第108話 お触り厳禁

 夜も更け人通りもほとんどない街の中をダルマは歩いていた。


「おい姉ちゃん、こんな夜中に一人で歩いてちゃ危ないぜ」


 背後から声をかけられ静かに振り向けばそこにはマントを羽織った男性が二人。

 動きやすそうな服装をしているその男性は普通の冒険者に見えるが、ただ立っているだけのその姿に隙はなくただ者ではないことが窺える。


 しかしダルマが一番気になるのは腰に差されている拳銃だった。

 普通の拳銃にはない銀で作られた十字架が装飾され、更にその反対側には透明の液体が入った細長いガラス管が幾つも見える。


「はて危ないとは? そなたら以外にここを歩いている者はおらんぞえ」


 既にこの男達が何者か検討はついているが、素知らぬふりをしてダルマは話を続ける。


「ああ、だがここには人を騙しその血を吸うおぞましい化け物、吸血鬼がいるんだ。この街を治めている四大貴族の一人ヴィルモントがな。奴は前から吸血鬼疑惑があったがいつもとのらりくらりと交わしてきた。だが他の奴はともかく俺達にそんな子供騙しは通じねえ、奴の悪行も今夜で終わりだ」

「んん、おかしいのう。確かにヴィルモントは吸血鬼ではという噂は広まっておったが街の者、特にレストランやカフェを経営している者がヴィルモントは常連で朝限定メニューを食すために朝から来店しておるし、住民達も外出して外を歩いているのを何度も目撃しておると証言して言っておったぞえ」

「それこそ奴が吸血鬼である事を誤魔化す為の罠だ」

「ああ、わざとそうやって昼間に歩く事で吸血鬼ではないと騙しているんだ」


 自信満々に言い放つ男達の態度と聞こえてくるヴィルモントを侮辱する心の声に、ダルマは溢れてくる感情をそのまま笑顔に変える。


「そんな事を言っておっては全ての人間が吸血鬼という事にならんかえ」

「そうだ。吸血鬼のような狡猾な奴を見つける為には全ての人間を疑わなきゃいけねえんだ」

「吸血鬼の見分け方は色々あるが、一番確実なのは心臓に杭を打ち込む事だ。それで灰になったら吸血鬼だという何よりの証になる」

「ほう、じゃがそれでは人間も普通に死なぬか?」

「その時はそいつは普通の人間だったと証明出来たって事だ。吸血鬼という疑惑が出たのなら命をかけて証明するべきだろ」

「それに疑われるような事をする方に非があるってもんだ。あのおぞましい化け物の被害を少しでも減らす為に必要な犠牲ってやつだな」

「なるほどのう……あいよく分かった」


 この男達は救いようがなくどうしようもない。

 このままではせっかく吸血鬼疑惑が晴れかけているヴィルモントが殺されてしまう。


 ならばダルマの取る行動は一つ。


「しかし妾は吸血鬼よりももっと恐ろしい、世界で一番と言っても過言ではないほどの化け物を知っておるがそなたらは知らぬか?」

「吸血鬼以上に? 鬼や人狼か?」

「いいや。……ところで話は変わるが妾のこの服は他と少し変わっていての、伸縮性に優れていてどれ程引き伸ばしても破れる事はない」

「あ? ああ」

「あと妾の服は普通とは違ってこんな感じでの」


 そう言うとダルマは自分の服の胸部分を掴み軽く左右に引っ張った。

 それだけで服は下まで一気に開きかなり際どいところまではだけたが肝心の部分は見えない。


 しかし少しでも動けば見えそうな程ギリギリで、男達の視線はそこに集中し唾を呑む音も聞こえる。


「簡単に脱げるようになっておるのじゃ。何故だか分かるかえ?」

「何故って……誘ってんのか?」

「……それはの」


 男達が手を伸ばしてきたのをサッと身を引いて避けると同時にダルマは元の姿に戻り、そのままいきなりの事に驚き動けない二人を頭から丸呑みにした。


「こうして元の姿に戻った時に、破れたり締めつけられんよう伸縮性に優れて尚且つ簡単に脱げるようになっておるのじゃ」


 飲み込まれた二人は中から出ようと暴れているのかダルマの腹がボコボコと動いている。


「ふはっ、あまり叫ばんでくれんかの。くすぐったくてたまらん」


 腹はかなり激しく動いているがダルマは特に苦しむわけでもなく、しかしこそばゆいのに耐えられなかったのかとぐろを巻き男達を飲み込み膨らんでいる部分を軽く締めつけた。


「そうそう、先程言っておった吸血鬼よりも恐ろしい化け物じゃがの。それは子に害を加えようとしている者や傷つけた者を見つけた時の親じゃ。子を守る為ならば親は何ものにだってなるし何だって出来る。……たとえその子から疎まれ嫌われる事になったとしてもな」


 しばらくして男達の動きが鈍くなってきたところでダルマはようやく男達を吐き出し再び人へと姿を変えた。

 そして男の横にしゃがみ込み、ドロドロに溶けて顔が分からなくなった皮膚を確認するように指でなぞっていく。


「うむ、命に別状はなし、服や装備は溶けておらんから身元を調べるのにそう時間はかからんじゃろ。後は……目は溶けているから妾の姿を見る事はなく耳も聞こえぬから妾の事を聞かれても答えられる心配もなし。ん? おお、叫んでおったから舌も溶けて話せぬとは、くすぐりに耐えた甲斐があったの。指は……動かせるが見えぬ聞こえぬでは書きようがないな。ははっ、これなら妾の行動が他者の者にバレる事もなくヴィルモントは安心して過ごせるの」


 確認を終えるとダルマは立ち上がりその場を去り、残ったのはただ呻く事しか出来ない男達だけだた。


 ******


 早朝、ダルマはヴィルモントに城へ呼ばれ言われたわけではないが床に正座していた。


 目の前には一枚の紙を持ち仁王立ちしているヴィルモント。


 まだ何も言われていないのだが、ヴィルモントの視線や漂わせてくる空気の冷たさが昨日の事について既に知っていると心を読むまでもなく伝わってきている。


「……今日早朝、二人の男が全身溶けた状態で発見されたそうだ」

「ほ、ほう、そうなのかえ」

「男達はどちらも命に別状はないが目や耳は使いものにならず舌も溶けて話せない。更には精神も錯乱状態にあり何が起きたか全く把握出来ない状態だ」

「そ、それは……えーと……」


 それでもヴィルモントは何も知らないかのように話し、それに対しダルマはひたすら冷や汗をかき目を泳がせる事しか出来ない。


 しばらくは黙って待っていたヴィルモントだが、一向に話そうとしないダルマに諦め深いため息を吐いた。


「……男達の最後の目撃情報では酒場で大量の酒を飲んでいたそうだ。そして丁度その頃街中にスライムが侵入してきたという情報もある」

「?」

「恐らく酔った男達はスライムを退治しようとするも足を滑らせスライムの上に転倒。そのまま取り込まれ消化されそうになったのをすんでの所で脱出、撃退に成功するも身体の消化状態は酷く完治は不可、といったところだな。まあスライムによる事故は稀にある事だ、不審に思う者はまずいない。特にこの街では」

「それはつまり……」


 ダルマの行動をしっかり理解した上で庇ってくれた。


 先程までまともに顔も見れなかったダルマだが、今はしっかりとヴィルモントを見上げ瞳もキラキラと輝いている。


「言っておくがお前が何をしたのかは私だけでなく四大貴族全員が知っている。クラウスがそういった情報の把握と操作を担当しているから以後気をつける事だ」

「……っ! ヴィルモントー!!」


 感動と嬉しさのあまりヴィルモントを抱きしめようと立ち上がり勢いよく突進していったダルマだが、ヴィルモントに触れると同時にその勢いを利用され見事な一本背負いを決められた。

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