第70話 似た者同士

「あらお兄さん、綺麗な顔しているわね」


 日も沈み始めた頃、宿へと戻る途中だったトクメに一人の女性が話しかけてきた。

 女性は二十代後半か三十代前半の至って普通の見た目をしているが、距離が近い。


 話しかけながら腕を組み、ぴったりと身体をくっつけられトクメの眉間にシワが寄った。


「そんな顔しないで。お兄さん今暇? いい店を知っているのだけど、これからどう? ここで会えた記念に一杯奢るわ。私はエレナ、貴方の名前は?」

「…………」


 トクメは黙ったまま女の首へと右手を回し、女はそれを了承と取ったのか更に顔を近づけようとして動きを止めた。


「え……え?」


 先程までどこか浮かれたような、うつろげだった瞳にしっかりとした光が宿る。


「あら、私、何でこんな……」

「記憶はしっかり残っているようだな。それで、いつまで私にしがみついているつもりだ?」

「あ、え……ごめんなさい! 私には愛する夫と子供がいるんです!!」


 女性は勢いよく離れるとそう叫びながら逃げるように何処かへと走り去ってしまった。


「……声をかけてきたのはそちらだと言うのに何故私から言い寄ったような言い方をする」


 一瞬先程の言動を本にして女の家族や親族にばら撒こうかと考えたトクメだが、右手に捕まえたままの存在を思い出し止めた。


 トクメの右手には小さな悪魔のような黒い生物がキィキィと鳴きながら逃げようともがいている。


「アスモデウスの使い魔か。誰かれ構わず声をかけているのかと思ったが、近くにいる者ではなく私に声をかけたのは何故だ? 魔力にでも惹かれたか」


 人妻エレナに取り憑いていた使い魔を目の前まで持ち上げるが、使い魔は相変わらずキィキィ鳴くだけで答える気はないらしい。


「そこまで知能が高くないのか? いや、これは……」


 使い魔から情報を引き出そうとしたが何も出てこない。


 つまり生物ではない。


 相手の正体にトクメが気づくと同時に使い魔はピタリと動きを止め、そのまま煙のように音もなく消えてしまった。


 手に残ったのは小さな黒い石が一粒。


「影か。ただの遊びか? はた迷惑な」


 結局その場では何の情報も得られず、ただ一方的に揶揄われただけで反撃も出来ずに逃してしまったトクメは自分の普段の行動を棚に上げて不満気な顔を隠すこともせず宿へと戻っていった。


 ******


「よっ、随分へそ曲げた顔してるけど何があった?」

「話を聞こう」


 部屋に入ると笑顔のゼビウスが椅子に座りこちらへ来るよう手を振っている。


 入った瞬間に何か言っていた気がしたが、それよりもどこか嬉しそうな顔のゼビウスの方が厄介だとトクメは色々諦め素早く話を聞く体制に入り向かい合うように椅子へ座った。


 今この部屋にいるのはゼビウスとトクメ、そして神妙な顔をしたムメイとシス。


 ムメイがいる時点でトクメに逃げる、避けるといった選択肢はなかった。


「話が早いと楽でいいな。実はこの間の戦いでレヴィアタン捕まえたんだけど、うっかり忘れて繋いだまま放置しててさ。で、今そいつの仲間が探し回ってるみたいであちこち痕跡辿っては色々やらかしてくれてる」

「……先程アスモデウスの影もどきに遭遇したのはそれが原因か」


 トクメが視線をやれば肩をビクつかせながらシスはベルフェゴール、ムメイは不満気一杯な顔でマモンの使い魔や影にちょっかいをかけられたと説明した。


「幸い俺は使い魔が相手だったから簡単に払えたから大した事にはならなかったが……」

「私も。何か色々言われたけど……言いたい事だけ言って消えたから何か凄くモヤモヤする」

「痕跡を辿るというよりほぼ特定されているではないか……」


 珍しくトクメが呆れたようにため息をつき眉間に手を当て軽く擦る。

 トクメだけ、やムメイだけ、ならまだしも元凶のゼビウスと関係ある者だけに絡んできている時点で完全にバレている。


「やっぱり? 俺のところには来てないけどシスにちょっかい出されると流石にさあ、分かるだろ。てなワケで、魔界にレヴィアタン返しに行くぞ」


 提案ではなく断言。しかもトクメ達全員を連れて行く気の発言にムメイとシスは「えっ」と驚き、トクメは意外そうな顔になった。


「まさか謝罪でもする気か?」

「まさか。シスにちょっかい出すってことは俺に喧嘩売ってるってことだから買ってやるだけ。ついでに恨み晴らしたい奴いるし、あとせっかく自由に地上歩けるようになったから俺もシスと旅行したい」


 何とも自分中心な発言だがトクメは特に何か言うことはせず言葉を飲み込む。

 嘘くさい作り笑いの笑顔に大体気づいていたが、やはり機嫌はあまり良くないらしい。


 以前シスを攻撃したことでゼビウスの怒りを買ったトクメとしては飛び火は避けたい。

 なのでここはあれこれ言うより素直に従いゼビウスの機嫌を取ることを優先させた。


「あ、あともう一つあった。まあコレはそんな大事じゃないからいいや。そんなわけだから、俺は今からちょっと準備しに戻るからシス達も準備しておくように、それじゃ」


 言いたい事だけ言うとゼビウスはそのまま冥界へと戻ってしまった。

 残されたトクメ達の間には微妙な空気が流れている。


「……イリスはまだ動けないんだけどどうするの……?」

「イリスだけじゃなくてウィルフやルシアの存在も完全に忘れているな……」

「……。まずはイリスの確認が先か。次にゼビウスが来る時までに準備を済ませておかないと拗ねて面倒な事になる、急ぐぞ」

「拗ねるの? ゼビウスが?」

「ああ、うん。絶対拗ねる」

「ムメイ、奴は年齢こそ立派だが中身はただの幼い子供だ。何よりディメントレウスの息子であのカイウスの実弟という事を忘れるな」

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