第50話 シスの告白

 シスはオルトロスにしては珍しく温厚で争いも好まず、魔物との戦いも向こうから襲ってこない限り自分から攻撃する事はしない。


 しかし今、自ら争いを仕掛けるような、自殺行為とも言える行動をシスは取った。


「トクメ……これ……」


 シスがテーブルにそっと置いたのは中央にラピスラズリが嵌められた楕円形のブローチ。

 台座は銀で作られシンプルな形をしているが、地味な感じはなくどこか品が感じられる。


「これが何だ?」

「簡単な呪いなら弾けるよう術をかけたものだ。ムメイがつけても問題ないか教えてほしい」


『ムメイ』の名前を出した途端見るからに機嫌が悪くなったトクメに睨まれ、咄嗟に壁際まで逃げながらも視線だけは逸らさずしっかり答えた。手だけはいつでも部屋から逃げ出せるようにドアノブを握りながら。


「少しでも問題があれば壊して構わないし、なんなら俺からじゃなくてトクメからと言ってもいい! とにかく、今の状態だと簡単な言霊にも縛られるだろ、それをつけたら前みたいに街の怨念に囚われる事もなくなる……筈、だ」


 トクメは無言でブローチを掴み持ち上げると、裏返したり色んな角度から眺めた後ジッと一点を見つめたまま動かなくなった。

 その間シスは一言も話さず動かず、息すら顰めてひたすら耐えている。


 しばらくするとトクメはフンっと鼻を鳴らし、そのままブローチと共にどこかへ消えてしまった。


 問題があったのかなかったのかは分からないが、とりあえず攻撃されなかった事にシスは安堵の息をつきそのままズルズルとドアにもたれかかった。


「ねえ、ちょっと。ドア開けてくれない?」

「ムメイ!?」


 その直後、ムメイがドアをノックしながら声をかけてきたので慌てて立ち上がりドアを開けた。


「あれ、シスだけ? あいつは?」

「トクメなら今さっき何処かへ消えたが何か用があったのか?」

「用と言うか、急にコレが頭に落ちてきたから。自空間に保管させたいのか単に捨てたのか知りたくて」


 そう言ってムメイが見せてきたのはたった今トクメに渡したばかりのブローチだった。


「これは……」

「綺麗だしデザインも良いから保管とは思うんだけど、いつもなら直接言いに来るのにコレだけ送られてきたから流石に判断につかなくて……」

「えっと、それは俺が作ったやつなんだ。その、簡単な呪いなら弾けるように、ムメイに……」

「シスが? 私に?」

「ああ。その、初めて作ったから効果は確かなのか悪影響はないかトクメに聞いたんだが、ムメイに渡したという事は大丈夫、みたいだな」

「そっか……私に……」


 ムメイはそう言うと何故かブローチを服の内側につけた。

 少し俯いているので表情は見えないが、何も言わずにつけてくれたので気に入ってくれたらしい。


「うん、付けても痛くないし特に異変も感じられない……ありがとう」

「そうか……良かった。……その、この旅が始まってからずっと言いたかった事があるんだ……」

「言いたかった事?」

「すまない!」

「え? えっ?」


 シスがいきなり頭を下げて謝ってきたのでムメイは何の事か分からず戸惑っている。


「この旅が始まる少し前に蜘蛛に捕まった事があっただろう、名前を呼ばれて。あれは俺が原因なんだ。ムメイの名前を知りたくて調べて……まさか蜘蛛に聞かれていたとは思わなくて……」


 本当はもっと早く謝ろうとはしていたのだが、トクメが徹底的に邪魔をしてきてまともに話す事も出来なかった為遅くなってしまった事も合わせてシスは更に謝罪した。


「ああ、別に大した事はなかったしそこまで気にしなくてもいいのに」

「だが……!」


 まだ何か言いたげなシスの頭にムメイは手を置くと、そのままワシャワシャと撫でだした。


「ム、ムメイ?」

「私が気にしていないって言っているんだからいいの、蜘蛛にはちゃんと仕返しもしたし満足しているから。それでも気になるなら今度ブラッシングさせてくれる? オルトロスの姿で」

「……それでいいなら……」

「ん、じゃあそれで。……」

「っ!」


 そのまま手が頬に移動してきたのでシスは慌てて頭を上げ距離を取る。


「そ、そういえば! 何で内側にブローチをつけたんだ?」


 このまま話を続けると顎の下を撫でられそうな気がしたので、咄嗟に先程から気になっていた事を聞いた。


「ん? ああ、最近ようやく永久奴隷ってのが分かってきたんだけど、道歩いたりするだけで絡まれるから宝石とかブローチ付けてたら取り上げられそうだから隠しておこうかなって。自空間にしまうのもアリだけど、せっかくだから付けておきたいしね。どう、似合う? 見えないけど」

「ああ、似合っている。見えないけどな」


 ポスポスと軽くブローチの部分を叩きながら聞いてくるムメイにシスも答えると、お互いクスクス笑いあった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る