第164話 やる時はやる

 迎えた最終戦。

 観客席は相変わらず静かだが、ただの静寂ではなく今度はどんな圧倒的な試合になるのかという期待による熱い視線で満たされている。


 決勝戦の相手は男性四人組。


「最後はどうやって倒そうか。どうせならまだやってない倒し方がいいよな、四人いるから最低四種類としてどうするか……」

「ゼビウス」

「杖や素手では殴った。雷以外の魔法か? でもそれだと普通でつまんねえよな、折角だからもっと派手な事してえし」

「ゼビウス」


 先程の試合を終えてからゼビウスは見るからに上機嫌で今も相手をどうやって倒そうかと楽しそうに話している。


「ゼビウス」

「ん、何だよさっきから。幾ら倒す手段増やしたいからってお前の手は借りないから安心しろ」

「そんな心配はしていない。ただ言っておきたい事がある。……私は医者ではないが怪我だけでなく病の治療も出来る。エリクサーや魔法での治療は勿論、一般的な薬の調合や扱いにも長けている」

「ああ、知っている。もしかして治療行為と称して相手を行動不能にでもすんの?」

「大体あっている。先程から見ていたがお前ははしゃぎ過ぎだ、このままでは身体に負担がかかり動けなくなる。だから……」


 そう言うとトクメは静かにゼビウスに近づくとそのまま首の後ろに注射器を刺した。


「い゛っ!?」

「医者ではないがドクターストップだ」

「お前、何、を……」


 予想外の痛みに驚き、首を押さえながら離れるゼビウスだったがすぐに効果が現れたのかゆっくりと地面へと崩れ落ちていく。

 トクメはそんなゼビウスを横目に注射器を軽く押し、残っている薬の量を確認している。


「む、少し打つ量が少なったか……まあ、動けなくなるのならそれでいい。ああ、打ったのはただの鎮静剤だから安心して眠っているがいい」

「誰も、そんな……心配、は……」


 何とかトクメの方へ近づこうとしたゼビウスだったが、薬が完全に効いたのかその場に倒れ動かなくなってしまった。

 そんなゼビウスをトクメは意外に優しい手つきで場外へと転がり落とす。


「さて」

「!!」


 場外に落ちたゼビウスを確認してからトクメは対戦相手の方へと顔を向けた。


 今までゼビウスの戦いしか見ていなかった対戦相手だが、だからといって何もしていなかったトクメが無力だとは思わない程度に実力はある。


「これでも私はこういった娯楽や見世物について理解がある。こういう場では相手に圧倒的な力量差を分かりやすく見せつけ、尚且つ観客の安全は確実に守ればよいのだろう」


 そう言ってトクメは左手を高く上げるとパチリと指を鳴らした。

 対戦相手はトクメの行動に警戒するが何も起こらない。


「何だ、ただの脅しか……?」

「いや、何か音がしないか?」


 一人が地響きのような音に気づき、視線を足元へ向けた。

 音はどんどん大きくなり、振動も強くなっている。


「この音、振動、まさか……お前ら今すぐ逃げろ!!」


 リーダー格の男がそう叫び全員がその場を飛び退いた瞬間、足元から真っ赤な液体が噴き出した。


「溶岩だ。ほら、しっかり避けんと熱さを感じる前に溶けるぞ」


 次から次へと地面から溶岩は噴き出し、相手は大声で叫びながら右へ左へと必死で逃げている。


「下ばかりに気を取られていていいのか?」

「!!」


 上空まで上がった溶岩が冷えて今度は大きな岩になり対戦相手へと降り注ぐ。

 相手はもはや声を上げる事すら出来ず、下から噴き上がる溶岩と上から落ちてくる岩を避ける事しか出来ない。


「ああ、このままだと溶岩が観客席にまで降るが……」


 そうなる前にトクメは観客席全体を魔力の壁で覆った。

 そのおかげで溶岩は観客に当たる事なく地面へと滑り落ちていく。


「観客には絶対の安全を。相手の慌てふためく様子を存分に楽しむがいい」


 そうこうしている内に一番若い男が足元の岩につまづき転んだ。

 そして体勢を整える余裕もなく狙ったかのように岩が降ってくる。


「フリッツ!!」

「兄貴!!」


 それに気づいたリーダー格は男を守るように覆いかぶさった。


「待ってくれ! 降参する! 降参するから!

この溶岩を止めてくれ!! 頼む!!」


 若い男の必死な叫びも虚しく一際大きな岩が二人の元へと落ちていった。


「……あ、あれ?」


 もう間に合わないとギュッと目を瞑り衝撃に備えていた若い男だったが、いつまで経っても予想していた痛みも熱さも感じない事に気づき恐る恐る目を開けた。


「あっ……!」

「降参という事は私の勝ちだな」


 二人の周りには魔力の壁が作られ岩はすぐ横に落ちていた。

 よく見れば仲間達にも壁は作られ誰も何処も怪我はしていない。


「あ、ああ、助かった……」

「フリッツ、無事で良かった……」

「命があって五体満足でいられるなら負けてもいい……」

「こんな事が出来る相手にはどうやっても勝てねえよ……」


 若い男の降伏宣言に仲間から特に文句が上がる事はなく。

 勝敗が決まったと分かった観客席は一拍の間を置いて喝采と大興奮の声で満たされた。

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