第54話 Aランクの弊害

 Aランクになったのは間違いだっただろうか。


 ウィルフはちょっと後悔していた。


「あの〜、私達Bランクなんですけどぉ、良かったら一緒に依頼を受けませんか?」


 現在ウィルフは二人の女性に声をかけられ困っていた。

 話しかけてきたのは内側にくるりと巻かれた金髪が特徴のおっとりした雰囲気の女性だが、隣に並んでいる短い赤茶髪の女性は何故かシスを睨んでいる。


「悪いが一緒に行く相手はもう決まっているんだ、他を当たってくれ」

「え、でもでもぉ、数は多い方がいいですよ。それに、私これでも高威力の魔法を無詠唱で使えるんですよ」


 同じ依頼を知らない冒険者同士で受ける事はお互い合意の上であるなら特に問題はなく、そう珍しくもない。

 大体は依頼を確実にこなす為だが、中には目当ての相手と仲良くなるきっかけ作りに声をかけられる事もある。


 今回声をかけてきた金髪の女性は明らかに後者だった。


 現にウィルフが断っても諦めずに渋とく食い下がってくる。

 シスは適度な距離を取り傍観しているが、ルシアがキレた。


「あなた達! ウィルフは断っているのだからさっさと諦めてどっか行きなさいよ!」

「あら、貴女この人の妹さん? お兄さんそっくりね。ねえ、私達と一緒に行きましょう。さっきも言ったけど私は魔法を無詠唱で使うことができるの、きっと役に立てるわ」

「役に立てる立てないの問題じゃないわ! 断られたのだからとっとと去りなさい!」

「はっ、何だよ偉そうに。Aランクの兄にべったりくっついて自分まで強くなったと勘違いしてんじゃないのか? ちょっと身の程教えてやるよ、特にそこの黒髪の男!」

「は?」


 ルシアの喧嘩口調に勝気そうな赤茶髪の女性が食いついてきたが、何故か他の野次馬と一緒に眺めていたシスに勝負を仕掛けてきた。


「あたしはな、あんたみたいな寄生野郎が大っ嫌いなんだよ! 高ランクのおこぼれに群がって強がりやがって! 男なら自分の力で戦えってんだ! そのやたら長い髪も気に入らねえ!」

「髪は関係ねえだろ……」


 あまり相手にしたくなさそうなシスだが、盛り上がった野次馬に背中を押され前へと出てきた。


「あんた! あたしと勝負しな! あたしに勝てたらこの場は潔く引いてやるよ!」

「あらぁ、じゃあ私ともお願いするわ。そうしたら、貴方達と代わって私達があの人と一緒に依頼に行けるもの」


 何故か話が依頼の同行からシスとの対決に変わっているが、周りからは歓声が上がった。

 勝つのはどちらかで賭けているみたいだがシスに賭けている者はおらず、女性二人のどちらが先にシスを倒すかで賭けている。


「これ受けなきゃいけねえの? ギルド内で争うのは禁止じゃなかったのかよ……」


 戦いを避けようとしているシスだったが禁止されているのはあくまでギルド内の為、野次馬達に誘導されあれよあれよという間に外に出されてしまった。


「一対ニなんて卑怯よ! 私も戦うわ!」

「子供は引っ込んでな!」

「そうよぉ、妹さんに怪我なんてさせたらお兄さんに申し訳ないわ。一緒に依頼を受けるのにギクシャクしたくないじゃない」


 どうやらこの女性達は完全に勝ったつもりでいるらしい。


「何よ偉そうに! 私は貴女達より歳上よ!!」

「こらルシア、事態がややこしくなるからとりあえず黙っていろ。シス、大丈夫か?」

「こうなった原因が全く分かんねえ」

「……何と言うべきか……すまない」


 原因を辿っていくとウィルフがAランクに上がったから、となる。

 もしくは女性が早々に諦めてくれたらと思ったが、勝気な方は元からシスを睨んでいたのでどうあがいてもこうなっていた可能性もある。


「いくぞ!」

「それじゃあ私から」


 金髪の女性が杖を構えると同時に巨大な火の球が頭上に現れた。


「ふふ、言ったでしょう私無詠唱で魔法が使えるって。しかもこの魔法はAランク指定の魔物にも致命傷を与える事が出来る威力なの、それじゃあさようなら」


 火の球は勢いよく向かったが、シスは慌てる事なく札を一枚出して構えると火の球は吸収されたのか一瞬で音もなく消え、そのままもう一枚取り出すと金髪の女性に向けて札を飛ばした。


「え? あっ、がっ、ガガっ」

「ユリア! うわっ!?」


 まさか魔法を消されるとは予想していなかった女性は札を避けれず、額に当たると同時に電撃でも受けたかのように身体が痙攣を起こしそのまま倒れた。

 残った女性がそちらに気を取られている隙にシスは素早く近づき、足払いをかけ転けさせると背後に回り相手の左足に自分の左足を絡め、相手の右腕の下を経由して左腕を通してから相手の首の後ろに巻きつけ思い切り伸び上がった。


 見事なコブラツイストだった。


「あっ、痛っ! イダダダダ!! ちょっ、待った!! 負けた! 降参! 降参!!」


 女性が叫びながら敗北宣言するとシスは相手を解放し、戦いは終わった。


 この間およそ二十秒。


 最初は盛り上がっていた野次馬も、今はシンと静まり返っている。


「あ、あんた凄く強かったんだね……しかも符呪まで使えるなんて何者なんだよ」

「えっ。と……」

「ただの旅の者だ。とりあえず勝負は決まったから諦めてもらえるか?」


 答えに詰まるシスを見かねてウィルフが代わりに答えた。


「ああ、約束は守るさ。でもその前にユリアに貼った札を剥がしてもらえるか?」

「ん? ああ、分かった」


 ずっと倒れたまま動かなかったユリアだったが、シスが札を剥がすと何事もなかったのように立ち上がった。


「あ、あら? あんなに痺れて動けなかったのに……」

「後遺症もないみたいだな、ほらユリア行くぞ」

「え。でもでもぉ」

「戦って分かっただろ、このまま一緒に行ってもあたし達の方が足手まといになるんだよ。そうだ、黒髪のあんた、名前は何て言うんだ?」

「シス」

「シスね、あたしはサーシャ。寄生野郎なんて言って悪かったな。それじゃ、行くぞユリア」

「え〜」


 ユリアと呼ばれた女性はまだ渋っていたが、サーシャに引き摺られるようにしてこの場を去っていった。


 ほぅ、と一息ついたのもつかの間、今度はシスが野次馬達に囲まれた。


「なあなあ、さっきのあの術何て言うんだ!?」

「符呪師なんて初めて見たぞ! しかもかなりの使い手だよな!」

「俺にあの札を売ってくれ!!」

「それよりあれコブラツイストだろ! あんた格闘技も使えるのか!?」


 もはや依頼どころではないとウィルフはシスの腕を掴みルシアと共に逃げるように駆け出した。


 ******


「ふふふ……やった、やったぞ!」


 シス達が去った後、一人の男がニヤついていた。

 手にはシスが先程の戦いで使っていた札が一枚。


「一枚しかスれなかったが、これさえあれば俺だってファイヤーアントをいや、ドラゴンだって倒せるかもしれない……!」


 この男、現在CランクでありBランク指定の魔物ではまだ苦戦する程の腕前しかないのだが、シスの札を盗んだだけでもう自分が強くなったと勘違いしている。


「いやいきなりドラゴンは流石に危ないしまずはサラマンダーで試してみるか。ふはっ、これさえあれば火なんかもう怖くねえ。これで俺も貧乏冒険者からおさらばだっ!」


 サラマンダーは火を吹く一メートル程の大きなトカゲなのだが大きさの割に動きは素早く、牙や爪は鉄の鎧ぐらい簡単に引き裂ける程の力もありギルドではAランク指定の魔物になっている。


 たとえこの札が火を完全に防いだところで相手の素早さは変わらない上、牙や爪の攻撃はどうするつもりなのか。


 札を手に入れ有頂天になっている男はそんな考えも全て吹っ飛び、成功した未来の自分に夢を馳せ森へと駆けて行った。


 ******


「ん?」

「どうした?」

「札が一枚ないな……落としたか?」


 シスはゴソゴソと腰回りの袋を漁るが、二枚あった筈の札が一枚しかない。


「えっ、あの札かなり凄いやつでしょ。 早く探しに行かないと悪用されたら大変じゃない!」

「いや札自体はただの紙だからそんな焦るもんじゃない」

「そうなのか?」

「まあただの紙というか、神通力使わない限りはだが。媒介みたいなもんだ、あれがなくても神通力は使えるが消費量が全然違う」


 分かりやすいようにシスが神通力を流すと、何も書かれていない札に黒い文字が浮かび上がってきた。


「この状態で初めて相手の攻撃を防いだり動きを止めたりできるし、直接やるより感覚的に半分以下の力で済む」

「なら一応安心か。てっきりあの札を持っているだけで効果があるのかと思っていた」

「そういうのは事前に墨に力を込めて書かないと出来ない」

「何で作らないの?」

「一種の呪術みたいなものだからだ。ムメイに影響が出ないよう前に持っていた物は全部処分したが、今なら大丈夫そうだから今度作ってみるか」

「装飾品だけじゃなく呪符も作れるなんて、本当器用だな……」

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