第148話 アルバートとアルフォイ

 ちょっとしたいい店でアルバートは部下達に囲まれていた。


「アルバート様! 飲みの誘いを受けていただきありがとうございます!」

「我々は一度でいいからアルバート様と一緒に飲みたいと思っていたんです!」


 まだ注文すら終えていないのに部下達は既に盛り上がり全員が嬉しそうにしている。


「それは私もだ。こうして誘ってくれて嬉しく思っている」

「今日は騎士とか仕事は関係なく楽しみましょう!」

「ああ、そうだな」


 アルバートも勿論笑顔で対応しているのだが、その心中は決して穏やかではなかった。


「(何故、どうしてこうなった!? アルフォイか? アルフォイが挑発したからか!? いやそれよりどうする。私が教本としている『騎士のすすめ』や『騎士道精神』その他騎士関係の本に部下や国民達への立ち振る舞い方はあれど、こういった飲み会や完全オフ時での振る舞い方は一つもなかった! どうすればいいんだ……いっそ普段通りいやダメだ、皆が私に抱いている騎士団長としてのイメージを損なう事はできん。だがこのまま無言なのも流石に……どうする、どうすればいい?)」


 嬉しいのは本当なのだが、どう振る舞えばいいのか分からず内心は焦りまくり大量の冷や汗を流しているアルバートに追い討ちがかけられた。


「アルバート様、こちらメニューです。飲み物は何にされますか?」

「そうだな……」


 隣に座った副団長からメニューを渡されアルバートは一瞬固まるも、何とかページを開く。


「(どうする、何を頼めばいい? 飲みたいのはカルーアミルクかモーツァルトミルクなんだが、アルフォイの時に頼んだら女々しいと言われたからこれはダメだ。女々しいのは騎士団長らしくない。ならばビールか? しかしこれもおっさんくさいと言われていたな。いかん、あまり悩みすぎるのも優柔不断と思われる。何か、何か騎士団長らしい飲み物……!)」


 動作は至って普通に、上品にページをめくっているも内心は焦燥感でいっぱいのアルバートの目にある品が入り、好機を得たりと静かにメニューを閉じた。


「私は地酒にしよう。フィリップは?」

「そうですね、私はビールにします。ここの店のビールは有名で一度飲んでみたいと思っていたんです」

「そうなのか(よし、とりあえず飲み物は大丈夫そうだ。で、食事はともかく本当に何を話せばいいんだ? 流行りのスイーツ店、今度新しく開くカフェ、期間限定のケーキ……ダメだ、どれも騎士らしくない! だが他に何も思いつかない。いや、何かあるだろう。一つぐらいある筈だ、騎士らしい雑談が……!)」


 一難去ってまた一難、と人知れず追い詰められているアルバートに今度は救いの手が差し伸べられる。


「そうだ、良ければアルバート様の話を聞かせていただけますか?」

「っ、私の?」

「はい、実は息子は貴方に憧れていて……よく三年前に起きた魔物の暴走の話をしてくれとねだられるんです」

「あの時はフィリップも一緒にいただろう」

「ええ。ですが私は王都の外とはいえ門の近く、魔物の群れにたった一人で立ち向かった時の事は知らないんです」

「ああ、それなら構わない。だが話せる事は有るだろうか……あの時はただひたすら魔物を倒すのに集中していたからあまり覚えていないんだ(ありがとうフィリップ、よくやったフィリップ、流石は副団長。話題の提供はありがたい、だがそれはマズイ。テンション上がり過ぎて最終的に群れを率いていたボスと素手で殴り合っていたら周りの魔物からはドン引きされて、一部は悲鳴をあげて逃げ出したなんて言えないっ)」


 それでも救いの手である事には変わらず、アルバートは小さめのグラスに注がれた地酒を軽く口に運んでから口を開いた。


「そういえばフィリップの息子は今年で十歳になるんだったか」

「ええ、今から騎士になるんだと毎日剣を振っているんです。よっぽど貴方と同じ騎士になりたいのでしょうね」

「……それは、違うだろうな」

「え?」

「私に憧れてくれているのは嬉しいが、きっと息子は父親のような騎士になりたいと思ったから騎士を目指しているんじゃないか?」

「そ、そうでしょうか」

「少なくとも私はそう思う。子供は親の背中を見て育つ。そしてフィリップは良い父親だ、だからこそ息子も騎士の道を進もうとしているのだろう」

「アルバート様……ありがとうございます」


 軽く笑いながら酒を酌み交わしている二人の様子を部下達は少し離れたところから眺めていた。


「これは夢か、それとも幻覚か? アルバート様が我々の飲み会に参加しているなんて……! お誘いしてよかった……!!」

「アルバート様は地酒、フィリップ様はビール。くっ、何故だ、俺達が飲むとただのおっさんだというのにあのお二人は様になっているだけでなく気品まで感じる……!」


 最初こそアルバートとフィリップに遠慮しているのかぎこちない騎士達だったが、酒が入るとそんな遠慮もなくなり積極的に話に入っていった。


******


「ふぅ……今日はいい日だったな」


 飲み会は盛り上がったが、明日の事も踏まえて早めの時間で解散となった。


 部下達とはその場で別れ、アルバートは先程の飲み会を思い返しながら夜道を歩いていると人気を全く感じない細道に気づき足を止めた。

 まだ夜更けと呼ぶには大分早いが周りに店はないからか明かりはなく、その為細道は暗闇に近い。


「……。今日ぐらいはいいだろう、うん。人もいないし大丈夫だ」


 入念に周りを見渡し人がいないのを何度も確認すると、アルバートは細道へと姿を消した。


 そして数分後。


「さーて、今日はいい気分だしもう一件行っちゃおうかなー。それとも丁度いいし森に行ってみようかなーって……」

「アルフォイ?」

「やあムメイちゃん、いい夜だね。でも夜道は色々と危ないよ、宿まで送ろうか?」

「いや、それはいいんだけど……」


 細道からアルフォイが出ると目の前にはムメイがいた。

 いつものように軽く話しかけるも、何故かムメイは落ち着きがなくチラチラとアルフォイと細道を交互に見ている。


「ムメイちゃん、どうしたの? ……何かあった?」

「あ、その……さっきアルバートを見つけて……」

「……え」

「足元ふらついててそのままここの奥に入っていったから大丈夫かなと思って来たんだけど……服、同じなの偶然じゃないわよね?」

「え、あっ、いやっ待っ……!」


 ムメイは口調こそ尋ねているようだが声色と表情からは確信しているようで、アルフォイは先程までの酔いがさめたのか見るからに慌てだした。


「ち、違っ。いつもは! いつもは酒飲んでもちゃんと決まった場所でしか着替えないし、こんな外でなんてやらないしっ。ただ今日は初めて部下達が飲みに誘ってくれて、話も楽しくて嬉しくてつい……というか、今日はもう部下達と会わないから服まで替えなくてもいいかなと思って……いや、もう、もう……ああああああ……!!」


 言い訳のようなよく分からない事を述べながらも、どうしようもない事が分かったのかアルフォイ改めアルバートは膝から崩れ落ちた。

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