第48話 『皆』で作った焼きそば

 台所は意外と広く、全員で入ってもぶつかる事なく余裕を持って動ける程あった。


「流石に広すぎないか……?」

「どこぞの目玉が急に元の姿になっても壊れないように広くしたんだよ」

「え、あいつ料理すんの?」

「基本やらない。ただ、置いていかれたり仲間外れにされんのが嫌な極度の寂しがり屋だから絶対ついてくるんだよ。なのに構って欲しいからってこっちが声かけないと自分から動こうとしないし本当うぜぇ」


 ぶちぶちとトクメの文句を言いながらゼビウスはキャベツやもやしなどを取り出していく。


「寂しがり屋……? いや、そういえば確か俺とウィルフが温泉に行こうとした時気づいたら着いてきてたよな。直前までかけらも興味を示さなかったくせに」

「ああ、昨日のドラゴンの時もだ。シスが追われて俺達が追いかけた時、最後に現れたトクメはずっと機嫌が悪そうだった。置いていかれたと思ったのなら辻褄はあう、か?」

「ほらほら喋ってないで野菜切ってって。シスは包丁初めてだと思うからこっち、ムメイちゃんもこっちおいで。焼きそば作るけどそっちは作り方分かるか?」

「は、はい」

「お姉様、私も手伝いますっ」


 サクサク指示を出すゼビウスだが、ルシアも野菜を切ろうと近づいた時鋭い声で止めた。


 トクメと同じ、料理が出来ない気配を感じたらしい。


「お前には別の事をさせるから包丁には絶対触るな。近づくのも許さない」

「え、あ、はい……」

「……見るだけでも勉強になるからしっかり見て手順だけでも覚えましょうね」

「はい!」


 そのままイリスとゼビウスは手慣れた様子でどんどん野菜を切っていき、ムメイとウィルフは慣れない手つきながらも綺麗に切っていく。


「シス、包丁握る力入れすぎ緊張し過ぎ。大きさは適当でいいからとりあえず切る事に慣れていけ」


 初めての包丁にガチガチに固まっていたシスだが、ゼビウスの指導のおかげか元からの器用さか、すぐに慣れて綺麗に素早く切っていった。


 焼きそばの準備は着々と進み、最終段階の炒めに入った時、今までイリスの隣で大人しく見ているだけだったルシアにゼビウスが小さな器を渡した。


「これは?」

「ソースの入った器。入れすぎないよう適量入れたし落としても器は割れないし、麺の中に落としても大丈夫なように消毒済み。ほら、麺焦げるから早く入れろ」

「は、はいっ!」


 言われた通りルシアがソースを入れるとイリスが手際よく麺と絡めて炒め仕上げていく。


「わ、私とお姉様が一緒に料理……!」

「万全な対策というか、ものすごく警戒されているな……」


 ルシアが妙なところで感動しているのをウィルフは呆れながら皿を取り出し並べた。


 ******


「作りすぎじゃないかしら?」


 テーブルにはそれぞれの席に焼きそばが並べられているだけでなく、中央にも大皿に乗せられた山盛りの焼きそばが置かれている。


 どう見ても全員で食べるには多すぎる量にイリスは頰に手を当てて戸惑っていた。


「余ったら持って帰って食べればいいじゃん、トクメの前で『皆で作った焼きそば』って言ってな。あいつめちゃくちゃ悔しがって拗ねるぞ」

「……拗ねるの?」

「拗ねるよ。言ったろ、あいつは極度の寂しがり屋だって。ムメイちゃんの前では格好いい父親でいたいからすまし顔で耐えると思うけど、誰もいない所で目玉姿に戻って叫びながら転がるだろうからすっげえ楽しみ。ほら『皆で作った焼きそば』が冷めないうちに早く食べようか」


 心底嬉しそうに笑うゼビウスに、シスとムメイは「相当怒っているんだな」と理解しているようだがウィルフ達はドン引きしていた。ゼビウスの性格の悪さに。


 それでもせっかくなので大人しく『皆で作った焼きそば』を食べ始めた。

 焼きそばは野菜の大きさが多少不揃いなところはあるが、ソースは全体に均等に混ぜられ少し強めに焼かれた豚肉が野菜にはないカリカリとした食感と味を作り飽きをこなせないようにしている。


 何というか、普通に美味しい。


 イリスとルシアも気に入ったらしく、軽く話しながら楽しそうに食べている。


「それにしても、私あいつの格好いいとこなんて見た事ないんだけど」

「全然違う方向にズレて空回ってるからなあ。毒が効かないのは格好いい父親だって思っているみたいだし」

「そうなの?」

「ちなみに毒効かないって聞いて、いや自慢してるなあいつの事だし。自慢されてどう思った?」

「鬱陶しいなって」

「だよなあ」


 トクメとしては、毒は効かないから怪しいのがあれば任せろと言いたかったみたいだが、変に格好つけたばかりにムメイには全く通じていないどころか余計に嫌われる結果になってしまっていた。


「うんまあ、もうあいつの事については大体新世界に適応しきれていないバグみたいなもんだと思えばいいんじゃないかな」


 パクパクと食べ進みながら結構重要な事を話すゼビウスに全員の箸の動きが一瞬止まった。


「バグ?」

「バグ。不老不死もバグだよ、この新世界の理からズレてるから。だからあいつが何か我儘言って喚いた場合は容赦なく殴ったらいい。身体は痛覚通してない時がほとんどだから頭、特に目を狙え。どうせ潰しても数分で元に戻るし、下手に手加減したり躊躇って頭以外狙うと本気じゃないからそこまで怒っていないって判断して調子乗るから」


 そこからゼビウスは私情混じりにトクメの対処法を勢いよく語っていくが、正直なところ先程の世界最古の怪物講座よりもトクメ自身の話の方がシス達にはよっぽど役に立っていた。


「もう性格もバグでいいかな、頭バグってんのはあながち間違いじゃないし」


 結構ボロクソに言うゼビウスに、ウィルフは思わず「じゃあ息子であるシスからさえも性格が悪いと言われたゼビウスもバグっているのか?」と口から出そうになったがすんでのところで言葉を飲み込み、誤魔化すように焼きそばをかき込む。


 それと同時に扉が勢いよく開かれた。


「なっ、オルトロス!? それに七大精霊!! ゼビウス様! これは一体何があったのですか!!」

「見回りご苦労。丁度いいからケルベロスも『皆で作った焼きそば』食べておけ、今分けるから」


 丁度ケルベロスが見回りから帰ってきたらしいが、シス達の事は知らされていなかったらしくゼビウスとシス、そしてウィルフを三つの頭それぞれで確認しているのか忙しなく動いている。


「で、ですがっ……!」

「いいからいいから。『皆と一緒に』食べておかないとトクメに仲間意識持たれて絡まれるぞ」

「っ、お言葉に甘えさせていただきます」


 トクメの名前を出した途端に大人しくなったケルベロスに、トクメの被害を受けた事があるのだなとウィルフは察し何も言わずテーブルに置かれている水を手に取った。


「……ゼビウス様に何かあったら真っ先にその喉笛に食らいついてやるから覚悟しておけ」

「今回は俺が原因じゃねえよ。トクメだ」


 ゼビウスには聞こえないよう小声で唸るケルベロスに、シスも同じく小声で言い返しお互い唸りあった。

 初めて会った時はそう思わなかったが、あまり仲は良くないらしい。


「ほらケルベロス。いっぱいあるから遠慮なく食えよ」

「有り難くいただきます、ゼビウス様」


 そう言ってケルベロスはハグハグと綺麗に食べ始めた。


 その後は至って普通に和やかに食事は進んだが、全員が地上へ戻った直後にトクメはゼビウスに構って攻撃と八つ当たりを同時に仕掛けてきた為ケルベロスが地上に避難する程の大喧嘩に発展した。

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