第111話 従魔

 街につくとシスはまず冒険者ギルドへ向かった。

 

 そのつもりはなくともまた何か問題を起こして弁償になった時、ゼビウスに迷惑をかけたくない。


 その為にも早くお金を稼ぐ必要がある。


 まずはCランクに上がろうと依頼板を確認するもここにもワイルドウルフの依頼はなく、丁度新人冒険者達が薬草採取などのDランク依頼を全て受けたのかシスが受けられるものは一つもなかった。


「まあ依頼はなくても薬草の買い取りはいつでもしてくれるみたいだし、ランクも急ぐ程じゃない」


 少額でも貯めていけば問題はない。

 だから焦る必要はないとシスは自分に言い聞かせた。


 ちなみに魔物は全て腹の中にいくので、よっぽどの事がない限り魔物を買い取りに出すという考えは基本シスにない。


 とりあえず依頼は諦め森へ向かおうとした時、何かの気配を察し素早く横に避けるとすぐ側を何かが勢いよく通り、ビタンッと依頼板に当たり床に落ちた。


「……首輪」


 それも普通の首輪ではなく、魔物を強制的に従わせる為の契約印が施されている黒い首輪。


「ちっ、外したか! 皆下がって! この魔物は私が相手するわ!」

「は?」

「上手く姿を変えているみたいだけど騙されるものですか! この街を襲わせはしない!」


 一人で何か盛り上がりながら次々と首輪を投げてくる金髪の女性をどうするべきか考え、一応護身の為に札を取り出した時だった。


「え!?」


 女性とシスを分けるように薄紫の壁が現れた。

 しかし既に投げられた首輪はすり抜けてしまい、シスはこれも難なく避けた。


「あ、やっぱり従魔関係もダメか」

「ムメイ!? 何故ここに!?」

「私も言えた義理じゃないけどシスも結構絡まれやすいのね、大丈夫?」

「あ、ああ、これぐらいなら……って首輪か!」


 ムメイは呪いへの耐性が全くない。

 以前に渡したブローチのおかげで多少はマシになったようだが、それでもこの首輪の力に引き寄せられてしまったらしい。


 このままではムメイはギルドから出られなくなってしまう。


 シスは慌てて周りに落ちている首輪を集めると素早くまとめてそこに札を貼った。

 これでムメイは首輪の力に引き寄せられず、ギルドから出られるようになる。


「ムメイの方こそ大丈夫か!?」

「えっ、うん……それより触っていいの?」

「これぐらいなら問題ない。それより……」

「ちょっと貴女! そいつは人じゃなくて魔物よ! 早く離れなさい! 食べられるわよ!」


 すっかり女性の事を忘れていたが、相手は相変わらず首輪を手にしている。

 シスだけなら何の問題もないのだが、ブローチがあるとはいえ完全に安全というわけでもないのでこのまま放置するわけにはいかない。


 しかしシスが行動を起こすより早くムメイがシスを庇うように女性と正面から向き合った。


「シスが魔物なのは知っているわよ。人を襲ったり食べたりしない性格だって事も」

「え? あっ、でも子供や年寄りが襲われたらどうするの!」

「そんな性格じゃないって言っているじゃない。そもそもシスは冒険者ギルドに登録している立派な冒険者なんだから、そんな事したら規約違反になるわよ」

「それよ! こいつは魔物である事を隠して冒険者になっているのよ!? 従魔になっていない野生の魔物なんかを街にいれて街の人達が襲われたらどうするの! 真っ先に子供や年寄りが狙われるのよ!?」

「隠していないわよ。ギルドカードにはちゃんとシスがオルトロスだと記されているし、登録はターチェスのギルドマスターがしていたから信じられないのなら確認したら?」

「そんなっ、で、でも、ちゃんとその魔物を躾ける人がいないと暴走した時どうするの! 真っ先に狙われるのは子供や年寄りといった弱い人達なのよ!?」


 ムメイが何を言ってもシスの危険性を主張してばかりで話の終わりが見えない。

 シスだけでなくムメイもうんざりとした表情をしている。


「……ねえ、貴女はさっきから同じ事しか言っていないけど他に何か言えないの」

「何がよ」

「子供と年寄りが襲われたらどうするって。シスは冒険者ギルドに登録しているし種族も隠していない。登録に関してはギルドマスターが直に対応してシスなら大丈夫だと冒険者に認定してくれている。依頼だってしっかりこなしている。それでもまだ文句があるの?」

「なっ! だから! 私が言っているのは従魔登録していない魔物を放置しているのは危ないと言っているの!! 街を魔物の脅威から守るのは冒険者として当然でしょ!! って! 貴女奴隷!? 永久奴隷が人に向かって偉そうに意見しないでちょうだい!!」


 それでも似たような事しか言えない女性だったが、ムメイの首にある模様に気づき指摘すると周りの空気が変わった。


 魔物どうこうよりも、永久奴隷がいる方が冒険者にとっては問題らしい。


「……ムメイ、ここは去ろう。このままじゃムメイが危ない」

「シス。……ごめん、私のせいで逆効果になったみたい」

「いいや、首輪に引き寄せられたんだから原因は俺にある。とにかく早くここから出よう」

「待ちなさい! 魔物も永久奴隷も! このまま放置するわけにはいかないわ!」


 もう何個目か分からない首輪を投げつけられ、シスは避けずにそのまま掴んで神通力を流すと首輪は灰のようになり散ってしまった。


「……さっきムメイも言っていたが、冒険者ギルドの規約に冒険者が意味もなく冒険者を攻撃して怪我を負わせるのは違反だとあったな。あと確か人を攻撃するのも犯罪だと」

「だ、だから何よ。魔物や奴隷には関係ない事でしょうっ」

「俺はお前と同じ冒険者だ。次も首輪を投げてみろ、攻撃とみなして反撃するぞ」

「ひっ」


 ギロリと先程までとは全く違う、本気の敵意で睨まれ女性が怯んでいる内にシスはムメイを連れてギルドを出て行った。


「災難だったな」


 ギルドの入り口のすぐ側でヴィルモントが壁にもたれていた。

 どうやらギルド内の騒ぎに気づきシス達が出てくるのを待っていたらしい。


「ずっといたのか?」

「そんなには。明らかに何かの力で引き寄せられているムメイを見かけたからな、少し気になっただけだ」

「ほとんど最初からじゃない。何で中に入らなかったの?」

「あのまま入ってもよかったんだが、このまま放置した方が私としては楽しめそうな結果になりそうだからそうしただけだ。それよりも疲れただろう、今の私は機嫌がいい。お前達を労い何か奢ってやろう、行くぞ」

「ええ……」


 そのまま有無を言わさず歩き出したので、シスとムメイも慌てて後を追った。


 ******


「待ちなさい!」


 屋台で軽く食事を済ませ街を歩いていると誰かに呼び止められ振り向けばまたあの女性だった。

 しかし今回は隣に衛兵が二人いる。


「またかよ……」

「野生の魔物が街に入っているのに放置なんて出来るわけないでしょう。さあ、私が責任持って従魔にしてあげる。もしも抵抗するというのなら衛兵達と私で始末してやるわ」


 女性が片手を上げると側にいた衛兵達が腰に差してある剣に手をかけた。


 シスとムメイも身構え一触即発になりそうな空気だったが、ヴィルモントは全く気にする様子もなく衛兵達の間に入ってきた。


「野生の魔物? 一体何処にいる」

「そこの黒髪の男よ。人の姿に化けているけど私の魔法で魔物だって事は分かっているんだから」

「なるほど。だがシスは私の従魔だ、お前の言う野生の魔物には当てはまらんぞ」

「は」


 そう言った瞬間の女性の顔を見たヴィルモントは心底楽しそうな笑みを浮かべた。

 いつかの罠にかかって喜ぶトクメと同じ顔をしている。


「シスが誰とも従魔契約を結んでいないと先程知ったのでな、それならばとお互い話し合い同意の上で契約した。だからここにはお前の言う野生の魔物は何処にもいない」

「そ、そんなっ。私が先に見つけたのに……!」

「順番は関係ないだろう。ああ、人に姿を変えられて、しかも会話が可能な魔物は珍しいから従魔にして自慢したかったか。それとも何処かの好事家や研究所にでも高値で売りつけて、一生遊んで暮らすのもありだったか?」

「ちょっ、なっ、何でそれを……!」

「ほら衛兵共、何を突っ立っている? そこの女は私の従魔を奪おうとしているのだぞ。他者の従魔を奪うのは立派な犯罪だ、さっさと捕まえろ」

「わ、私はそいつが従魔になったなんて知らなかったんだから悪くないわよ! 従魔だともっと早く言えばこんな事にならなかったんだから悪いのはそっちよ!」


 言いたい事を言うとそのまま女性は走り去り、事態をあまり把握していない衛兵もヴィルモントが軽く説明すると敬礼して去っていきようやく静かになった。


「……もしかしてあの女の行動を読んで私達を連れ回した?」

「建物の外からでもあの女の考えが流れてきたからな。こういう行動を取るのも簡単に読めた」

「だったらさっさと中に入ってそれを言えば簡単に解決したんじゃ……」

「それだとあの女が恥をかくだけで終わってつまらん。やるからには相手が目的を達成したと確信したところまで調子に乗らせてから徹底的に叩き潰さんとな、面白くない」


 そう言って楽しそうに笑うヴィルモントにシスはちょっと引いた。


「ゼビウス並みに性格悪くないか……?」

「どちらかと言うとトクメに似た性格じゃない?」


 ******


 街では何事もなく一日を過ごし、珍しく平和だったなとそんな事を考えながらゼビウスが街を出た時だった。


「シス、元の姿に戻れ」

「? ああ、分かった」


 後ろでヴィルモントがシスに命令しているのが聞こえ、振り返れば何故かシスは言われた通り元の姿へと戻っている。


 何故シスが素直に従っているのか分からず黙って様子を見ていると、ヴィルモントは極自然にシスの背中へ横向きに座った。


「よし、いいぞ」

「いやよくねえよ、お前何してんの」


 思わず口に出てしまい歩き出しそうなのを止めるとシスとヴィルモントに不思議そうな顔をされたが、どう考えても不思議なのはゼビウスの方である。


「言ってなかったか? 私とシスは従魔契約を結んだのだ。だからこのように従魔に乗って移動するのは別段おかしな事ではない」

「は?」

「あ、そういえば言うの忘れてた」


 本当にうっかりという感じで昨日の出来事を説明され、ゼビウスは納得はしたがそれでも渋い顔をしている。


「シスがそれでいいならいいけどさあ……お前父親がいる前でよくその息子に乗れるな。どんな神経してんの」

「人の上に立ち人を治める立場にいるからな、従魔の父親が側にいようが神だろうが、そういうのを気にするような神経は不要だ」

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