第10話 テヤンディのブラフ

「育ちのいいご令嬢じゃあ、あたしのブラフは見抜けませんよ。手札にブタを持ちながら、オイチョ張ってる奴を参らせたあたしの敵じゃありません」


「……あの、テディ?」


「どうしましたか、リリシュさん」


「その……ブラフって、何?」


 物凄く自信満々に言ってくるけれど、その意味がさっぱり分からない。

 まぁ、分からない言葉は今までもいっぱい出てきたんだけど。カタギとかシノギとかマッポとかジンギとか。いちいち説明を求めはしなかったんだけど、今回ばかりはさすがに気になる。

 まるで、テヤンディの言い方は――。


「ああ、王国じゃ通じませんか。ブラフってのはまぁ、ハッタリですよ。こっちがまるで、強ぇ手札を持っているかのように振る舞って、相手を降参させる一つの方法ですね」


「……ハッタリ、ってことは、嘘ってこと?」


「まぁ、そんなもんです。嘘って言い方はあんまり好きじゃないですがね」


「どこから、嘘、なの……?」


 テヤンディの言葉に、目を見開くことしかできない。

 私は、完全にテヤンディの言葉を信じてしまっていた。公国が水の魔石を量産している――それを、完全に事実だと思っていたのだ。

 私のせいで、公国の大事な秘密を暴かなければならなかったとばかり――。


「そもそも、ゴクドー家の初代当主はあたしのご先祖ですよ。あたしのご先祖に、そんな学者さんなんざおりません。そんなご先祖がいりゃあ、あたしのおつむの出来ももうちょい良かったんでしょうね」


「じゃあ、ご先祖が作ったっていうのは……嘘だってこと?」


「ええ。ゴクドー家は昔から、仲買と中抜きを主にやってきた家でしてね。後ろ盾になるしか取り柄がない家ですよ。水の魔石は、あたしの家が持っている生産ルートで作っているってだけでさ。ゴクドー家の誰の頭ん中を割って見たところで、水の魔石の作り方なんざ出てきませんよ」


「そ、そう、だったんだ……」


 あんなにも堂々と、自分たちが作っていると言っていたのに。

 いや、むしろ、あんなにも堂々とした態度で言っていたからこそ、私も信じてしまったのだろう。そして、それだけの迫力を持っていたからこそ、生徒会長や他のご令嬢たちも信じてしまったのだ。

 まるで全部、テヤンディの掌の上で転がされていたような気持ちになる。


「ですんで、あたしがオヤジに泣きついたところで、王国に納品される水の魔石の量は変わりませんよ。うちも商売ですからね。シノギに口を出すことは許されません」


「じゃあ、完全にあれ、嘘だったんだ……」


「なぁに、簡単なことですよ。それっぽいことを堂々と言えば、それだけで人は信じますから。特に、育ちのいいご令嬢ならね」


「……」


 テヤンディは当然のように言うけれど、その境地に達するのは一般人には難しいだろう。

 あの状況で、自分の持つ手札を最上級のものに口先だけで変えるその手管は、まるで一流の詐欺師のようだ。

 一瞬でそこまで導いて、堂々とした態度を崩すことなく生徒会長を騙してみせた――本人はそれほど頭が良くないと自虐しているが、私にしてみれば神がかっていると思える。


「実際、『公国が水の魔石を作っている』って噂も流れちゃあいますからね。今更、郷里くにに忍び込む怪しい輩が一人や二人増えたからって、別に困りゃしませんよ」


「それは困るんじゃないのかな……?」


「あたしは困りません」


 びしっ、とそう断ずるテヤンディ。

 いや、それは普通に、国元の人は困るだろう。でも、今までも怪しい輩が忍び込もうとしていた実績があるのなら、ちょっぴり増えたところで関係ないのだろうか。

 なんだか、よく分からなくなってきた。


「それより、あたしは一つ、リリシュさんに提案がありましてね」


「提案?」


「ええ。今回の件については、学院長オヤジが『生徒は皆平等』って言葉を謳っていながら、生徒会長が身分による差を強要してきたことが問題なんですよ」


「うん」


 それは、私にも分かる。

 テヤンディが主に怒っていたのは、そこだ。テヤンディにとって学院長とはこの学院で一番偉い人物であり、彼女曰く、法だ。その法に触れるような言葉を堂々と宣っていたことが、彼女の逆鱗に触れたのだろう。

 だけれど、テヤンディの怒りと共に、生徒会長の言葉もまた理解はできるのだ。

 いくら学院では皆平等だと謳っているといえ、今までの人生で享受してきた特権を、逃す者などいないだろう。特にそれが、自尊心の高いご令嬢となると。

 だから、その結果としての身分による席の違い――。


「ですが、郷に入っては郷に従え、って言葉もあります」


「じゃあ……」


「非常に業腹ではありますが、生徒会長の言うところの身分による席の違い――こいつに、一応は従いますよ。これ以上、あたしが下手に茶々を入れて、リリシュさんまで危険に晒すのは本意じゃありませんから」


「そ、そっか……良かった」


 ほっと、胸を撫で下ろす。

 私も、これ以上心臓が悪くなることは言われたくない。テヤンディの暴走のせいで、実家の爵位が失われる危機にあったのだから。

 だから、テヤンディがおとなしくしてくれるのなら、それが一番だ。


「ですが、あたしはリリシュさんとも暖簾を分けたくはねぇ」


「……へ?」


「まぁ分かりやすく言うなら、あたしは公国の田舎モンでさ。リリシュさん以外に女子寮には知り合いがいないわけですよ。そんなあたしが、二階の席とやらで食事をするんですよ。その結果は火を見るより明らかでしょう。ぼっちでさ」


「……」


 まぁ、うん。確かにそうかもしれない。

 そもそも生徒会長と諍いを起こしたわけだし、あまりお近づきになろうとする生徒は少ない気がする。私はもう、ルームメイトだし諦めてるけど。

 そうなると、私は別の部屋――倉庫で食事になるわけだから、テヤンディとは食事をする場所自体が違うことになる。

 その結果、テヤンディは一人きり。

 確かにそれが、私にも簡単に想像できた。


「でも、テディ」


「ええ」


「私は……子爵家の生まれだから。テディが二階席に行くのと同じで、私は倉庫に行かなきゃいけない。生まれた家が、絶対だから……」


「身分が足りねぇなら、作りゃいいんですよ」


「……?」


 テヤンディの言葉に、私は首を傾げる。

 身分は、生まれついて決まっているものだ。子爵家は子爵家でしかないし、公爵家は公爵家である。その事実は絶対に変わらない。

 父が武勲を挙げたり偉大な功績を残せば爵位が上がることもあるけれど、生まれついての特権階級は変わらないのだ。

 身分を作るとか、そんなことできるはずが――。


「あたしとリリシュさんが、盃を交わして姉妹きょうだい分になればいい」


「……」


 そんなテヤンディの言葉に、思ったことは一つ。

 また、変なこと言い出した。

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