第149話 アルバートの過去
「落ち着いた?」
あの後ムメイはアルフォイを連れて近くの店へ入った。
適当に注文を済ませ、飲み物が運ばれたところでムメイはまだテーブルに顔を伏せたままのアルフォイに声をかけた。
「まあ、うん……もうどうなろうと受け入れるしかないよね。よしっ! この際気になる事はじゃんじゃん聞いちゃって! 答えられるものなら何でも言っちゃう」
ゆっくりと顔を上げたアルフォイは覚悟を決めたようにパシッと両頬を叩くといつもの明るい表情に変わった。
ただ若干目は死んでいるので開き直ってヤケクソになっているだけなのかもしれない。
「それじゃあ遠慮なく。アルフォイ、アルバート? は二重人格? それとも一つの身体に魂が二つ入ったとかそういうの?」
「そんな複雑な事情はないよ、ただの変装。ちなみにアルフォイは偽名でこれカツラ。自分の魔力で接着する特別製だから、俺が自分の意思で外すか死ぬかでしか取れない安心安全の一品」
「へー……変装の理由を聞いてもいい?」
「勿論いいよ。理由はまあ普通に自由になりたかったから、かな。話すと少し長くなるけどいい?」
「聞きたいって言ったのは私だからいいわよ。あ、一応周りに聞かれないよう魔力で壁を作っておくわね」
「ありがとう」
ムメイの気遣いにアルフォイは礼を言うと、生クリームが乗っているココアを一口飲んでから話し出した。
「えーと、まず始まりは父さんの夢を代わりに背負わされたところからかな。俺の父さんは騎士になるのが夢だったけど身分が理由で挫折して、でも俺が五歳の時に平民でも騎士になれるようになったから『俺は年齢からして無理だからお前が騎士になれ』って言われてまず騎士になりました」
「五歳で?」
「いやいや、騎士になったのは十八歳。騎士になるまでの生活は明るくないし長いから省くけど、徹底的に騎士としての考えや行動を叩き込まれたとだけ言っておこうかな。あと鍛錬とか勉強とか」
相変わらず笑顔で口調も明るいが、これは笑っていないとやっていられないからだとムメイは理解し静かに続きを聞いた。
「でも簡単に説明しておくと分刻みに予定決められて、お喋りは騎士らしくないからダメ。頭が悪くなるからお菓子やジュースは全部禁止、飲めるのは紅茶とコーヒー、ハーブティーだけ。食事は栄養重視で決まったものしか食べられなかったよ」
「……よく生きていたわね」
静かに聞くつもりだったが、簡単な説明だけでも殆どの自由を奪われていた事が分かりムメイは思わず呟いてしまった。
「最初は辛かったけど、慣れると何かもうこれが普通って思っちゃって……。後は一回親の言いつけ破ってアイスクリーム食べた事あるんだけどね、すぐバレて母さんからは泣かれて父さんからは失望したって呆れられて……正直それがトラウマになってひたすら従うしかなかったってのもあるかも。子供だったから、親に捨てられたり家から追い出されたくないって必死だった。ついでにそれが理由でお小遣いはなし、欲しいものは親に申請して認めて貰えた時のみになりました」
「それは……ごめんなさい」
「いいよいいよ、気にしないで」
呟きが聞こえてしまっただけでなくそれに対する返事が思っていた以上に重くムメイは悪い事をしてしまったと謝ったが、アルフォイは本当に気にしていないのかもう一度ココアを飲んでから話を続ける。
「まあそんな感じで騎士になって……あ、その前に俺は王都出身じゃないって言っとかないと。俺カーニースって街生まれで、騎士は王都に住まないといけないんだけど家は裕福じゃないし、俺を学校に行かせるのにかなり無理していたから俺一人で王都に住む事に決まってね。で、一人暮らしだからもうお菓子とか好きな物買って食べていいし、お喋りも出来る筈なんだけど……何か、怖くなっちゃって」
「怖い?」
「うん。ほら、アイス食べて母さんに泣かれて父さんに失望されたから……何かそういう事して他の人からも呆れた目で見られたり失望されたりしたらどうしようと思うと怖くて……結局今まで通り騎士の本に書かれている事しか出来ずにいたら、何か凄い評価されてそのまま最年少で騎士団長になって、そうしたら周りからまさに騎士そのものだとか騎士の中の騎士とか更に評価されて……余計にやりたい事が出来なくなっちゃって。で、そんなある日泥棒捕まえてさ。そいつ変装してたから捕まえるの大変だったんだけど、ふと俺も変装して別人になればいいんじゃね? と思って早速やってみたらまあコレが全然バレなくて。それ以来こうなりました」
「そっか……」
理由は非常に簡単なものだったが、その経緯は自由の精霊であるムメイにとっては非常に重くそのまま何も言えなくなってしまい、その反応にアルフォイはどう受け取ったのかテーブルに額を打ち付ける勢いで頭を下げた。
「そういうわけで……お願いムメイちゃん! この事は皆に黙ってて! いずれは皆に言わなきゃいけないとは思うんだけど、まだそんな勇気がないというか、もし周りから失望されたり本来の俺を知ってガッカリされたりしたら俺耐えられない……!」
「えっ、あ、いや、別に私はいいけど……でもアルフォイとアルバートの事確実に知っている奴がいるからそっちに頼まないと……」
ムメイがそう言うとアルフォイの顔が青ざめた。
「え、何で、どうして……俺着替えは家でしかしないしドアには鍵かけてカーテンきっちり閉めるからバレる筈はないのに……」
「えーと……インネレ・オルガーネの能力知っているでしょ? あんな感じで対象者の過去を知る事が出来る奴がいるの、銀髪の……包帯巻いた奴」
「インネレ・オルガーネ様……あ、世界最古の怪物……!」
「同族のダルマは心を読むし、その範囲も広いから知ってそう。あとシスも、もしかしたら匂いで気づくかもしれないし、ヴィルモントは大丈夫だと思うけどダルマが教えそう」
どんどん増えていく相手にアルフォイは顎に手を当て黙り込んだ。
顔はもう青ざめておらず、真剣に何かを考えているらしい。
「……うん、これもう全員に話して口外しないで欲しいって頼みに行ったほうがいいね」
「私が話しておこうか?」
「ありがとう、でもこれは俺の事だから俺が行かないと意味がないんだ。でも一緒に行ってくれると嬉しいな」
そう話すアルフォイは死地へ赴くような顔をしているが、やはり目は若干死んでいる。
「それぐらい別にいいわよ。というか私もそこに戻るし……あ。そういえばゼビウスも戻ってきてるからゼビウスにも話さないと」
「うーん、どんどん増えてく……でもやるしかない。何か救いはある筈、王都在住の人じゃなくて良かったとか、部下や大臣じゃないのも不幸中の幸い、だよね……うん……」
何とか立ち直ろうとしているアルフォイだが、最終的に諦めの境地に至ったのか哀愁漂う笑顔を浮かべるしかなかった。
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