第6話 されど、身分は絶対

 学院長が退席後、まず夕食の時間となった。

 まず一年生は全員が一階に集合していたため、一階で夕食を摂る運びとなった。そして、そんな一年生たちを二階席から見ていたのが、上級生なのだろう。

 ちなみに、集合していた貴族令息であろう男子生徒たちは既に一人もいない。恐らく、男子生徒はまた別に食堂があるのだろう。そもそも、この建物自体が女子寮であるわけだから、別に男子寮があって当然である。

 貴族令嬢が列に並び、それぞれにトレイを持ち、一品ずつ自分のトレイに置いていく姿はなんだかシュールだった。


 そして私とテヤンディは割と早くに並ぶことができたため、一階席の端にある二人用のテーブルを使うことができた。これは特に計算したわけでもなく、純粋に私とテヤンディが食事を提供してくれる場所から近くにいたのが理由である。

 自らトレイに載せる姿は貴族らしくなかったが、そこに載っている食事は間違いなく貴族のそれである。実家では食べられなかった、高級感溢れる食材がふんだんに使われたものだった。


「いや、こいつは美味しいですねぇ」


「うん……こんなごはんを、毎日食べられるなんて幸せ……」


「リリシュさんの幸せは、割と安いんですね……」


 そういえば、テヤンディって公女だった。こういう食事も、やっぱり食べ慣れているのだろう。

 特にテーブルマナーなど学んだことのない私と違って、その所作は気品に溢れるものだった。これが市井の料理店であれば、「シェフを呼んでちょうだい」と言い出すマダムのような気品を持っている。

 もっとも、口を開くとテヤンディだが。


「皆さん、食べながらでいいですから、お聞きなさい」


 恐らく、全員が食事にありついたのだろう。そんな声が、ふと先程まで学院長のいた壇上から響き渡った。

 そこに立っているのは、まさに貴族令嬢と呼ぶべきだろう人物だ。着ているドレスは高級感溢れるものだし、かなりの時間を掛けなければセットできないだろう巻き髪を揺らしている。そして何より、その口調や佇まいから感じられる傲慢さが高位の貴族令嬢だと感じさせた。

 テヤンディの持っている気品や優雅さではなく、高慢や不遜さが際立つ人物だ。そして悲しいかな、この国に存在する貴族令嬢は、そのほとんどがこんな感じである。


「わたくしは、三年生のユーリ・イストランドですわ。この学院の生徒会長を務めております。学院長も仰っていた通り、わたくしたちは貴方たちの入学を歓迎いたしますわ」


 食事をする手を止めて、私は生徒会長を見る。

 生徒会長の声と共に、ほとんどの生徒は食事をする手を止めていた。そんなこと気にせず、もぐもぐと咀嚼を続けているのはテヤンディだけである。

 まぁ、本人が「食べながらでいい」と言ったのだ。責められることはないだろうけれど、なんとなく生徒会長が眉根を寄せて、テヤンディを見ている気がする。

 もっとも、テヤンディ自身は何も気にすることなく食事を続けているが。


「明日から、二の鐘が鳴ったら朝食となります。必ず、伯爵家以上の家格の者はこの食堂に集合するようになさい」


「……え」


「一階席は、伯爵家以上の家格の者だけです。二階席は、公爵家以上の家格の者だけです。まず、そちらを遵守するように」


「……」


「また、子爵家以下の家格の者は、別途に食事を用意させますわ。場所は、この食堂の奥にある倉庫になります。少々風通しは悪いですが、食事をするには十分でしょう」


「……」


 生徒会長の言葉を、飲み込むのに一瞬の時間を要した。

 つい先程、学院長が言ったばかりだ。この学院においては、身分の差など存在しない。全員が平等であり、遠慮をする必要はないと。

 だというのに。

 その学院長の考え方を良しとしなければならない立場――生徒会長の口から、まるで全否定をするような言葉が。


「ああ、良かった。わたくし、下々の者と一緒に食事をしなければならないと思っていましたわ」


「ということは、わたくしは二階席で良いのですね。確かに、こんなにも多くの生徒がおりますもの。下級の者は遠ざけておかないと」


「あらあら。学院長のお言葉に、勘違いをした者もいらっしゃるのでない?」


「まさか。高貴な生まれの者と、そうでない者を同列に並べるのはおかしな話でしてよ」


 うふふ、おほほ、と周りから聞こえてくる声。

 ここは王立ネッツロース学院――貴族家の子女にとって、最も名誉のある学院だ。その学院に入学しているという時点で、その気位の高さは推して知るべし、である。

 平等とか、そんな言葉を鵜呑みにしていた私が馬鹿だったのだろう。


「……そっか」


 私は、学院長の言葉を信じていた。信じてしまっていた。

 それと同時に、私の心を過るのは、諦観だ。

 まぁ、当たり前だよね。いくら学院長がそう言っているからといって、貴族の子女が従うわけがないよね。そのくらいのことは、知ってたはずだ。

 テヤンディは公女様だし、二階席に行くのだろう。そして私は、倉庫で別の食事だ。

 今食べているこれも、初日ということでお情けで与えられたものなのだろう。


「また、伯爵家の者も自分の家格を考えて席につくように。よろしいですね。まずは、公爵家の生まれの者がいたら、食事が終わり次第二階席の方にいらっしゃいな。わたくしたちから、歓迎をさせていただきますわ」


 この学院においても、身分は絶対。

 子爵家に生まれた者は、その生まれが子爵家である限り、それより上の貴族家には勝てない。最初から、生まれた時点で勝者と敗者は決まっているのだ。

 だから私も。

 少しだけ、夢を見ていただけ――。


「失礼」


 そこで、ナプキンで口元を拭いながら。

 テヤンディが立ち上がり、そう生徒会長を睨み付けた。


「――っ! テディっ!?」


「お黙りを、リリシュさん。先輩、先程の話、聞かせてもらいやしたが」


 テヤンディの迫力に、私の口が塞がる。

 そして眉根を寄せながら、不機嫌そうにテヤンディを見る生徒会長。まるで、その視線の間に火花が散っているかのように錯覚した。

 周りのご令嬢たちも、「え……?」「どういうこと……?」と呟きながら、固唾を呑んで見守っている。


「先、学院長のお話を聞かせていただきやした。あたしは公国の田舎者に過ぎやせんが、それでも公用語を聞き違えるたぁ思えねぇ。学院長のお話によれば、あたしらは身分など関係なく平等。身分を笠に着て他者を貶めることも、身分が低いからといって遠慮をすることも許さない――確かに、学院長はそう仰っていたと思うんですがね」


「あら……」


「身分で席の位置が決まるなんて言葉ぁ、一言も聞いちゃいねぇ。この学院の組長オヤジは、学院長であるはずでしょうに。その学院長の考えを、貴方さんは否定しようってぇことでよろしいんで? だったら、貴方さんらには――」


 ぎろり、と鋭い眼差しで生徒会長を睨み付けるテヤンディ。

 その気炎も、その気迫も、まるで貴族令嬢とは感じられないもの。まるで、芯の一本通った豪傑を思わせるような、そんな迫力を醸し出している。

 その、怒りの理由は。


「――仁義がねぇ」


 やっぱり。

 私には、よく分からないものだった。

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