第53話 トクメの能力の恐ろしさ

 深夜、ウィルフは唐突に目を覚ました。

 あれからずっと眠っていたが、疲れが取れたのか空腹を感じて起き上がり、ふと隣のベッドを見れば丁度起きたらしいシスと目が合った。


 とりあえず何か食べに行こう。

 残念ながらイリス達はもう夕食を済まし寝ているので起こすつもりはない。


 問題はただ一つ。


 どうする? とウィルフが目で尋ねればシスは諦めたように首を横に振った。


 ******


 他の店は既に閉まっているからか酒場はそれなりに賑わっていた。


 とりあえず空いているテーブルに座り適当に注文をするが、酒は頼まない。

 料理が来るのを待ちながら、今も横でうつらうつらと船を漕いでいるトクメにウィルフは思わず声をかけた。


「眠いなら無理に来なくても良かったんだが」

「誘ったのはそちらだろう。ならば私の状態について文句を言うな」


 言っている事はキツイが口調は緩く、目もトロンとしておりいつもの堂々とした雰囲気は微塵もない。


 完全に寝ぼけている。


 シスとウィルフが酒場へ向かおうとした時、トクメはまだ普通に眠っていた。


 叶うならばこのまま起こさず放っておきたかったのだが、万が一出掛けている間に目を覚まされると厄介な事になる。

 目を覚まさなかったとしても、出かけた事は確実に気づかれる。


 置いてけぼりにされ拗ねたトクメの八つ当たりを避ける為、一応軽く声をかけた結果だった。


「おっと兄ちゃん達。ここは俺達の席だ、座りたいんなら他所に行きな」


 注文を待っていると見るからに厳つい男三人が笑いながら声をかけ、ここから一番遠い席を指した。


 明らかに挑発している。


 ガタッとウィルフ達全員が同時に席を立った。


「っておい! シス! トクメ! 何故大人しく席を譲る!」

「おいコラ! 誰がカウンターに座れっつった! 俺はあっちの遠い席に行けっつったんだよ!」

「近くに空いている席があるのだからわざわざ遠くまで行く必要はあるまい」

「席譲るだけで終わる話なんだろ、ならいいじゃねえか」

「てめえっ……! ふざけんな!!」


 男の一人がトクメに殴りかかろうとして、ゴツッと見えない壁に勢いよくぶつかりそのまま反動で尻餅をついた。


「『我終焉の刻を生きる者なり、闇こそが唯一の安らぎであり癒しである。沈黙は子守唄となり我が魂に安寧の時を与えん。深淵より差し伸べられし手は終焉というーー』」

「え、あ、あ……! なあああああ!! やめろ! やめてくれえええ!!」

「な、何だ? おい、どうした!?」


 トクメが何か呪文を唱えだすと、殴りかかろうとして壁にぶつかった男が急に苦しみだし頭を押さえながら勢いよく床を転がり出した。いきなりの奇行に側にいた男は怯み動揺している。


「呪いか何かか?」

「いいや、その男ケイトが十八の時に書いていたポエムだ」


 先程までの緩い口調と怪しい目が今はしっかりしており、手には三冊の本が持たれている。


 完全に起きたらしい。


「し、しっかりしろ! 別にそんな恥ずかしいもんじゃねえだろ!!」

「そうなのか? ならばお前が十七の時に向かいの家に住んでいた幼馴染のキャリーに書いた恋文を読み上げるとするか。『君は僕にとって夜空に輝くシューティングスターだ。僕は人生という闇夜を彷徨い道を見失っていたが、君という希望の星に照らされーー』」

「ちょっ、なっ、何でそれをっ、いやそれ以上読まないでください! お願いします!! 席譲らなくていいですから!! すんませんっしたあ!!」


 見事なまでの身代わりと土下座だった。


「何舐められてんだテメェら」

「あ、兄貴……!」


 兄貴、と呼ばれた二人よりも厳つくかなりの強面な男が前に出てきた。

 男はトクメに臆することなくそのままギロリと睨みつける。


「おい、どうもこいつらの同郷みたいだが俺にそんな手は通用しな……」

「ジュリアン、リリアン、マリアンヌ」

「なっ……!」


 三人の女性の名前に男の動きが止まる。


「ディゲル、その厳つい見た目とは裏腹に小物などの手芸用品や菓子などを作るのが大好きで特に気に入っていたのが初めて作った熊と兎と猫のぬいぐるみ。三姉妹の設定で名前までつけ親友とも言える存在であったが、ある日友人に趣味がバレ周りに言いふらされ笑い者にされたのをキッカケに唯一の理解者である母にぬいぐるみ三姉妹を託し街を出る。それからは見た目と周りの評価通りの振る舞いを続け今に至る、と。ああ、それでも趣味は捨てきれず隠れて刺繍したり小さなぬいぐるみを作っては匿名で孤児院などに寄贈しているのか」

「な、なっ、なっ……!」


 ディゲル、と呼ばれた男は顔どころか首や腕まで真っ赤にしてプルプルと震えている。

 殴りかからないあたり、どうやら本当の事らしい。


「え? あの顔で手芸?」

「泣く子も黙る程の怖い顔してぬいぐるみとか……」

「うっわ、俺のラブレターは若気の至りで誤魔化せるけど兄貴の歳で今も可愛い物好きとか……」

「な、これなら俺のポエムの方がまだマシだよな」

「あ、うあ……うおおああああー!!」


 ヒソヒソと囁く野次馬の声にはまだ耐えれていたが、弟分の言葉がトドメとなったのかディゲルは雄叫びを上げながら店から出て行ってしまった。


「あ、兄貴!?」

「俺達どうすりゃいいんだよ……」

「やる事がないのなら作ってやろう」

「え?」


 気づけばトクメの両手にはそれぞれチラシのような物が大量に乗せられている。


「これは先程私が読んだお前達のポエムや恋文だ。ちなみにこれはただの紙ではなく私の魔力を具現化させたもの故、経年劣化は勿論水にふやけたり燃えたりする事なく永遠に残り続ける」

「ちょ、ちょっと、なあ、まさか……」

「それぞれ百枚ずつだ。ちゃんと名前と街の出身を記入したので誰が書いたかすぐに分かる。……どこまで広がるか楽しみだな」


 その時丁度店の入り口から強い風が入り込み、トクメの手に乗せられていた紙はそのまま全て窓から出て行ってしまった。


「あ、ああ……嘘だろおおお!!」

「急げば間に合う筈だ! 俺のも見つけたら回収してくれ! お前の見つけたら俺も回収するからあ!!」


 あまりのタイミングの良さに一瞬呆けた男達はすぐさま我に帰ると、半泣き状態で紙を回収する為転げるように店を出て行った。


「なんだ、手芸趣味よりマシではなかったのか。それならもう少し増やしておけば良かったな」


 トクメはそのまま何事もなかったかのように再びテーブル席へと戻り、いつの間にかテーブルに置かれていたチーズスティックを齧った。


 珍しく素直に席を譲ったと思っていたが、やはり寝ぼけていたらしい。


 とはいえ完全に起きた今、このままカウンター席に座り続けるのも癪らしくわざわざ戻ったみたいだが、はたから見ればあっちに行ったりこっちに来たりと忙しない。


 ウィルフは元々譲る気もなかったので再びテーブル席へ戻ったが、シスは移動した席から動く気配がない。


「シス、こっちに来ないのか?」

「ん? ああ、もういいのか」


 シスもいつの間にか魚の丸焼きを注文しており既に半分以上食べていたが、素直にこちらへと移動してきた。


「……まともに男の挑発を受けた俺は何だったんだろうな……」


 何とも言えない虚しさに包まれながらウィルフは静かにテーブルへ着いた。


 ちなみに手芸趣味と可愛いもの好きを暴露されたディゲルは、どう振舞ってもバレるならといっそ開き直り故郷へと帰りぬいぐるみ三姉妹と再会。

 当時のまま大事にされていたぬいぐるみに涙を流し、母と話した結果家を手作り手芸品店に改築し店は大成功。嫁と子供、更に弟子にも恵まれ良い人生を送る事になるのをトクメは知らない。

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