第69話 シスの回復

 トクメとムメイが回復し、イリスはまだ動けないが容態は安定している現在、シスだけが未だ動かずにいた。


 ムメイ達と違い普通に話してはいるのだが、あの戦いからずっと魔物の姿のまま食事にも出ず伏せの体勢から動こうとしない。

 かろうじて水は飲んでいるのだが、それもウィルフに頼み器に注いでもらっておりそれ以外はほとんど何も口にしていない。


「全く何も食べていないわけじゃない」

「そうだな。だが部屋にある観葉植物は食事に入らない上に備品扱いだから怒られるぞ」


 ウィルフが指差したのは観葉植物が植えられている鉢。

 しかしその葉っぱは全てむしられシスの腹の中へとおさまっている。


「どこか怪我をしているとか、病気にでもなったのか?」

「いやそんなんじゃない。少し寝てればそのうち治る筈、だ」


 既に十日過ぎていて『少し』は長すぎると思ったが、ウィルフに出来る事は何一つない。

 一応トクメも部屋にいるのだが、全く会話に入ってこないどころか顔すら上げずに本を読んでいる。


 心の底から微塵も興味がないのか完全に無視しているのか。

 恐らく両方だろうが、聞いたところで以前の食中毒のような荒治療になってもシスにとってはよくないと判断しウィルフは何も聞かない事にした。


 ふう、と一つため息をつくと同時にドアをノックする音が響き、開けるとそこにはムメイがいた。


「ムメイ? どうした?」

「ん? ここに来てからシスの姿を一度も見ていないからどうしたのか気になって来たんだけど……」


 ムメイはウィルフ越しにシスの姿を見て軽く部屋の中を見回すと言葉を止めそのまま口に手を当て黙り込んでしまった。


「ムメイ?」

「ああ、うん。シスの顔も見れたしちょっと出かけてくる。すぐ戻るから」


 ムメイはそう言うとウィルフの返事も聞かずに目の前から姿を消してしまった。


 そしてその数分後、黒い霧とともにバチバチッという電気の走る音がウィルフのいる部屋に響く。


 ゼビウスが現れる前兆を何度か経験しているウィルフは黒い霧が出た瞬間に身構えシスは身体を固くし、トクメは読んでいた本を閉じ部屋から出て行こうとしたところで頭を掴まれ動きを止められた。


 トクメの頭を掴んだのはゼビウス。


「よお、何で逃げようとした?」

「別に逃げようとしたわけではない。逃げるつもりなら私は転移魔法を使っている」

「はーん、じゃあ部屋から出るなよ、ここにいとけ。で、シス」


 適当な返事をしつつゼビウスが視線をやればシスの身体がビクッと跳ね上がった。


「……うん、ムメイちゃんから聞いてもちょっと信じられなかったけど本当これ……うん……」


 ゼビウスは見ただけでシスの不調の原因が分かったみたいだが何故か目が遠くなっている。


「ムメイが嘘をついていると言いたいのか?」

「お前ちょっと黙ってろ。いやダメだ、話せ。お前気づいてたろ? シスの事。なら数日前に冥界来た時に言えよ、普通に話す時間あったろ」

「シスの様子について聞かれなかったから話さなかっただけだ。それに神界から帰った直後にシスと会っていたからとうに知っていると思っていたが」

「俺あの時結構ハイになってたし、シスとの会話はそこそこにして時喰い虫ちゃんとムメイちゃんのフォロー優先したんだけど? 恩を感じているなら手伝えよ」


 返事を聞く前にゼビウスはトクメの首根っこを掴むとシスの前へしゃがみ込んだ。

 トクメも特に何か言い返したり抵抗しない辺り一応恩は感じているらしい。顔はかなり嫌がっているが。


「さて、あれから何日……一週間は過ぎてるか。よく頑張ったなシス、すぐ楽になるからな」


 ゼビウスが優しくシスの腹を撫でるとその部分が淡く光り、中から何かがゆっくりと飛び出してきた。


「は……? 剣?」


 シスの腹から出てきたのは真っ二つに折れた見事な剣が一つ。


「ただの剣じゃないぞ。これは絶対に折れないって人の間では評判の神剣エクスカリバーだ」

「正しくは人やエルフなどの作った剣に対してなら絶対に折れない、だ。古龍ぐらいなら多少苦労するだろうが折れる程度の強度と言ったところか」


 古龍が苦労する程の強度を誇る神剣をオルトロスが噛み砕きしかも飲み込んだ。


「どうすれば飲み込むなんて事になるんだ?」

「口の中に剣を突っ込まれてそのまま貫かれそうだったから……。噛み砕かなかったら頭を斬り落とされていたと思うとこう……勢いとノリでそのまま飲み込んだ」


 さっきまで動かなったシスは異物が取れたからかまだオルトロスの姿のままだが先程より顔色も良く、体勢も伏せから今は背筋をピンと伸ばしてお座りの姿勢になっている。


「あ。だからずっと動かなくて食べることも出来なかったのか?」

「う……まあ、その……動いたら腹が斬り裂かれそうで……怖くて」


 床に置かれている神剣は二つに折れてはいるが鋭さはあり触るだけでも斬れそうで、それを飲み込んだとなれば確かに怖くなる気持ちは分かる。


「しかし勢いとノリだけでこんな事出来るのか?」

「出来るだろ。俺だってめちゃくちゃテンション高くて更に勢いとノリがあればトン越えの目玉片手で投げ飛ばせるし。シスは俺に似てるなー」


 ワシャワシャと嬉しそうにシスの頭を撫でるゼビウスに、シスも嬉しいのかパタパタと尻尾が振られている。


「……投げ飛ばされた事あるのか……」

「ゼビウスのハイテンションは脳のリミッターが外れて感覚が鈍るからな、ついでに理性と常識も何処かへ飛んでいく。酒酔いと同じようなものと思えばいい」


 言外に投げ飛ばされるような事は何もしていないと言いたいらしい。


「まあ、シスが元気になったのならよしとするか」


 恐らくゼビウスとシスもようやくゆっくりとした時間を過ごせたのだから良いのだろうと、ウィルフはあらゆる疑問を無理矢理脳内に押し込んで納得させた。


 ******


 今ウィルフ達が泊まっている宿は一階が食事場所になっている。なので食事をする時は一階へ降りてくる必要がある。


 トクメは一応回復しているとはいえまだ万全ではないのか部屋で休み、ムメイは動けないイリスと共に部屋で食事を取っている。


 シスは完全に元気になり食欲も戻ったらしく森へ狩りに行きこの場にはいない。

 

「それにしても観葉植物の葉を食べる程腹が減っていたのなら言ってくれればちゃんと用意したというのに」

「宿の人には説明したの?」

「ああ、あの後俺とシスで話にいってちゃんと謝って弁償だけで済んだ」

「また? 前も何か弁償していなかった?」

「あれは……」

「あー!!」


 いきなり聞こえた女の子の大声にウィルフはルシアと共に立ち上がった。


「お母さん! 猫ちゃんが葉っぱ食べてる! お腹壊しちゃう!」


 見れば確かに黒猫が鉢植えの植物もモシャモシャと食べている。

 事件ではないと安心してひとまずウィルフ達は椅子に座り直した。


「大丈夫よ。この葉っぱはね、猫ちゃん達専用のお薬なの」

「お薬? 病気なの?」

「病気じゃないわ。この猫ちゃんはたくさん食べすぎちゃったから早く消化しようとしてこの葉っぱを食べているの」

「消化? 猫ちゃん葉っぱ食べてたくさんご飯食べようとしているの?」

「ええ。葉っぱを食べて、またすぐに美味しいお肉やお魚をたくさん食べれるようにしているの。だからむしろ元気いっぱいよ」

「そっか、良かった! 猫ちゃん、葉っぱ食べてご飯たくさん食べてね!」


 そんな和やかな会話に、ウィルフの脳内に幾つかの単語が引っかかった。


 部屋の観葉植物の葉を全て平らげたシス。

 神剣を飲み込み消化不良を起こしていたシス。


 消化を助ける効果のある葉。


「……(まさか神の造った剣を観葉植物の葉で溶かそうとした……?)」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る