第43話 ドラゴンと遭遇
違う街へ行ってもシス達のやる事は特に変わらない。今日も依頼を受けに冒険者ギルドへ赴いていた、トクメと共に。
「どんな依頼を受けるんだ?」
「ルシアが単独で倒せるような強さの魔物の討伐依頼を受けるつもりだ」
「うーん、私だけで倒せそうな魔物……無さそうね」
血の気が多く強気なルシアだが、自分の力量は理解しているのか意外と冷静な判断だった。
「意外だな。多少無理してでも何か受けると思ったんだが」
「私が単独で挑戦するのならともかく、依頼なんでしょう。失敗したらギルドだけじゃなくその依頼者にも迷惑がかかるじゃない。なら難しいのは受けられないわ」
「それもそうか。なら採取系の依頼を受けてそこで魔物を探すか」
「えっ。じゃあ別行動した方がいいか?」
「え? あ、そうか」
シスがいると弱い魔物は近づかず、逆に強い魔物が寄ってくる。
これではルシアの訓練にならないと思ったが、ウィルフはトクメに視線をやってからすぐに戻した。
「いや、別行動も危険だから一緒に行こう。魔物には俺とお前で対応して、ルシアは索敵とか急な敵襲に慣れる練習に変更だ」
「それなら大丈夫よ。もうキラープラントの時みたいな事にはならないわ!」
「自身があるのいい事だが、多分無理だろう。まあ、やってみれば分かるか。この近くにある沼地ならルシアにとっていい経験になりそうだしな」
「?」
どういう意味か分からずキョトンとするルシアに、ウィルフは「行けば分かる」と苦笑いを浮かべながら答えた。
******
沼地へ続く入り口の前でルシアは見知った姿を見つけ勢いよく駆け出した。
「お姉様!!」
「あらルシア、それにウィルフも。ここには依頼で来たの?」
「ああ、そうなんだが……イリスは何故ここに?」
「お姉様! いつものおろしている髪も素敵ですが、そのポニーテール姿もとてもお似合いです! それにその服も! スカートは勿論、今着られているスラックスもいつもと雰囲気が変わって凛々しくて素晴らしいです!」
ウィルフの疑問をよそにルシアは普段見ないイリスの服装と髪型にはしゃいで讃えまくっている。
これはしばらく無理だとウィルフは、イリスと違いいつもと変わらない姿のムメイへと視線を向けた。
「……まあ、野暮用で。そっちは依頼なら別行動になりそうね」
「いいや、こちらの依頼は普通の採取だ。こうして偶然会えたのだ、また離れる必要はあるまい」
早々に話を切り上げ別れようとしたムメイに、今度はトクメが話に割って入ってきた。
「幸い今回の依頼は沼地全体に生息している木の実故そちらの行動範囲を変える必要もない。万が一そうなっても私ならわざわざ木の場所に行くまでもなく揃えることが出来る上に探す手間も省けて時間もかからん。そういうわけだ、ムメイの用に付き合っても私には何の支障もない」
先程までのつまらなさそうな様子とは一転し、明らかに機嫌良く早口で話すその姿は今のルシアと非常に似ている。
ムメイは明らかに嫌そうな顔でドン引きしているが。
「そういえば昼は食べたのか? まだならこの後で食べるとしよう。店でもよいがたまには外で食べるのもいいものだ、ここはやはりサンドイッチか? ライスボールもいいかもしれんな」
「おいおい、何お遊び気分に浸ってやがんだ」
楽しそうに予定を話すトクメに大柄な男が話しかけてきた。
どうもこの男も依頼で沼地に来たみたいだが、後ろにいる男達もニヤニヤと馬鹿にしたような笑みを浮かべている。
「ここは結構手強い魔物も生息してるってのに呑気な奴だぜ、これだから初心者はいけねえな」
「なんだ、お前達は遊ぶ余裕もない程ギリギリなのか。それならばお前達は沼地に入るのを止めた方がよいのでは?」
「なっ! んなわけねえだろ!! なあ姉ちゃん、こいつらと一緒に行くみたいだが止めときな。こんなお遊び野郎やCやDの低ランク野郎じゃ全滅するのがオチだ」
図星をつかれたのか男はトクメを無視してイリスに声をかけた。
リーダー格の男はどうやらイリスが目当てらしく、肩に手を回そうとしたのをウィルフがパシリと払い睨みつける。
「あんだ? CランクがBランクに逆らうってのか、それとも女の前だからいいとこ見せたいってか? なあ、姉ちゃんもこんな低ランク野郎より実績もランクも高い俺達の方がいいだろ?」
「ごめんなさい、私はウィルフと一緒に行きたいの。それにウィルフは強いから一緒にいてくれるなら安心して沼地に入れるわ」
「そういう事だ、さっさと諦めてそっちの依頼をこなせ。行くぞ」
これ以上絡まれないようウィルフはイリスと共に沼地へと入っていき、ムメイ達も後へと続いた。最後にウィルフとルシアがしっかり睨みつけて威嚇してから。
「お姉様に声をかけるなんて、なんて身の程知らずな奴なんでしょう!」
「ランクが低いと舐められるのか……B、いやAランクまで早く上がる必要があるな」
沼地に入ってもウィルフとルシアは怒りが収まらないのかブチブチと文句を言っていたが、次第にルシアの口数が少なくなっていき足も遅くなってきた。
「ね、ねえ、ちょっと待って……!」
「ああ、バテてきたか」
「何だかいつもより歩きにくいし凄く疲れるんだけど……」
「沼地だからな。ぬかるみに足を取られるし、こう湿度が高いと体力の消耗も激しい。いつも万全の状態でいられるわけじゃないから、こういった状況にも慣れておくべきだと思ったがどうだ?」
「うう……確かに、この状態だと敵の気配を探りにくいし戦うのも厳しいわ。それにしても、お姉様やウィルフは分かるけど何でムメイやトクメまでそんな涼しい顔をしているの?」
結構体力を消耗しているのかルシアがいつもより大分弱気な口調になっている。
「まあ、湿気とかぬかるみとか、取っ払っているから」
「は?」
ルシアは歩くのに必死で気付かなかったが、よく見ればムメイの周りにはあの魔力の壁が作られており足元の地面は乾いている。
「ずるくない?」
「自分の足で歩いているのに変わりはないわよ。あいつなんか歩いているように見えるけど、見せているだけで本体は頭だし実質浮いているようなもんだから」
クイ、とムメイが指を向けた先にはトクメ。そのトクメの足元の地面もやはり乾いている。
「なんか納得できないわ……」
「他に気を取られていたら隙が出来るぞ。ほら、そこ」
「え? わっ」
少し窪んだ地面に足を取られ、ルシアは咄嗟にウィルフにしがみつき転ぶのは避けられたが足首までしっかり泥に浸かってしまった。
「もうっ! 最悪!」
「こういった場所だと敵にばかり集中していられなくなる。足場も確認しておかないと今みたいに足を取られれば隙が出来て狙われるし、転ぶと体勢を整えるのに更に大きな隙が出来て最悪命を落とす」
「ひっ」
「?」
命の危険性を話すと何故かルシアではなくシスが悲鳴を上げた。
しかも元の姿に戻っており、毛は逆立ち耳や尻尾は下がっている。
「シス?」
「あ」
急に動かなくなったシスに何か気づいたのか、ムメイが空を見上げると同時に声がかけられた。
「ほう、精霊と魔物が共に行動しているとは珍しい」
空から現れたのはシスの天敵とも言っていい種族、ドラゴン。
ドラゴンがその巨体に相応しい大きな翼を羽ばたかせる度に強い風が起こり、ムメイ達の髪は横になびいている。
「だが今はそれよりそっちのケルベロスだ。見ていたぞ、人の形を取れるということは相当な力を持っているのは確実。丁度暇をしていたところだ、楽しませてもらうぞ!」
「いや俺オルトロス!!」
ドラゴンはウィルフ達に視線をやるも特に興味を示さずシスの方向へと顔を向けたが、シスはいつもの「オルトロスだ」という訂正をすると同時に一目散に逃げ出した。
しかしドラゴンもすぐにシスの後を追い、少ししてシスの悲鳴のような叫び声が響いた。
「シス!?」
「あっ、ウィルフ!」
「お姉様!?」
いきなりの事に全く反応出来なかったウィルフ達だが、シスの悲鳴に我に帰ったウィルフが駆け出しその後をイリスが追い、更にルシアが続く。
ムメイも後を追ったのか既に姿はなく、トクメだけがポツンと取り残された。
「……。…………」
置いていかれたトクメは動こうとせずただ睨むように目を細めると、遠くから何かを引きずる音が勢いよく近づいてきた。
現れたのは先程のドラゴンで、地面に突っ伏した状態で容赦なく引きずられたのか深い溝のような跡が出来ている。
「うぬううう!! 貴様! 悠久の時を生きるこの我にこんな仕打ちをしてただで済むと思うてか!!」
「うるさい。魔物と怪物の違いも分からん奴にとやかく言われる筋合いはない」
「んな!?」
ふわりと何の前触れもなく、周りに小さな淡い黄色の光が現れドラゴンを取り囲んだ。
ドラゴンは尻尾や翼で光を振り払おうとするが、光は容赦なく次々と身体にくっついていく。
「何なのだ、コレは! 何をするつもりだ!」
「たかが数千年程度で私に向かって悠久の時などとよく言えたものだな。その言葉を私の前で使いたいのならば最低でも一億の時を過ごせ、そうすれば認めてやらんでもない」
「おい、まさか……!」
「一億年後だ。それまで封じられていろ」
バシュッという音と共に光は強くなり、それと同時にドラゴンの姿は一瞬にして消え去っていた。
「ああ、何故私までシスを追いかけなくてはいけないのだ。ムメイも、シスを追いかけず私と一緒にいればよいものをっ」
ブツブツ文句を言いながらトクメは元の姿へ戻るとシスのいる所へ渋々向かった。
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