第14話 学院案内
「え……婚約者、なの?」
「声を小さくお願いしますよ。こいつぁ、一応まだ秘密にしてることですんでね」
「あ……ご、ごめん!」
周りのご令嬢方は、ジェラルド王子が出ていった先を見つめながらぽーっとしている。なんとなく、空気中に花でも見えそうな雰囲気だ。
それに加えて、テヤンディの言葉はどうにか私にだけ聞き取れる程度の小ささだった。というか私みたいな人間が、そんな秘密のことを聞いちゃってもいいのだろうか。
いいのかな、弟分だし。
「それより、さっさとメシを食っちゃいましょうか。そろそろ、あたしも腹が減っちまいましたよ」
「う、うん、そうだね」
「それで、朝食が終わったら講堂に集合、でしたかね。初日は」
「うん」
「んでもって、この国の王子様が席なんざ気にしねぇってんだ! あたしらみてぇな木っ端が気にしたところで仕方ないですねぇ! 適当な席に座りましょうか!」
「うん! そうだね!」
半ば自棄になりながら、私はテヤンディの言葉に頷く。
先程、王子自ら「俺は席など気にしたことがない」と告げられたからか、私がここにいることを糾弾してきたご令嬢は、ばつが悪そうに離れていった。そして、私たちが一階席の適当なテーブルを陣取っても、それ以上何かを言ってくる相手はいなかった。
朝食は期待通りに美味しかった。ネッツロース王立学院、やっぱり違うわ。
朝食を終えてから、私はテヤンディと共に学院――その講堂へと向かっていた。
一応最初は、簡単な学院の案内とかがあるらしい。その後、各自それぞれのクラスに向かうのだとか。
友達できるといいなぁと思いながらも、テヤンディと同室である限りはできそうにないなぁ、と諦観が過る。別にテヤンディが悪いわけじゃないんだけど、同じ程度の身分の友達とかだと、テヤンディに萎縮しちゃうし。かと言って、上の身分の人だと、友達になれってくれる気が全くしない。テヤンディ曰く「生まれた腹が違うだけ」のことを、自分の力のように誇示するご令嬢は多いのだ。
「はいはい、一年生はここに並んでくださーい」
「前の紙に、クラス分けが書いていますからねー。それに従って並んでくださーい」
恐らく、案内をしているのは上級生なのだろう。何をすればいいか分からない新入生へと、そう声をかけながら案内してくれている。
私もテヤンディと並んで、前に書かれた紙――そのクラス分けを見る。
「ふむ……こいつは良かった。リリシュさんもあたしも、同じC組ですね」
「あ、そうなんだ? うんと……あ、ほんとだ」
クラス分けの紙は、A組からD組まで分かれている。そのうち、C組の名簿が書かれた紙に、『リリシュ・メイウェザー』『テヤンディ・ゴクドー』の二つの名前が並んでいた。
偶然なのか、ルームメイトは同じクラスにするのが慣習であるのかは分からないけれど、良かった。
上級生が指揮している、C組の列へと並ぶ。私たちを含めて、C組の人数は三十人といったところだろうか。男子女子混成である。
「三十、三十一……よし、全員揃ってるな!」
上級生が、C組の人数を数えてからそう言う。
どうやら、クラス全員で三十一人らしい。
元気よく声を上げる上級生が、にかっ、と私たちに向けて笑みを浮かべた。
「俺は三年C組のジューク・ベルナンドだ! 今日は、お前たちに学院を案内する。まず、ここが講堂だ! 全体朝礼だったり、学院長からの話があるときには、ここを利用する。それじゃ全員、列になってついてこーい!」
「はーい」
上級生――ジュークの言葉に従って、一列になってその後ろをついていく。
改めて、私はこれからネッツロース王立学院に通うんだなぁ、って実感してきた。
「えー、ここが西玄関だ。今日は寮から直接講堂まで来たけれど、本来はこの西玄関から学院に入る。一階は三年生、二階は二年生、三階は一年生の教室だ。きみたちの場合は、三階にある一年C組の教室になる」
西玄関――そこにある、学院の簡単な見取り図を見ながら、ジュークさんがそう説明をしてくれる。
クラスメイトの、多分やる気があるのだろう人物はメモを取ったりしている。私も、メモ帳を持ってくるべきだっただろうか。
まぁ、学院内のことくらいは、分かるよね。習うより慣れろ、って言うし。
「あとは、授業に応じて特別教室に行くこともあるが、そっちは別棟だ。西玄関から入った先が教室、西玄関から真っ直ぐ向かった先にある渡り廊下を抜けたら、別棟だ」
ふむふむ、と私も見取り図を見ながら頷く。
別棟は『化学実験室』や『調理室』など、色々な施設がある。『簡易戦闘施設』や『魔石研究室』などがあるのは、やはり簡単な戦闘技術や魔術についての講義があるからだろう。さすがはネッツロース王立学院だ。
テヤンディは、戦闘技術の授業とかなんか凄そう。いや、イメージだけど。
「まぁ、今日のところはまず教室に案内しよう。全員、階段を上れー」
「はーい」
ジュークさんの後ろをついて歩きながら、階段を上っていく。
どきどきと、心臓が跳ねる。私はこれから、三年間ここで学ぶのだ。
本来の目的は、将来の就職先探しだったんだけど。それでも、新しい場所で勉強をやっていくというのは、胸が弾むものだ。
そんな風に、気分良く階段を上っていた、その矢先で。
「ふん」
私の足に。
何かがぶつかって。
それと共に。
階段から足が、離れた。
「え……」
ぞわっ、と背筋を走る寒気。
階段から足が離れたということは、つまり落ちる。私の体は、決して重力に逆らうことができないのだから。
良くて怪我。最悪――死ぬ。
「リリシュさんっ!!」
「あ……」
テヤンディが、私に向けて手を伸ばす。
その手を、必死に掴もうとして。
だけれど。
届かず、私の体は、階段の下へと落ちてゆく。
ただ、その視線の先で。
「うふふ……」
落ちる私を、まるで蔑むように見下す。
誰かの嘲笑が、見えた。
「い、やぁぁぁぁぁぁぁっ!」
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