第32話 二日目の朝
「ふぁ……」
翌朝。
一つの鐘が鳴ると共に、私は寝台から体を起こした。
昨夜は結局、私もテヤンディも早めに寝ることにした。本当なら八つの鐘が鳴ってから眠るんだけど、シャワーを浴びてすぐに寝入ってしまった。
そのせいか、体が軽い。いつもより長く眠ったからだろうか。
「テディ、起きて。朝だよ」
「うぅん……」
そしてやっぱり、一つの鐘で起きる私たちと違って、テヤンディは眠そうに体をよじらせる。
私は生まれてこの方、ずっと一つの鐘で起きる生活をしてきたから慣れたものだけど、そういう習慣のなかったテヤンディは慣れないようだ。公国では好きな時間に起きてた、とか言ってたし。
でも、今日からはちゃんと授業が始まるのだ。昨日の夜、木箱の中から必要な教科書などは出しておいたし、準備もちゃんとしてある。あとは軽く、朝の身だしなみを整えれば大丈夫だろう。
「あぁ……眠いですねぇ」
「おはよう」
「おはようさんです、リリシュさん」
ふぁあ、と大きく口を開けて欠伸をしながら、テヤンディが起き上がる。
眠そうな様子ではあるけれど、覚醒はしている。もっとも、口元を歪めて欠伸をしながら、服の中に手を入れてぼりぼり掻いているのは淑女としてどうなんだろう。
私、テヤンディのマナー指導もしなきゃいけないのかな。ゴクドー公国って、そういうのあんまりうるさそうじゃないし。
「いや、昨夜はなかなか寝付けなかったんですよ」
「そうなの?」
「リリシュさんは、すぐに眠れて羨ましい限りでさ。あたしはまだ、八つの鐘が鳴る頃なんて宵の口と思ってますからね」
「……そうなんだ?」
昔は、たくさん夜更かししていたってことでいいのかな。
でも、郷に入れば郷に従え。この国で生活する以上、鐘の音に合わせた体になってもらうしかない。
そして私に向けて、テヤンディはにやりと口角を歪めた。
「ま、考え事をしてたってのが一番ですがね。上手くいきゃ、良いシノギになるでしょう。ちょいと、その辺も調査してもらわなきゃいけませんがね」
「うん。とりあえずごはん食べに行こうか」
「やはり、裏で手を引く人物の存在はあると思うんですよ。その上で、裏から手を回そうと思えば少なくとも、寮母とは繋がりがあるでしょうね。寮母という管理人が存在する以上、その頭越しに不正を企むってのはなかなか厳しいもんでさ」
「はいはい。テヤンディ、寝間着脱いで。はい、袖抜いて」
「ここで考えられることは、二つですね。寮母を従えるだけの権力を持っているか、それとも寮母自身がこいつを企んでいるか。あたしとしちゃ、後者の方が楽だからそうであってほしいですけどね」
「はい、制服ね」
テヤンディが何か言ってるけど、華麗に無視して着替えさせる。
普段はそういう様子がないけれど、やっぱりテヤンディも上級貴族の令嬢だ。私が着替えを手伝うと、特に戸惑う様子もなく着付けられていた。以前はこんな風に、側仕えが着替えも手伝っていたんだと思う。
どうしよう。昨夜のシャワーは一人で入らせたけど、今後は私が一緒に入って手伝った方がいいのだろうか。
「しかし前者だった場合、面倒なことになりますね。寮母ってぇのが寮の管理人である以上、それを超える権力者ってのはそうそういません。それこそ、学院内でも数える程度でしょうね。そんな相手にゴロをふっかけるってのは、現時点では得策じゃありません」
「もうすぐ二つの鐘が鳴るよ。急がないと席がなくなるかも」
「……リリシュさん、話聞いてます?」
「大丈夫、ちゃんと聞いてるよ。今日の朝ごはんのメインは厚切りベーコンのソテー」
「全く聞いてねぇこた分かりました」
うん、実際のところ全然聞いてない。
というか今更ではあるけど、私こんなにも公女様をぞんざいに扱っていいのだろうか。まぁ、別にテヤンディは爵位を誇示してくることもないんだけど。
駄目ならまぁ、そのときに考えよう。
「ちょいと、リリシュさんに聞かせてもらいてぇんですが」
「何?」
「昨夜会った、寮母……ジャネットさんでしたか。あの人、どう思いました?」
「……」
扉を出て、廊下をテヤンディと共に歩く。
まだ二つの鐘が鳴ってないからか、周りに人影はない。この国に生きる以上、鐘に従うのが当然だ。二つの鐘が鳴ったら食堂に行く、という人が多いのだろう。
だから、多少言いにくいことでも、周りに人がいなければ言えるものだ。
「うーん……正直、良い印象はないよね」
「ほう」
「向こうは隠してたつもりだろうけど、私を見てから、ちらっとだけ倉庫を見たの。どうして子爵家の娘がここにいるんだろう、って」
「なるほど」
注視していなければ、気付かなかったかもしれないくらいに、ちらっとだけだ。
だけれど、本来は学院長に従うべき存在の寮母が、そんな学院長の考えに逆らうような倉庫の食事――それを黙認していることが、衝撃だった。
学院長が初日に語った、理想――そんな想いに、誰も従っていないという事実なのだから。
「少なくとも、寮母は向こうさん側ってことですかい。こいつは楽でいいですね」
「どういうこと?」
「いいえ。ちょいと悪巧みをしようってだけです。幸い、あたしには利用できる爵位と王族がいるもんでさ」
「……?」
「ちょいと、朝メシが終わったら抜けさせてもらいますよ。授業が始まるまでには戻りますんで」
「うん、分かった」
何かろくでもないことを考えているんだと思う。
でも、何を考えているのか私には分からない。
まぁ、うん。
テヤンディが何をするのか、私は横から眺めさせてもらうことにしよう。
「お」
そして、ようやく食堂に到着して。
そこに揃った三人が、テヤンディの姿を見ると共に立ち上がった。
「おはよう、テディ、リリシュ!」
「良い朝だな、テヤンディ嬢、リリシュ嬢」
「おはようございます、テディ、それにリリシュさん」
そのテーブルを囲んでいたのは、ユーミルさん、ベアトリーチェさん、エイミーさん。
そんな三人に、私たちも近付いて。
「おはよう、みんな」
「おはようございます、皆さん。早ぇですね」
私たちの、学院二日目。
そんな朝は、友人と共に迎える朝食から始まった――。
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