第68話 雑談
テーブルには小さめなティーポットと二つのティーカップが置かれていた。
白い陶器に小さな紫の花が描かれた可愛らしいティーポットを持ち上げると、ゼビウスはまず相手のカップへ傾けた。
可愛らしいだけでなく、どこか上品さも感じるティーポットから注がれる液体の色は緑。
「……緑茶か」
「抹茶の方が良かったか?」
「私は紅茶でも構わん」
「俺が嫌なんだよ」
ささやかな嫌がらせとして並々注がれた緑茶を、ようやく魔力枯渇から回復したトクメは難なく持ち上げ優雅に飲み始め、ゼビウスはつまらなさそうにしながらも自身のカップにも緑茶を注ぎ飲み始めた。
「それで、今日は何の用で来たんだよ」
「ちょっとした雑談だ。しかし、この数日で大分変わったな」
そう言ってトクメは辺りを見回すが、屋敷の中は何の変化もない。
しかしゼビウスは嬉しそうに口角を上げた。
「やっぱ分かる? まあお前なら分かるか。もう邪魔者も反逆者も、気に入らない奴は全部まとめて一緒くたに出来るのはいいな。おかげで見回りの必要もなくなったし、仕事も楽になった」
「なくしたりはしないのか」
「流石に。俺にも良心というものはある」
「そうか」
ゼビウスの戯言を軽く流しトクメはおかわりのお茶を注ぐと少し悩んでから角砂糖を二つ入れた。
「そうだ、事後承諾になるが先程神界に誰も出入り出来ないよう結界を張ってきた。なのでお前は勿論誰も、私の許可なしに神界へ出入りできん」
「ああ、いいよそれぐらい。全く興味ないし。……いやあるか? 世界樹使ったら出てこられない?」
「だから持ってきた」
「は?」
「神界の価値ある物は全て持ってきた。世界樹も本も、あと神族にこき使われていた精霊や妖精も全員連れ出した」
「全員……全部? つまり今神界って……どんな状況?」
「更地というより荒地だな。屋敷はいらんから置いてきたが生活を支える者も物資もない。蓄えも全て持ち出した」
ポカンとゼビウスは口を開けたまま固まっていたが、暫くして口元を押さえながらブルブルと震えだした。
「全てって。価値ある物全てって……! お前、最っ高……!!」
大声で笑い出さないよう気をつけてはいるが、耐えきれずにゼビウスはバシバシとテーブルを叩いた。
振動でカップの中身が揺れるが溢れる様子はない。
「え、じゃあ神界はもうお終い? 世界樹ないし実りも何もなくただ緩やかに滅亡していくのを待つ事しか出来ないわけ? 神族全滅じゃん!」
「自分の種族を忘れるな。それとお前以外にも神界にいない神はいるぞ」
「ああ、リビウス? あいつも神界放り込めばいいのに」
「海を管理出来るのか? 私にはれっきとした良心があるからリビウスは放置だ。あとはカイネに、もう神ではないが一応カイウスもだ」
カイウスの名前を出した瞬間、ゼビウスはテーブルを叩くのを止めた。
「……何やった?」
「ディメントレウスの造った転生魔法をな、かけてやった」
「転生魔法? 他のとは違うのか?」
「ああ、全く違う」
ディメントレウスの造った転生魔法は言い換えれば主人公になる魔法。
「主人公?」
「そうだ。物語の主人公は大抵特別な事情から強い力を持ち、必要以上の苦労を背負いありとあらゆる災難に見舞われるだろう? ディメントレウスはそれを自分の息子に当てはめようとした」
ディメントレウスの転生魔法は記憶を完全に封じ、ありとあらゆる運に見放され最底辺の生を歩む事になる。
記憶を失くしても力はあるが、環境と人、運に恵まれなければ発揮し難い。しかしそれを乗り越えてこその主人公である。
「どういう思考をしているのか理解は出来ないけどディメントレウスがクズなのは理解した。元々知ってたけど」
「ロマンチストなんだろう、この魔法の発動条件の一つに対象に密着している事とあるからな」
「は?」
「ハグだ。記憶は完全に封じられるが転生の寸前だけは僅かに残る。つまり親からの愛情のハグが唯一の記憶でありそれを希望に最底辺の状況からでも絶望せずに這い上がる気力が湧き上がり……」
「ますます分からん。つかハグ……え、カイウス抱き締めたの」
「ああ、魂を思い切り握り締めておいた。一応可能な限り物理的にも近づいてはおいたから転生魔法自体は問題ないだろう」
「ふーん」
話に区切りがつきゼビウスは冷めた緑茶を一気に飲み干すと新しくお茶を淹れなおした。
二杯目の緑茶にゼビウスは砂糖ではなく蜂蜜をいれ丁寧にかき混ぜる。
「まあ不安要素はあるけど俺達にそんな影響ないならいっか。カイネはどうせカイウスにべったりだろうし。……復讐に来るか?」
「カイウスの記憶が封じられたならむしろ感謝するのでは? 側にいられるのだから」
「それもそうか」
その後話はとりとめのないもので盛り上がり、それに比例して砂糖と蜂蜜の量も増えていった。
「え、俺の屋敷の裏に持ってきた世界樹植えたの?」
「事後承諾になると言っただろう」
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