第7話 仁義とは
「ジンギ……?」
「一体あの娘、何を言っているのかしら……?」
「あんな風に言うなんて……」
ざわざわと、周囲のご令嬢たちがテヤンディを見ている。
そして、その視線は同席である私にもまた注がれていた。正直、そんな風に目立って欲しくないというのが本音だけれど、テヤンディが言うことを聞いてくれるはずがない。
私はただ、おろおろしながらテヤンディと生徒会長を交互に見るだけだ。
「仁義……ね。一体どういうことなのかしら?」
「仁義たぁ、通すべき筋。守るべき道理。基本理念さ。残念ながら、貴方さんの言葉にはない。筋が通ってねぇ」
「あらあら……」
そして、糾弾されている側――壇上の生徒会長は、テヤンディを見ながら余裕そうに笑みを浮かべる。
怒りに眉を寄せているテヤンディと比べれば、対照的だ。もっとも、その美しさはテヤンディの方が一段上だが。
美人は何をやっても美人なんだなぁ、と思わないでもない。
「わたくしに意見するとはね……あなた、どちらの家の方?」
「貴方さんには、仁義を切る必要を感じませんね。あたしはテヤンディ・ゴクドー。生国は公国でさ」
「あら……なるほど。あなたがゴクドー公国の公女様なのね」
ふふっ、と生徒会長がそう微笑むと共に。
すっ、とその手で二階席を示した。
「公国の公女様だったら、仕方ないわ。あなたも二階席を使ってよろしくてよ」
「……あたしが聞いてんのは、そんなことじゃないんですがね。貴方さんらの
「オヤジ……? 学院長のことかしら? 公国では変わった言い方をするのね」
「何分田舎者でさ。ちょいと言葉の端々に訛りがあるのは、平にご容赦してくんなせぇ」
それは本当に訛りなのだろうか。
というかむしろ、公国の文化が一体どうなっているのか知りたくなってくる。
「そんで、疑問に答えて欲しいんですがね」
「一体、何を疑問に思っているのかしら?」
「どうして、食堂の席が身分で決まっているんですかね? あたしらは平等だ。それを、勝手な規則を貴方さんらが作ってる……そうですかい?」
「身分の差別は許さない、って言いたいのかしら?」
「あたしは、そんなこと一言も申し上げておりませんよ。身分は身分だ。ただ生まれた腹が違うってぇだけで成立しちまいますが、これは王国の偉いさんが定めた制度だ。法だ。あたし程度の渡世の未熟者が、そんなことに口出しなんざしませんよ」
そう。
テヤンディは決して、身分を差別することに怒っているわけではない。
身分によって異なる恩恵を受けるのは、この国では当たり前のことだ。先に学院長も言っていたように、父君が、祖先が、王国において名誉となることを行ったがゆえに与えられた、特権階級なのだ。
ただ、テヤンディが怒っているのは――。
「
「……法、ですって?」
「そうさ。学院ってぇのは治外法権。学院の外でやって良くて、学院の中じゃやっちゃいけねぇことなんて腐るほどある。それと同じさ。学院の外では身分の差があるんだろうが、学院の中じゃ身分なんざ関係ねぇ。それが、この学院の規則……そうじゃないのかい?」
「……」
テヤンディの言葉に、生徒会長が眉を寄せる。
極めて正論だ。テヤンディの考えは、真っ直ぐに彼女を糾弾している。
元より間違っているのは、確かに生徒会長――その他の貴族の考え方なのだから。
「だったら、貴方さんらはこの学院において、手前らで決めた規則をごり押ししてるだけだ。法に従わず、手前らに都合のいい規則を他人に押しつけてんのさ。それこそ、盗賊団が『弱い者からは奪っていい』って言ってんのと何も変わりゃしねぇ」
「わたくしと、盗賊団を同じだと……?」
「ああ、それとも貴方さんがそれほどの偉いさんなら、貴方さんからそう働きかけてみりゃいいんじゃねぇですかい? そうすりゃ、世の中から犯罪なんざなくなっちまうだろうね。どいつもこいつも、手前が都合のいいように法を作りゃいいんだからさ」
「……お黙りなさい」
「さて。夕食に山芋なんぞありましたかね。口が滑って仕方ねぇ」
「お黙りと言っているのよ!」
生徒会長が、そう声を荒らげた。
その眼差しは、まるで敵を見るように。しかしその視線を注がれるテヤンディは、極めて飄々と。
間に挟まれている私は、視線をどこに置けばいいか分からない。
「ふん……気分が悪いわ。あなた、公国の公女様だからといって、随分と調子に乗ったことを言うのね」
「さて。あたしの方は手前の身分を笠に着たことなんざありませんがね。あたしは未だ渡世修行中の未熟者でさ。公国の公女様だなんて呼ばれても、こそばゆいだけですよ」
「お黙り! 公国の田舎者が!」
「お説ご尤も。それが罵倒ってぇなら、もう少し語彙を集めてからにしてくださいな」
完全に、テヤンディのペースだ。
そして完全に、周りの貴族令嬢たちはこちらを注視している。
結果――彼女らは、私の方も注視して。
「あれ……あの娘、メイウェザー家の娘じゃないかしら?」
「あなた、ご存じなの?」
「一度、パーティでお見かけしたことがありますわ。お見かけしただけですけど」
「メイウェザー家というと、辺境の子爵家ではなかったかしら?」
そんな――私に関する言葉が、聞こえてきた。
私のような下級貴族の顔なんて、誰も知らないと思っていたのに。社交界デビューを果たして、何度か参加したことのあるパーティ――そこに参加していた者が、他にもいたのだろうか。
ぶるぶると、体が震える。
テヤンディは公国の公女様で、その身分は確かなものだ。だけれど、私は子爵家の娘に過ぎない。目をつけられたら、私のみならず実家すら危うくなる。
他の貴族を敵に回しては――社交界で、生きていくことなどできない。
「ふぅん……」
そして、そんな周りの呟きを。
生徒会長――ユーリ・イストランド公爵令嬢にもまた、聞こえてしまったらしい。
「なるほどね……粗野な公女様には、友人も下級の貴族しかおられない、と」
「……あたしの友人を馬鹿にするんで?」
「事実でなくて? 名だたる貴族家の者が並んでいて、あなたと席を一緒にしているのはたかが子爵家の女。わたくし、メイウェザー子爵家なんて名前は聞いたこともありませんけれど」
ふっ、と生徒会長が口元を隠し。
それから、三日月のように目元を歪めた。
「わたくしが父上に伝えれば、すぐにでもその爵位は返上となりますわよ」
「――っ!」
ちょ。
ちょっと待って。
私、何も関係ないのに。
私の実家、爵位がなくなる危機に陥ってる。
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