必死に追いつこうとしていた。でも今は、どことなく余裕を持って構えることができている。

 何というか、別に私の頭が良くなったとか、私が勉強できるようになったとか、そういうわけじゃないんだけど。

 なんだか、物の考え方が変わった――そんな感じだ。


「……」


 今まで、私は授業を聞いていても、中身までちゃんと理解しようとしていなかったんだと思う。

 何事にも、その内側には『本質』がある。私は今まで、それを見ようともせずに、表向きだけを全部覚えようとしていたのだ。そのものに興味を持つことなく、ただ義務的に授業を受けていただけだった。

 王国の歴史なんて学んだところで、今後の人生に活かせることなんてない。大陸の地理を学んだところで、私がそんな場所に行くわけがない。数学の難しい公式を学んだところで、それを実生活で使うことなんてありえない――そんな風に、心のどこかで拒否していたのだ。

 そんな私が今、歴史の授業を真剣に聞いている。


「……」


 どのように王国が成り立ち、どのような歴史を歩んだのか。

 ただそれだけを聞くのではなく、その内側――その歴史上起こった出来事によって、何が変わったのか。それを考えるようになったのだ。

 歴史上、何が起こったことでどこで金貨が使われたのか。その歴史の中で、金貨がどのように動いたのか。その出来事の中で、最も儲けた者は誰なのか。そういう目線で見ると、自然と歴史上の重要人物が見えてくるようになった。

 我ながら、守銭奴すぎる考えではあるけれど。


「……」


 かりかりと、ノートに授業内容を書き込んでいく。

 歴史を学ぶということは、今まで何があったのかを知ること。そして歴史の転換点においては、必ず大きなお金の動きがある。

 だから、私はそれを理解することによって、今後のシノギに活かしていくことができるはずだ。


 私は何も知らなかった。

 今まで、何も知らなかった。

 私がこうして生きている間に、どれだけのお金が動いているのか。

 いや、はっきり言おう。


 この世界は、巧妙な搾取によって成り立っている。

 だから私は、搾取する側に回る。

 そのために、私は知識をつけるのだ。















「っていう感じで授業を聞いてると、最近面白いんだよね」


「ははぁ。リリシュさんも随分と変わったもんですねぇ」


 食堂。

 基本的に、私たちは昼休みが終わるまで、ずっと食堂にいなければならない。できれば次の授業の準備をしたいというのが本音だけど、白薔薇のコサージュにちゃんとした効力を持たせるために、テヤンディはここにいなければならないのだ。

 当然ながら、今日の昼食も美味しかった。


「でも、実際結構勉強になるよ。百年前の大戦の場合だと、国境を隔てて戦ってたノスフィルド公爵家に協力的だった企業が、武器防具の製造で一時的な特需を得てるんだよね。この大戦の切っ掛け自体は……」


「ああ、もういいですリリシュさん。昼間だってのに船を漕いじまう」


「ま、私はそんな感じで、結構最近は授業が楽しいんだよね」


 歴史の授業もその一つだけれど、全部の教科を見る目も変わっている。

 地理の授業では、世界地図を見る。そして、それぞれの国における特色だったり、特産品だったり、地理的な優位性とかを確認していると結構楽しいのだ。ある国では安価に取引されている作物が、別の国だとかなりの高値になるとか。だから、ここに貿易ラインを作ったら面白いんじゃないかとか。

 まぁ、今の私では考えるだけで、何もできないんだけど。実際には、私より頭のいい人が考えてるだろうし。


「いいなぁ、あたし授業苦手だから」


「ユーミルさんは、隠れて手芸してますからねぇ」


「えっ! ばれてた!?」


「先生方には看破されていないと思いますよ。ただ、あたしの席からはしっかり見えるもんでさ」


「うわぁ……気をつけよ」


 ユーミルさんの席は、私の斜め後ろだ。そして、私の二つ後ろがテヤンディの席になる。

 確かに、テヤンディからすればユーミルさんの様子など丸見えだろう。


「んで、今は何を作ってるんですかい?」


「うん。白薔薇のコサージュだよ」


「おや……もう、十分量を納入してもらってると思いますが」


「今は、三百くらいかな。もぉ本当に、最初の五十個、言い値で売らなかったら良かった」


 三百。

 確か以前、ユーミルさんは銀貨八枚で売ってるって言っていた。そして、最初の五十個は銀貨二枚で買われてしまった。つまり、銀貨八枚で売っているのは二百五十個。

 単純計算で、金貨二十一枚。

 え……?

 私まだ、コサージュ管理のシノギで金貨五枚くらいしか稼いでないんだけど。


「しかし、そろそろ過剰在庫ですよ。これ以上納入されても、あたしが買い取れません」


「うん。そろそろかなとは、あたしも思ってたんだよね」


「……でしたら、なんで作ってるんですか。残念ですけど、不良在庫を持つわけにはいきませんよ」


「ふふ……残念だけど、あたしもちゃんと売り込むだけの材料は用意してるんだよ」


 にやり、と悪そうな笑みを浮かべるユーミルさん。

 その表情も、多分テヤンディに影響されてのものだろう。もう、出会ったばかりの弱々しい様子は全く残っていない。

 むしろ完全に、テヤンディを商談相手と思っているような、そんな言い回しだ。


「エイミーさんとこの前、話してたんだけどね」


「……ああ、あのことですか。なるほど、ユーミルさんはそのように動いたってことですね」


「そういうこと」


「一体どういうことですか。あたしにゃさっぱり分からないんですが」


 エイミーさんと、何か悪巧みをしていたらしい。

 でも、そんなにたくさんのコサージュを作ったところで――。


「このコサージュ、白いでしょ?」


「まぁ、あたしの通り名が『白薔薇のテディ』ですからね。白い薔薇のコサージュは、即ちあたしを表すってことです」


「でも、白いってことは汚れやすいってこと。ソースが散ったらどうする? 絵の具がついちゃったらどうする? 汚れたコサージュでも、テディはちゃんと守ってくれるのかな?」


「ほほう……」


 確かに、白いということは汚れやすいということだ。

 まだこのシノギを初めて一月半程度で、そんな問題は出ていない。だけれど、いつか誰かがコサージュを汚す可能性はある。

 そして何より、胸に装着することによってテヤンディの庇護を得ているわけであるから、汚れないように隠すわけにもいかない。つまり、誰かが粗相をして汚す可能性もあるのだ。


「それに正直、このコサージュを上級貴族たちは面白く思っていないんだよね」


「そうですね。まぁ、敵だらけであることは分かっていますよ」


「もしもテディの知らない場所で、コサージュにインクでもかけられたらどうする? 白い薔薇のコサージュじゃなくても大丈夫、ってことにするの?」


「……」


 ぎりっ、とテヤンディが奥歯を噛みしめるのが分かった。

 そう、ユーミルさんの狙いは――。


「テディが買い取ってくれないのなら、それでもいいよ。あたしは、あたしで販路を作るから」


「……なるほど」


「汚れたコサージュは、あたしの所に持ってきてくれたら、銀貨十枚で交換します――そういうシノギも、アリだと思わない?」


「……はぁ、こいつはやられましたね。まさか、製造元が直接販売に乗り出すとは」


「ふふ……それで、テディ。どうしようか?」


 ユーミルさんの、有無を言わせぬ勧告。

 白薔薇のコサージュから始まったシノギ――それが膨れ上がり、今に至って。


「今後とも、白薔薇のコサージュは銀貨八枚で買い取らせていただきます」


「うん、ありがとう」


 随分と強かになったユーミルさんを見て。

 私も、もっと頑張らないと――そう、思った。

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