第33話 授業

 特に何のトラブルなどもなく朝食を終えて、私とエイミーさん、ベアトリーチェさんにユーミルさんは四人揃って教室へ向かうことにした。

 テヤンディは言葉通り、朝食を終えたら足早に食堂を後にして、そのまま戻ってこなかった。一体何をしているのかは、私には分からない。まぁ、多分ろくでもないことをしているんだと思う。

 さて。

 昨日は説明だけだったけれど、今日から授業が始まる。それにわくわくしながら、昨夜は与えられた『入学規範』の中に掲載されていた、授業の時間割の通りに教科書を準備していた。


 学院の授業は、基本的に一日五限である。

 午前に四限、午後に一限の授業が用意されている。基本的には『言語』『歴史』『数学』『地理』『体育』などの基礎的な授業と、『基礎魔術理論』『基礎魔石理論』などといった学院で固有の授業もある。このあたりの授業の成績が良ければ、将来的には公的な魔術機関で働くこともできるのだとか。

 もっとも、私はそのあたりの授業に関しては、ほとんど諦めてるけど。

 よいしょ、と私はひとまず自分の席に腰を下ろす。


「ええと、一限目は……」


『入学規範』を開いて、改めて今日の時間割を見てみる。

 週五日の授業、一日目の一限目――最初は、『言語』の授業からだ。入学前にある程度父さんから聞いてはいたけれど、この『言語』の授業もなかなか難しい。

 というのも、一年生のときには基本的に公用語だけを学ぶのだけれど、二年生になると近隣の外国語も含めた授業になるらしい。つまり、公用語を完全にマスターするのに与えられた時間は一年ということだ。

 授業内容を聞き漏らすことなく、頑張ろう。

 ざわざわと、周りは騒がしい声が響いている。どうやら、既にクラスでは幾つかのグループができているらしく、数人程度の集まりがクラスの随所にあった。多分だけど、同じような家格の人物たちが集まっているのだろう。


「はーい、全員席につけー!」


 がらっ、と扉を開いて入ってきた教師の言葉に、私は改めて心を落ち着かせて。

 それから、周囲の生徒たちが席に座り。

 いつの間にかやってきていたテヤンディも、不敵な笑みを浮かべながら席について。


 初めての授業が、始まった。












「ふひぃ……」


「どうしました、リリシュさん」


 放課後。

 五限を終えて、五つの鐘が鳴り響き、今日の授業を終えた。一限目『言語』、二限目『数学』、三限目『化学』、四限目『地理』、五限目『歴史』――全部が全部、違う授業だ。その全部を必死に聞き、一生懸命鉛筆でノートに記し、私の頭はもうパンク寸前である。

 私も一応、地元では学校に通っていた。平民も貴族も何もない田舎の学校ではあったけど、それでも一応通っていたのだ。授業もちゃんと真面目に聞いていたのだ。

 だけれど、内容のレベルが違う。本気で違う。

 地元の学校で、五回の授業で教えることを一回でまとめている――そんなレベルだ。どれだけ恐ろしい学校なのか、改めて分かった。

 ユーミルさんも同じく、頭が痛そうな様子だ。

 でも、テヤンディとエイミーさんは涼しい顔をしているし、ベアトリーチェさんは感情が読みにくいためよく分からない。苦しんでいるのは、どうやら私たちだけらしい。


「勉強、頑張ろうって思ってたけど……こんなにレベルが高いんだね……」


「うぅ……私、もう心が折れそうです……」


「ふむ。初日だから、それほど難しくはなかったが……」


「ほとんど家庭教師から学んだことの繰り返しでしたわ。それほど苦しむことがありました?」


「何そのナチュラルな嫌味」


 エイミーさんの言葉に、思わずジト目でそう返す。

 私たちの学んできたことは、一体何だったんだろう。本気でそう思ってしまうくらい、レベルの違う学びだった。

 今後、私も授業を続けて学ぶことで、私も慣れるのだろうか。

 そんな私の肩を、テヤンディがぽん、と叩いた。


「リリシュさん」


「テディ……?」


「問題ありやせん。勉強がその人間の価値ってわけじゃありませんからね」


「でも、私、全然ついていけない……」


「大丈夫ですよ」


 にこり、と微笑んでくれるテヤンディ。

 テヤンディはやっぱり公女様だから、与えられた教師も一流なのだろう。だからきっと、この学院の授業なんて簡単――。


「あたしは、さっぱり分かりませんでした」


「…………え?」


「一限目を終えたくらいで、『あー、これ、違うなー』くらいには思ったんですがね。ええ。とりあえず、あたしは授業については諦めようかと」


「公女様がそれでいいの!?」


「別に、勉強ができるからシノギができるってわけでもありませんからね。あたしの頭は、別の方向に使わせてもらうことにしますよ」


 それでいいのだろうか。なんかゴクドー公国ってフリーダムな印象があるから、それでいいのかもしれない。ゴクドー公国いいなぁ。

 そんな風に言い切るテヤンディに、さすがにエイミーさんも微笑みが引きつっていた。


「……テディ、分からないことがあるのなら、教えますが」


「いいえ、必要ありません。今日気がつきましたよ。あたしにとって、授業の時間ってぇのは睡眠時間です」


「……寝てたんですか?」


「実に寝付きの良い子守歌でしたね」


 寝てたらしい。

 まぁ確かに私も、何度か眠くはなったけど。それでも、本当に公女様がそれでいいのだろうか。

 そして、テヤンディがシニカルに笑みを浮かべた。


「たっぷり寝たもんで、頭は冴え渡っていますよ。朝には、ちょいと悪巧みもしておきましたんでね」


「あ、それ聞きたかった。朝何してたの?」


「そいつは仕上げをご覧じろ、ってね。七日のうちには、結果が出ますよ」


 くくっ、とテヤンディが怖い笑みを浮かべて。

 それから、くるりとユーミルさんの方を見た。


「ユーミルさん、白薔薇のコサージュは上手くいってますかい?」


「あ、うん。昨日、三つは作ったよ」


「こっちからは、何も出せませんで申し訳ないですね……手伝えることがありゃ、何でもリリシュさんに言ってくだせぇ」


「私なんだ」


「あたし、手先は不器用でさ」


 肩をすくめるテヤンディ。

 まぁ、今のところやることも特にないし、コサージュ作りのような手芸をしている方が気が紛れるのかもしれない。

 本音を言うなら、部屋に戻って授業の内容を復習しておきたいんだけど。


「んじゃ、今日のところは解散としましょう。各々、手前でできるシノギを考えてくださりゃ助かります」


「ええ」


「うん」


「分かった」


 学院生活二日目。

 特に何のトラブルもなく、でもテヤンディは何かをしているらしく。


 なんだか、静かな嵐の予感がした。

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