第42話 温泉パニック
「何か他の街に比べて人多くない?」
タールスアの街は入った瞬間にムメイがそう言う程人で溢れていた。
冒険者のような人も多いがそれ以上に一般人の方が多く、賑やかな声があちこちから聞こえる。
「この街は温泉で有名な観光地だからな。ここから少し離れた沼地には特有の魔物が生息しておりそれを目当てに来る冒険者が多く、一般の者達は温泉目当てに来る為こんなにも人で溢れているのだろう」
「しかし……観光地でこんなに人が多くて宿は大丈夫なのか?」
「無論だ、問題ない」
ウィルフの心配に堂々と答えたとおり、案外すんなりと宿は取れた。それもしっかりとした温泉付きの。
「予約もなしに、一体どんな手を使ったんだ……」
「どんな手も何も、これだけ観光客が多いと宿も多い。その中には質の割に知名度の低い、いわゆる隠れた名店もあるというだけのことだ」
「それならまあ、大丈夫か」
いつもと同じく部屋は男女に分かれ、トクメは部屋に入ると椅子に座り本を読み始めた。
ウィルフは早速温泉に入ろうと準備しているのをシスは不思議そうに眺めている。
「今から入るのか?」
「ああ、この時間なら人もいないだろうしゆっくり入れるからな。シスもどうだ?」
「……風呂はちょっと興味ある」
「よし、なら行くか」
そのままシスの分も用意し揃って部屋を出たが、少ししてからウィルフは足を止めた。
先程まで全く興味なさそうにしていたのに、気づけば後ろを着いて来る者がいる。
「何でお前まで来るんだ?」
「気が変わったからだ。別に何の問題もないだろう」
「問題はないが一言声をかけろ。普通に怖い」
******
宿の温泉は結構広く、まだ昼間もあってか他の客は一人もいない。
「ほとんど貸し切り状態だな、これは」
「お湯は結構ぬるいんだな」
「あ、コラそのまま入ろうとするな。まずはかけ湯だ。あとシスもトクメも、髪が湯に浸からないように結い上げろ」
ウィルフは問題ないが、シスは勿論トクメの髪の長さでは普通に湯に浸かってしまう。
そう言った直後、ウィルフはしまったと思った。
またいつものようにトクメの長い言い包めが起きると思い、何としても髪を結い上げさせようと身構えたが、意外とトクメは素直に従い髪をタオルでまとめている。
「……」
「何だ?」
「いや、何かしら言い返して髪をそのままにして入るのかと思ったから……」
「何にでも反論しているわけではない。理にかなっているのなら私は特に何もしない」
「……そうか」
理にかなっている、というより自分が気に入らなければ反論するの間違いじゃないかと思わなくもなかったが、言えば面倒くさい事になるのでウィルフはもう何も言わない事にした。
シスもあの長い髪を丸めて高い位置にとめたので、ようやく湯船へと浸かる。
「あー、いい湯だな……」
「ぬるいと思ったが、こうジワジワと温度が沁みてくるのは……いいな」
ほう、と全員が息をついた瞬間。
バシャンッ、とウィルフは両側から勢いよくお湯をかけられた。
「ぶわっ! 耳に水が……!」
「……おい、何でここで元の姿に戻る! トクメも! シスも!」
「好きで戻ったわけではない。温泉の効果で気が抜けたみたいだな、人型になれん」
トクメも急な事に驚いているのか移動することなくその場にふわふわと浮いたままでいる。
「シス! ここで身体を震わすな! もう少し離れろ! 毛が飛んできている!」
驚いたシスが慌てて湯船から出るとその場で身体を震わしたのをウィルフが注意しているが、その横で今も宙に浮いているトクメの包帯からはお湯がしたたりそのまま湯船の中へと落ちていく。
「〜〜っお前らは二度と温泉に入るなっ!!」
ウィルフの声が辺り一面に響いた。
******
「男共は何を騒いでんのやら」
「全く、ウィルフは一体何をしているのかしら」
「そのウィルフが怒っているみたいだけど……何かあったのかしら」
丁度隣の女風呂では同じく人がいないからとムメイ達も温泉に浸かっていたのだが、壁の向こうから聞こえてくるウィルフの声に呆れたり心配したりしている。
「そんなことよりお姉様、お背中お流し致します」
「ありがとう。それなら私もルシアの背中を流すわね」
「お姉様の手……! 是非お願いします!」
騎士のように片膝をつくルシアの手を取りイリスは湯船から上がり、ムメイはその光景を多少呆れながらも温泉に浸かり楽しんでいる。
女性陣は至って平和だった。
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