第54話 今後のシノギ
「ま、結局のところ、ゼニと力と地位の全部を持ってる連中ってのが一番強ぇんですよ」
『連獅子組』の事務所を出てから、裏路地を抜けてようやく表通りまでやってきた私たち。
テヤンディは、嬉しそうな笑みを浮かべながら私に対してそう言った。
「お金と力と地位……?」
「ええ。金だけあっても、力がなけりゃ奪われます。力があっても、地位の前では無力です。地位があっても、金がなけりゃ面子を保てない。つまり、どれが欠けてもゼニってのは稼げないんですね」
「……」
よく分からない。
結局、お金と力と地位がある人なら、既にお金持ちということだ。お金持ちである上に地位まで持っていて、何故そこまで求めるのだろう。
一生かかっても使い切ることができないお金を持っている人は、何を理由にしてそのお金を持っているのだろう――そんな疑問が、私の脳裏を過った。
「その点、サウスグランド家はよくやったと思いますよ。四大公爵家の一つという揺るがない地位、王都全域にまで根を張った暴力、潤沢な資金――そりゃあ、王国の財政の二割を担っているっていうのも頷ける話でさ」
「……その、疑問なんだけど」
「はい? どうしましたリリシュさん」
『連獅子組』のギルバート組長――当代サウスグランド公爵家当主、ギルバート・サウスグランド公爵。
当然ながら下級貴族でしかない私が会ったことなどあるわけがないけれど、ああいう人物だとは思わなかったというのが本音である。それに加えて、まるで小さな事務所の一つのような場所に、閣下と呼ばれるべきである存在がいるなんて。
下手をすれば、刺客に狙われる立地だ。
「どうして……テディは、ギルバート組長が、あそこにいるって……」
「ああ、あたしはギルバート組長の名刺を持ってますからね。その名刺の通りの場所に行っただけですよ」
「め、名刺……?」
「毎年、『極道会』の新年会には出席してくれますからね。そのときに、あたしも名刺をいただいただけのことです」
「……」
公爵閣下の名刺。
それも、王都で絶対的な権力を持つ相手と。
テヤンディの引き出しの中には、他に何があるのだろう。きっと混沌としているだろうな、と予想だけはついた。
「あたしの祖父……トラジロー・ゴクドーが、ギルバート組長の祖父と義兄弟だったんですよ」
「えっ……!」
「ちなみに『連獅子組』も、本当は『極道会連獅子組』って名前です。うちの下部組織の一つですからね。ああ、『極道組』ってのは『極道会極道組』の略です。今は、うちのオヤジが会長を務めてます」
「じゃ、じゃあ……サウスグランド家がゴクドー家の部下ってこと!?」
「そうですよ。あたしも子供の頃、ギルバート組長にはよく可愛がってもらいました」
もうなんか、人間関係がびっくり箱だ。
じゃあ、いつかはテヤンディが、その組織の跡を継ぐ……?
「ですが、今は取引相手ですよ。あたしは『白薔薇組』の長で、『極道会』とは何の関係もありません。せいぜい、下手こいたらケツ拭いてくれるかもしれねぇ、くらいの関係でしかないと思ってください」
「……ごめん、なんか、ちょっと混乱してる」
「それで、その……ギルバート組長とは、一体どういう取引を交わしたんだ?」
そう、口を挟んでくるベアトリーチェさん。
標的が学院長だということは分かった。だけれど、具体的な話は何もしていない。
例えばこれが、学院長を殺すとか殺さないとかそういう話になるのであれば、何をするのか想像がつく。だけれど、あくまでテヤンディは学院長が不正をしていることをギルバート組長に伝えただけなのだ。
これで六四とか、なんか本当に意味が分からない。
「ああ、あたしはただ、ネタを提供しただけですよ」
「それは、一体……?」
「ここを脅せばふんだくれる、ってぇ情報を教えただけのことです。誰がどのくらい貯め込んでいて、どういった不正をしているのか。そこから、いくらくらい引っ張ってくることができるのか、そんな絵図を描いただけのことです。まぁ、ギルバート組長はあたしらも利用する気でしょうから、学院内での何かしらの情報収集を任されるかもしれません」
「……」
あ、そういうことだったのか。
隣のベアトリーチェさんはまだ渋い顔をしているけれど、私はどうにか理解できた。
テヤンディの最初の呟きは、そういうことだったんだ。
「じゃあ、テディ……学院長への脅し――ハイ出しを、『連獅子組』に任せるってこと?」
「そういうことです。あたしらは若造ですし、組といっても五人だけの小規模な集団です。比べて、『連獅子組』は構成員一万人を越える大所帯ですからね。加えて、調査に使う潤沢なゼニも持っていて、四大公爵家の一つという対等の立場もあります。まさに、ゼニと力と地位を全部持っているんですよ」
全てが揃わなければ、意味がない。しかし、全てが揃えば最強。そして、その全てが揃った相手が協力者として存在してくれている。
ならば、その
間違いなく、勝ちだ。
「でも、それだとテヤンディの実家だって……」
「実家の力は、あたしの力じゃありません。あたしはただ、公女なんて呼ばれているだけの放蕩娘ですからね」
「でも……」
「ですから、あたしは全てを手に入れるんですよ」
にやり、とテヤンディが私たちに向けて、シニカルな笑みを浮かべた。
「ゼニは稼ぐ。人は集める。地位は手に入れる。あたしはこの国で、立派に独立してみせます。今はまだ末端の末端ですが、いつかは『極道会』にも及ぶ組織を牛耳ってみせます」
「……」
テヤンディが静かに、その理想を語る。
今はたったの五人しかいない『白薔薇組』。だというのに、テヤンディの眼差しは本気だ。
「三割五分取れりゃ上等と思ってたところを、四割ですからね。でけぇシノギになりますよ。リリシュさん、ベアトリーチェさん、手伝ってもらいますからね」
「うん」
「……ああ」
テヤンディの言葉に、私とベアトリーチェさんは頷く。
今はまだ、夢物語に過ぎないけれど、私は確信していた。
テヤンディは必ず、その夢を叶えるだろう。
そして、その夢が叶ったそのとき。
私の手にも、きっとたくさんの金貨がある――。
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