第52話 Aランクへの道のり

 その日駆け出し冒険者のラルフはいつものようにギルドへ向かった。


「だから! 何で俺まで行かねえといけないんだよっ!! お前らだけで行け!」

「何度も言わせるな。お前も同行する事が私がウィルフに協力する条件だ」

「俺関係ねえだろ!」


 入ってすぐに聞こえてきた激しい言い争いに思わずそちらの方を見ると、やたらと目立つ集まりがあった。


 口調が荒いのは腰まである長い黒髪を首のところで一つに縛り、黒い拳法着を着ている男。

 そしてもう片方の男は肩の辺りまである見事な銀髪に、こちらは真っ白な陰陽師のような服を着ている。


 その近くでは金髪の男が何か言おうとしては止めているのを繰り返していたので、恐らくこの男がウィルフというのだろう。


 好奇心のまま他の野次馬に混じり眺めていたが二人の会話は「行かない」「来い」から一向に進まない。

 黒い男は今にも相手に掴みかかりそうな雰囲気ではあるのだが、喧嘩にまで発展していないので冒険者達やギルド員も止めにくく遠巻きに見ることしか出来ないらしい。


「な、なあ。何もわざわざドラゴンの巣に近い所へ行かなくても他にいい場所はないのか?」

「ないな。ワイバーンは大抵ドラゴンの巣の近くで暮らす。離れた場所にいる者もいるが、今日中にAランクまで上がるなら時間は無駄にできん」

「……えーと……」

「ここでこうして話している間にも時間は過ぎている。ワイバーンだけでなくBランクに上がる為にオーク、もしくはゴブリンの集落討伐も行かなくてはいけないのだろう。いいのか? 私が協力するのは一日だけだ、二日になっても構わんがその分代価は増やすぞ」

「う……シ、シス……」

「絶対嫌だ。大体何で俺も連れて行く気なんだよ! 普段は逆だろうが!」

「私が街から離れるというのに何故お前をムメイと同じ街に置いていかねばならんのだ」

「は……」


 その瞬間ウィルフだけでなく、ラルフや野次馬達からも間抜けな声が上がり緊迫した空気が一気に抜けた。


 どうやら『ムメイ』という者と黒い男シスが一緒にいるのが白い男は許せないらしい。


「シスを置いてムメイを連れていくか?」

「ムメイを危険な場所に連れて行きたくない」

「お前がどっか行っている間はムメイに近づかないし街にも入らないならいいだろ」

「前科のあるお前の言葉なぞ信用できんから却下だ。……ふむ、だがそうだな、私がお前を別の場所に繋いでおくのならいいぞ」

「お前の言葉はそのまま信用できないからそれは嫌だ。絶対繋いだまま放置するだろ」

「悪いがそれには俺もシスと同意見だ」


 どうも様子を見るに白い男は『ムメイ』をとても大事にしておりシスを毛嫌いしているようだ。

 それでもさっきの刺々しい雰囲気がなくなり、一種の演劇のような軽快なやり取りにラルフはこの男達の会話を楽しんで聞いているが、周りの野次馬も同じ気持ちらしく笑ったり呆れた顔をしながらも離れる気配はない。


「あ、なら冥かっ、実家。シスの実家ならどうだ? 父親が側にいるなら様々な面で安心確実だろう」

「……それ、誰が送るんだ?」

「……」

「まあそれぐらいなら……いやダメだ。奴は今喫煙している可能性が高い」

「え、禁煙成功したんじゃなかったのか」

「禁煙自体していない。単に吸うタイミングが見つからなかっただけと言っていた。今シスを送ればタバコを吸っていると知っていて何故送ってきたと私が怒られる、よってこの案は却下だ」


 はあ、とウィルフとシスがため息を吐いた。

 まとまりかけた案がダメになりまた最初からになったらしい。


「この会話も飽きたな。結構な時間も経ったしそろそろ行くか」

「俺は行かねえっつってんだろ」

「ブローチ」


 男の言葉にシスの肩がピクリと跳ねた。


「ムメイにブローチを渡すのを許可してやっただろう、しかも直接。お前の要望を通してやったのだ、ならばお前は私に感謝の意を述べ私の言葉に従うべきではないのか」

「いや、それはっ……! あ、うあ……嘘だろぉ……!」

「シス、すまん……出来る限り補助はするから……」


 シスは何か言い返そうとしたみたいだが、口をパクパクさせるだけで特に何も言えずそのまま崩れ落ちた。その横でウィルフが肩を叩き慰めている。

 どうやら話し合いに決着がついたらしい。


 そしてまだシスがしゃがみ込んでいるにも関わらず、三人は一瞬でその場から消えてしまった。


「え、消えた!?」

「まさか転送魔法?」


 一部始終を見ていたラルフや冒険者達は一瞬何が起きたか分からず騒ついたが、とりあえず騒動は治ったとすぐにいつもどおりの空気に戻った。


「何かよく分かんなかったけどまあいっか。よっし、じゃあ今日も依頼頑張るか!」


 ******


 その日の夕方、男性陣は宿に戻ってきた。ウィルフの金色に輝くAランクのギルドカードと共に。

 しかしシスとウィルフは見るからに疲労困憊している。


「ウィルフ!? 大丈夫? 何処か怪我でもしたの?」

「イリス……大丈夫だ、怪我はない。怪我はないんだが……疲れただけだ。すまないが今日はこのまま寝させてくれ……」


 そもそも事の発端はウィルフが今日中にランクをAまで上げようとトクメに転送魔法を頼んだところから始まる。


 当然無償では引き受けてくれなかったのでウィルフは頑張った。

 頑張って頑張って、ようやく一日トクメに従うという条件で引き受けてもらえる事になった。


 最初は転送魔法を三回使用するから三日という条件だったが、何とか一日まで縮めるのに本当に頑張った。


 ウィルフはこの時点でやり遂げた達成感で疲労状態だった。トクメが最初にあえて無茶な提案をした後に本来の条件を出し、受け入れやすくするという交渉術を使った事に気づかない程に。


 そして本当に大変だったのはこの先。


 元々ウィルフはトクメとだけで行こうとしていたのだが、トクメはシスも来るのを条件に入れていた。

 そしてシスはそれを拒否。


 原因はドラゴン。

 ワイバーンはドラゴンの眷属であり必ずしもそうというわけではないのだが、ワイバーンの近くにはドラゴンがいる事が多い。


 その為ドラゴン恐怖症のシスはワイバーンのいる場所へ向かうのを嫌がった。


 そこから冒険者ギルド内でトクメとシスの言い合いが発生。


 ランク上げの魔物討伐よりも、トクメの説得とその後のやり取りの方が大変だったとは言えないウィルフだった。

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