第9話 結末

 テヤンディの言葉に、何も言い返せないかのように肩を震わせている生徒会長。

 そして、そんな生徒会長を嘲笑うかのように笑みを浮かべているテヤンディ。

 傍目から見ても、この勝負の決着は既についている――そう考えて良いだろう。


「それで、お答えを聞かせてもらいたいですね」


「……」


「あたしは王国の常識に疎い身ですが、こういうときってのは、だんまりを決めるのが作法なんですかね?」


「くっ……」


 どこまでも余裕綽々のテヤンディに、生徒会長が歯噛みする。

 だけれど、そんなにも喧嘩を売って本当にいいのだろうか。生徒会長はイストランド公爵家の令嬢であり、四大公爵家の血族だ。王族に次ぐ権力を持つ、それほどの家を相手にして――。

 私は、はらはらしながら二人の口論を見守ることしかできない。

 テヤンディの提案――それに生徒会長が乗るかどうかで、私の家の浮沈が決まってしまうのだから。

 そんな風に震える私に、テヤンディはふふっ、と笑みを浮かべた。


「ご安心を、リリシュさん」


「テディ、安心できる要素が今のところ皆無だよ……」


「そうですかい? あたしには、向こうさんの答えは決まっているように見えますがね」


「……」


 確かに、生徒会長の答えは決まっているだろう。

 王国全土に渡っている『水の魔石』――国民のライフラインを人質にとられているようなものだ。そして公国と取引をしている王国側からしても、突然水の魔石の納品が減るとなれば大きな痛手になるだろう。

 その理由を問われて、イストランド公爵家と公国がもめ事を起こしたという事実を王国側が知ることになれば、その結果は目に見えている。イストランド公爵家が罰せられる結末だ。

 であらば。

 今、テヤンディが出した条件――私たちに一切手を出さない。その条件を、呑まざるを得ないのだ。


「……」


 胸が、苦しくなってくる。

 私がいなければ、テヤンディはこんな条件を出さずに済んだ。私が少しでもテヤンディを止めることができていれば、こんな風に公爵家と揉めることもなかった。

 いや、私が。

 もっと高位の貴族家の生まれであったなら、こんな結果には――。


「良いでしょう」


 私がそんな風に悩んでいる先。

 生徒会長はようやく落ち着きを取り戻したのか、そう凜とした声音で告げた。

 もっとも、凜としているのはその声だけだ。その口元を扇で隠し、吊り上がった眼差しでテヤンディを見据えながらであり、その怒りが収まっていないのは一目で分かる。


「わたくしとしたことが、少々大人げないことを言ってしまったようですね。そもそも、わたくしとメイウェザー子爵家には何も関係がありません。わざわざメイウェザー家の爵位を奪う必要はありませんわね」


「そいつは重畳。あたしからすれば、貴方さんが吐いた唾を飲んでくださったらそれでよろしいんで」


「ふん……少々、気分が悪いですわ。わたくし、部屋に戻らせていただきます」


「ユーリ様!」


「生徒会長!」


 壇上から背を向けて、かつかつと靴音を響かせながら生徒会長が去ってゆく。

 その後ろを追随するのは、彼女の取り巻きだろうか。次々と生徒会長を追っては、食堂から出ていく。

 そんな生徒会長の姿を、テヤンディは満足そうに頷きながら見送っていた。

 こっちは、心臓が止まるかと思ったのに。


「……なんか」


「はい? どうかしましたか、リリシュさん」


「なんか、テディ……凄い、ね」


「そんなこたありませんよ。あたしはただ、曲がったことが嫌いな性分なだけでさ。もっとも、無関係なリリシュさんに飛び火しちまったのは、さすがにあたしも肝が冷えましたよ」


「……」


「それより、メシにしましょう。冷めちまった」


 テヤンディがテーブルに再び座ると共に、冷めた食事を口に運ぶ。

 私の前にある盆の上にも、まだ食事は残っている。だけれど、なんだか食欲を失ってしまった。普段の私なら、絶対に食べられないような高級食材が並んでいるというのに。

 周囲でも、もそもそと食事を再開しているのが分かった。ただ、先程までの喧噪とはうって変わって、随分と静かに。

 誰もが、テヤンディを注視しながら。


「さすが、いいモンを使っているだけありますね。冷めても美味いのは、いい食材を使っている証でさ」


「……」


「……食べないんですかい? リリシュさん」


「……ううん。ごめん。少し、考え事をしてただけ」


 私も、冷めてしまった食事を口に運ぶ。

 テヤンディの言う通り、半分以上残っていたそれは完全に冷め切っていた。

 そして、これからのことを考えてしまって、私には。

 全然、味なんて分からなかった。












 食事を終えて、私はテヤンディと共に部屋に戻った。

 そこまでの道のりも、周りのご令嬢たちから注視され、ひそひそと噂話をされながら。正直、一般人のメンタルしか持っていない私には、針の筵としか思えない。こんなにも注目をされたのは、多分生まれて初めてだと思う。完全に悪い意味での注目だけれど。

 そして部屋に戻り、扉を閉めた時点で、テヤンディが大きく溜息を吐いた。


「ったく、三下どもが随分と囀りやがる……」


「……テディ?」


「ああ、すんません……しかし、気分が悪いですよ。直接何も言わねぇってぇのに、影でこそこそと囀るやり口はね」


 テヤンディが、ぷりぷりと頬を膨らませながらそう言う。

 私から見れば、美人は怒っても美人だなぁ、と改めて思うだけだ。

 だけれど、それ以上に私には気になることがあった。


「でもさ、テディ……」


「はい?」


「あの……私のせい、なのかは、ちょっと分からないんだけど」


 テヤンディと生徒会長の諍いは、最初は『誰もが平等』という学院長の方針と、『生まれによって席が違う』という生徒会長の方針――それが相反していたことに対する疑念から始まった。

 だけれど後半は、その対象が私だった。

 私がテヤンディの前に座っていたから、そして私の実家の爵位が低いから、イストランド公爵家の力を使って脅してきたのだ。

 だから、私のせいというのはちょっとおかしな話かもしれない。

 だけれど――。


「公国の秘密……水の魔石について、話しても良かったの……?」


 テヤンディは、水の魔石について知っているのは王族くらいだと、そう言っていた。

 下手に知れると、公国に妙な輩を呼び込む羽目になるかもしれないと、そう言っていた。

 それだけの大事だ。水の魔石というのは。

 今回のことがきっかけで、貴族全体にこの事実が知れ渡ってしまうかもしれない。そうなってしまえば、公国が危なくなってしまうのではないだろうか。

 それこそ、どれほどの犠牲を出してでも水の魔石の秘密を探りたいと、そう考える貴族家だっていないとは限らない。

 そんな大切な秘密を、あんな公の場で打ち明けることになってしまった――。


「ああ、あれですか」


「うん……その、私は、誰にも言わないけど……」


「大丈夫ですよ、リリシュさん」


 私のそんな言葉に、テヤンディは微笑んで自信満々に、その自信とは裏腹に控えめの胸を叩いた。良く言えばスレンダーな体型をしているテヤンディである。

 そして、ちっちっち、と人差し指を動かして。


「あれ、ブラフですから」


「……?」


 テヤンディが、自信満々にそう言ってきた言葉の意味は。

 やっぱり、私にはよく分からなかった。

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