第49話 砂利と屁理屈
「この敷地にある砂利を全部拾うまでは許さんからな!」
宿の主人が怒鳴るのをムメイはボーッと聞き流しながら空を見上げた。
******
その日ムメイは独りで街を歩いていた。
数時間前、色々あり後回しになっていた商館へ向かおうとした時はムメイも行くつもりではあったのだが、イリスがシスにも同行を願った。
ブラッディダイルを倒したのはシスの為このまま報告に行き手柄を横取りするような事は出来ないと言われ、シスも行く事になった瞬間何故かウィルフもついていくと言い出しそのままルシアも行くのが確定。
あまり大勢で行くのもとムメイは商館へ行くのを止め適当に街をうろついていたのだが、うっかり身分の事を忘れていた。
「(あー……今日もいい天気)」
見上げた空は綺麗な青空が広がり、所々浮かんでいる真っ白な丸い雲がより爽やかさを強調している。
「何を呆けている、さっさとやれっ!」
「砂利ねえ、砂利……」
宿の主人いわく、ムメイが宿の前を勝手に歩いたせいで道にあった砂利が入ってきて汚れたから責任持って敷地内にある砂利を全て取り除けという事だった。
しかし宿の敷地内にある庭は砂利を敷き詰められている為、全ての砂利を拾えなど普通は出来ない。
「(何が狙いかは知らないけど……)それならすぐに、十秒で終わるわ」
「なっ!?」
パチンとムメイが指を鳴らすと宿の主人の目の前で砂利がどんどん足元に集まっていき、十秒も経たずに宿の敷地内にある全ての砂利が集まった。
「ほら、これでいいでしょう」
「うっ……い、いやっ、俺の庭をこんな滅茶苦茶にしていいわけあるか!」
「砂利を取れと言ったから取っただけじゃない。どこも壊していないし汚してもいないけれど?」
「煩い! 永久奴隷の分際で人間様に口答えするな! 俺の命令をこなせなかったのだからお前には別の仕事をしてもらう、来いっ」
ムメイへと伸ばされた手は、掴む前にパシリと横から伸びた手に掴まれた。
「なっ、誰だお前は!」
「それはこちらのセリフだ。娘が何処かに連れて行かれようとしているのを黙って見ているわけにもいくまい」
「うわぁ」
現れたのはトクメで、さりげなくムメイを背後にやり宿の主人と向き合う。
「娘? 永久奴隷を娘なんざ……ああ、なるほど。義理でも親子でってのは背徳感があって燃えるもんなぁ。あんた、中々いい趣味しているじゃないか」
「…………」
下衆な想像と笑いにトクメの眉間にシワがよるが、幸いにも背後にいるムメイにその会話は聞こえていない。
「まあそれなら話が早い。見りゃ分かるがこの奴隷は俺の庭を滅茶苦茶にした責任を取る為にこの宿で働いてもらう。一日で許してやるってんだから感謝しな」
「私の娘が? 庭を? なんだ、私はてっきりお前の宿で夜に相手をさせている女が足りないから難癖つけて連れて行こうとしているのかと思ったが違ったのか」
「な、何でそれを……っ! いや、ち、違う! 純粋に人手不足なだけだ。永久奴隷といえど人並みに働かせてやるって言ってやってんだよ」
再びムメイへと伸ばされた手はトクメによって払われた。
「ならば元の庭に戻せばいいのだな。砂利はここにあるだけか?」
「ただ戻せばいいってもんじゃねえ、永久奴隷はその場にいるだけで汚いんだよ。そうだなぁ、この敷地内にある砂利以外にもゴミとか全部何もかも綺麗に出来るってなら許してやってもいいぜ」
「……存在自体汚い相手をよく宿で働かせようと思ったわね」
ボソリと呟いた言葉は宿の主人にバッチリ聞こえ睨まれたが、ムメイは全く怯まないどころか少し呆れている。
「条件が増えているな……この際契約を交わすか。今言った内容で書類を作るぞ、後から条件を変えられても面倒だ」
「ははっ、いいぜ。書類にちゃんと記しとけよ、どんな結果になろうと文句は言わねえってな」
「当然」
サクサクと進む書類の作成をムメイは無言で眺めていた。
宿の主人が言っていた『どんな結果になろうと文句は言わない』は恐らくトクメがどんな結果を出そうと難癖つけて認めようとしないのだという事が相手の表情からよく分かる。
ただ、トクメも同じかそれ以上に悪い顔で笑っていた。
完全に獲物が罠にかかって喜んだ顔をしている。
「(これ、助けに来たのかおちょくる相手を見つけたのかどっちなんだろうなぁ……)」
ぼんやりと考えながら眺めていると、トクメが早速行動を起こした。
パチンと先程のムメイと同じく指を鳴らすと、強い風が起こり大量の砂利がトクメの足元へどんどん積もっていく。
「まだあったの……?」
「ここの街の建築は基本地盤を固める為に砕石を敷き転圧しているからな。砕石と砂利は厳密には違うものだが、ここの主人は同じと発言しているからまあ問題ないだろう」
「土台の砂利って、おい! そんな事したら……!」
一瞬にして顔が真っ青になった宿の主人の目の前で、土台を失った宿はペシャンと簡単に潰れた。
更に宿は細かくなっていき、地面までもがえぐられ砂利となり全てがトクメの足元へと集まっていく。
風が止むと宿のあった場所は綺麗サッパリなくなり、残ったのは大きな四角い穴と何が起きたか分からず穴の底で呆然と立ち尽くしている客と従業員のみだった。
「あんた!! 俺の宿に何て事しやがる!!」
「言われた通り砂利と敷地内にある物を全て取り除いただけだが? ああ、心配せずとも死者はいないし怪我人も出していない」
「そんな事はどうでもいいんだよ!! 今すぐ俺の宿を元に戻せ!!」
「それは『結果』が気に入らない故の要望だな、ならば私が受け入れる道理はない。『どんな結果になろうと文句は言わない』のだろう? お前が敷地内にある砂利など全てを取り除き綺麗にしろと言うから、言われた通りの事をした結果更地になっただけだ。文句を言われる筋合いはない」
「そんな屁理屈が通じるか!」
「屁理屈とは失礼な、書類にそう書いたのはそちらではないか。衛兵を呼ぶか? 私は一向に構わんぞ、書類の内容に従っただけだからな」
胸倉を掴み、がなる宿の主人にトクメは先程の書類を顔面に突きつけた。
書類にある『敷地内にある砂利など全て』の『など』を具体的に書かず、そして安易に『全て』という言葉をトクメに使ってしまった為、宿の主人はそこにつけ込まれてしまったのだ。たとえ『砂利』だけにしても宿の崩壊は避けれなかっただろうが。
宿の主人は震える手で書類を受け取ると膝から崩れ落ち、呆然としたまま動かなくなった。
「納得したみたいだな。ほら行くぞ」
「え? ああ、うん」
先を歩くトクメから少し離れてムメイは大人しく後をついていく。
「(こいつ本当何でこっちに来たんだろう、寂しいならイリス達の方に行けば大勢いるし賑やかなのに)」
ゼビウスからトクメの事は色々聞いたが、寂しがり屋はともかく娘を溺愛しているのかはかなり疑わしい。
「(別にゼビウスを信じていないわけじゃないけど……)」
実際姉である時喰い虫は溺愛しているのをムメイは知っている。しかし妹である自分に関してはかなり疑わしく思っている。
『何でもいいから我儘言ってみな、すっごい喜ぶから。ただ具体的に言わないと変な方に全力で向かうから気をつけてな』
あの講座でこっそり教えてくれた内容を今試すべきだろうか。
丁度近くにバター茶を扱っている店があるのでそこに行きたいと言うぐらいならそこまで難しくもない上特に嫌がられる事もない筈だ。
そう思いムメイが口にしようとした瞬間。
「そうだ、この先にある店ではバター茶を扱っているからそこに行くぞ。あそこはバター茶だけでなくチーズドリンクも美味しいと評判だからな」
「へっ!? あ、いや、まあ、いいけど……」
急に足を止めたかと思えば丁度話そうとした事を言われ、出鼻を挫かれたムメイは何も言えなくなってしまった。
「(……気を遣った? それとも単に自分が飲みたかっただけ? どっちかしら)」
店に着いてからも考えていたムメイだったが、チーズドリンクを飲み終わった後はその場で別れたので結局ドリンク目当てと確信し溝が埋まる事はなかった。
尚トクメはムメイが何か言いたそうなのは気づいており『言う前にさりげなく誘導し、娘の好物もしっかり把握している父親』が出来たと浮かれ、更にようやく娘だけと出かけられたと内心はしゃぎまくっていたのでムメイの心情には全く気づいていなかった。
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