第56話 嫉妬
「ふー……」
授業を終えて寮に戻った後、私は一人、寝台に横になっていた。
ちなみに、まだ日は高いし、夕刻に鳴る六つの鐘もまだ鳴っていない。だから、今は授業を終えて、夕食に至るまでの間隙の時間だ。大体皆、このあたりの時間で課題とかをやっているらしいんだけど。
私にも、やらなきゃいけない課題はある。でも、なんだかやる気が出ないのだ。
それは先日、強かにテヤンディと取引を結んだユーミルさんを見たから。
私は私で、私なりのシノギができる方法を考えなきゃいけないと、そう思ってしまったのだ。
「……」
私の今のシノギは、テヤンディが預けている白薔薇のコサージュ――その貸し出し料金の回収を行うことだ。
勿論それは、現在進行形で行っている。常に持っているメモ帳には、誰からいつ徴収するのかも全部書いている。一日でも料金の滞納を行った場合、遅延損害金として別に徴収もしているのだ。勿論、それは私の懐に入っている。
現状、一月で銀貨十二枚の貸出料のうち、八枚をテヤンディに渡している。つまり、一人頭銀貨四枚が私の月収になるのだ。そして現在、私が管理しているコサージュは四十五人分――銀貨にして百八十枚であり、金貨二枚にも届くほどだ。
だけれど、この程度じゃ足りない。
もっともっと、私の手元に金貨を集める方法――それを、考えなければならない。
そもそも私のシノギは、テヤンディあってのものだ。
テヤンディのシノギの、その一部を貰い受けているだけに過ぎない。つまり、何かの気紛れでテヤンディがこのシノギを辞めれば、私も同じくシノギを失うのである。勿論、それは白薔薇のコサージュを納品しているユーミルさんも同じだけれど。
だから私は、私だけで完結する――そんなシノギを考えているんだけど。
これが、どんなに考えても浮かんでこない。
「……」
そういえば、エイミーさんって何をしているんだろう。
テヤンディが何かを調べるとき、大抵エイミーさんに頼んでいる気がするけれど、それはエイミーさんにしか出来ないことなのだろうか。もしかすると、彼女は彼女で別のシノギをしているのかもしれない。
いや。
エイミーさんは伯爵家の令嬢だ。
そして伯爵家の出自である以上、少なからずお金は持っている。私やユーミルさんのように、この学院で稼ぐ必要などないだろう。だからベアトリーチェさんも、別にシノギをしているわけじゃないし。
実家から、それだけ大量のお小遣いが送られてくるんだと、そう思う。
どうして同じ貴族家なのに、違うんだろうな。
「はぁ……」
もうすぐ、六つの鐘が鳴るだろう。
そうなれば、夕食の時間だ。一番に食堂に集まり、一番最後まで食堂にいなければならない。そうでなければ、白薔薇のコサージュをつけていることでテヤンディの庇護を受ける――それが不可能になってしまうからだ。何せ、そこに本人がいなければならないのだから。
だから私も、その付き合いで長く食堂にいることになるんだけど。
「……」
この悩みは、話せない。
私は私でシノギをやりたい。だからどんなシノギがいいか教えて――そんな質問、できるわけがないのだ。
いいシノギがあれば、自分がやってるに決まってる。簡単で誰も損しないお金が稼げる話がありますよー、なんて近付いてくる奴なんて、詐欺師でしかないだろう。本当に簡単にお金が稼げる話なら、私だったら誰にも教えない。
私にはテヤンディの持つ身分や、ベアトリーチェさんの持つ肉体や膂力、ユーミルさんの持つ手芸の腕――そんな、特別な能力はない。だから私は、テヤンディが面倒じゃないかという名目で、キリトリのシノギを始めたのだ。
そんな私が考えなければならないこと――それは、私のように何の能力も持たない人間であっても、稼ぐことのできるシノギ。
どうしよう。
何も思いつかない。
「ふー。今日もいいシノギができましたねぇ」
「あ……」
「ああ、リリシュさんはもうお戻りでしたか。おや。何かあったんですかい? そんな風に不貞寝してんのなんて、随分と珍しいじゃないですか」
「テディ……」
嬉しそうに、鼻歌交じりで部屋に戻ってきたテヤンディ。
どうやら授業が終わった後、何やらシノギをしてきたらしい。私はこんなにもずっと、自分のできるシノギについて考えているのに。
一体どうすれば、テヤンディみたいに次々とシノギを思いつくことができるんだろう。
「何かお悩みで?」
「……ううん。ちょっと、眠くて」
「リリシュさん。あたしに嘘吐いて、いいことなんて何もありませんよ。まぁ、眠いのは本当なんでしょうね。目の下にでっけぇ隈がありますよ」
「……」
確かに私、最近眠れていない。
ユーミルさんが強かに取引を結んだ日から暫く、寝付きが物凄く悪い。寝台に入るたびに色々と考えてしまうからだ。まるで、ユーミルさんが私より上に行ってしまったみたいに思えて。
この感情は、多分嫉妬なんだと思う。
同じ子爵家の出身で、なのに私より稼いでいる――その事実に対しての。
「ねぇ、テディ」
「ええ」
「私に……できるシノギって何だろう」
「はい? 今リリシュさん、あたしのキリトリを任せてるじゃないですか」
「うん、そうなんだけど……」
でも、本当にこれでいいのだろうか。
私の稼ぎは、僅かに月金貨二枚弱。いや、普通に考えれば凄く多いんだけど。庶民の月収くらいは稼いでるはずだし。
でも、もっと。私はもっと欲しい。
こんな風に欲深になってしまったのは、きっとテヤンディのせいだ。
「なるほど。今の稼ぎじゃ満足できねぇ、と」
「……」
「ま、実際今は、リリシュさんよりユーミルさんの方が稼いでますからね」
「……うん。そう」
「同じ境遇の人間が、自分より稼ぐ――そりゃ、嫉妬もしちゃいますよねぇ」
「……」
テヤンディには、全部お見通しらしい。
私は多分、焦っているのだ。自分には何の能力もないから。何の能力がなくてもシノギを行える――そんな、自信が欲しいのだと思う。
「大丈夫ですよ、リリシュさん」
「大丈夫って、何が……」
「もうそろそろ、白薔薇のコサージュが浸透してきた頃合いでさ。もう、次の段階に向かってもいいかなと思ってるんですよ」
「……それって」
白薔薇のコサージュシノギ――その次の段階。
それは、以前に話していたことでもある。コサージュが子爵家の娘たちに浸透すれば、今度は伯爵家の娘が最低家格になってしまう。だから次の段階で、伯爵家の娘を相手にコサージュを営業する、と。
「ま、今のところはなまじっかなことしか言えませんが、リリシュさん……今後、管理するコサージュの数は、増えますよ」
子爵家の娘は、合計四十五人。
しかし伯爵家の娘は、三学年全部を合わせれば、多分二百人は超える。
その全てに、コサージュの貸与を行うことができれば。
純粋に、今の稼ぎの五倍。
いや、伯爵家を相手にするわけだから、子爵家に対する二倍の値段でも――。
「あたしに供出する銀貨は、一つ八枚で結構。値付けは、リリシュさんに任せます」
「……」
何それ素敵。
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