第41話 美味しいケーキ

 その日の夕方、ウィルフが宿に戻り部屋に入るとシスとトクメがテーブルに向かいあって座り、大量のケーキを食べていた。


「?」


 何かの見間違いかと一度扉を閉め、もう一度ゆっくり開けたがやはり先程と変わらずシスとトクメは無言でケーキを食べている。


「……何故ケーキ……」


 確認してみるとケーキは全部で十二個。

 イチゴのショートケーキやフルーツタルト、チーズケーキなど六種類のケーキが二つずつあった。


「トクメが貰ってきた毒入りケーキだ。ウィルフは食わない方がいい」

「毒? 何でそんなものを……」

「悪徳奴隷商人がムメイ達に目をつけ、拐おうと計画して送られてきたケーキだ。女性陣には媚薬と睡眠薬、私達男性陣には痺れ薬が混ぜられセットで渡された紅茶にも痺れ薬が入れられている。用意周到だな、この街に長く居すぎたか」


 説明しながらトクメは普通にチーズケーキを食べ、シスも普通にモンブランを食べているその光景はとても毒入りには見えない。


「ゼビウスに毒食いについて昨日説教されたばかりじゃなかったか」

「!! し、調べる為じゃなくて守る為だから大丈夫だ……多分」


 それでも後ろめたさはあるのかウィルフから目を逸らすが、ケーキを食べる手は止めずに食べ続けている。


「……トクメも毒に耐性があるんだな」

「私は耐性というより毒自体が効かない。猛毒キノコも私からすればただの食用キノコだ」

「そうか……それで、その奴隷商人は放っていていいのか? 拐おうとしているのならここに来るんじゃないのか」

「ムメイは今日この部屋に泊まらせる。ムメイは甘いものが苦手だからケーキを食べる心配はないが、念の為全て食べてから呼ぶつもりだ。私がいてシスを部屋から追い出せばここは何処よりも安心安全だからな」

「……それでムメイが守れるなら俺は構わない」


 そう言ってトクメは二つ目のチーズケーキを手に取ると手元に置いてからフルーツタルトを取り、ウィルフはそれを眺めながら紅茶のポットに手を置いた。


「ウィルフ?」

「トクメ、頼みがある……この毒入り紅茶は俺が飲むから、イリスとルシアも守ってほしい」

「イリスならば部屋に誰かが入ってきた時点で気づいて撃退するから守る必要はあるまい」

「イリス達には何も知らず朝までゆっくり眠らせておきたいんだ……頼む」

「…………」


 ウィルフが紅茶を飲んだところでトクメもシスも毒が効かないので特に意味はないのだが、ウィルフなりの覚悟とケジメだった。


 トクメはしばらく無言で見つめると、自空間から小さなポットを取り出しそれをウィルフへ差し出した。


「これは?」

「シルベスタギムネマ茶だ。これを飲めば少しの間甘さを感じなくなり、お前でもこのケーキを食べられるようになる」

「つまり……」

「四個だ。守りたいのならば甘味が苦手だから食べないという甘い事は言わずに食べろ、そうすれば不届き者達が部屋自体に入れないようにしてやろう」


 トクメからの条件を受け入れウィルフが椅子に座るとトクメはモンブラン、シスはチョコレートケーキを置いた。


「媚薬は余計な手間が増える、睡眠薬と痺れ薬入りのみだ」


 改めて覚悟を決めウィルフはまずシルベスタギムネマ茶を飲んだ。青々しい香りのお茶は飲んだ瞬間はそれほどでもないが後から喉の奥に強烈な渋味と苦味を感じ、初めての味にウィルフは眉を顰めたが飲めないわけではないのでそのまま一気に飲み干す。


 そして恐る恐るチョコレートケーキを口へ運んだ。


「……。…………」


 一口食べて首を傾げ、二口目でウィルフの眉間に深いシワが入る。


「ウィルフ? やっぱり甘いのか?」

「いや、甘くはない。甘くはないが……甘さの固まりから甘さを取るのは……何というか、柔らかい粘土を塗ったスポンジを食べているみたいで……不味い」

「早く食べないと毒が効いてくるぞ」


 既に一口食べているウィルフに手を止めている時間はない。

 ウィルフはひたすら無心になってギムネマ茶を飲みながらケーキを食べ続けた。


「ぐっ」


 フルーツタルトは果物の酸味だけが残り皮のような味が、モンブランはかろうじて栗の味はするがほぼバターを食べている感じになり、それでもウィルフはギムネマ茶を飲むのは止めずケーキを食べ続け見事完食した。


「全部、食べた……トクメ、約束は守れ、よ……!」

「分かっている」


 毒が効き始めたのかウィルフの顔色は悪く、息が荒い。それでも最後の力を振り絞りベッドに辿り着くとそのまま倒れこみ、とうとう動かなくなった。


 そして翌朝、とある商人とその護衛が貴族の娘の部屋に侵入した罪で衛兵に捕らえられた。

 捕まえられた商人達は宿と間違えた、部屋のドアを開けるまでは確かに宿の部屋だったと訴えていたが、信じる者は当然誰もいない。


 商人達はそのまま犯罪奴隷となり鉱山送りになったのだが、既に街を出ていたトクメ達には何ら関係ない事だった。


******


「ウィルフ? 隈が出来ているけど何かあったの?」

「何でもない、ただ少し眠れなかっただけだ。……イリスは何ともなかったか?」

「え? ええ、いつもと同じ静かで過ごしやすい夜だったわ」

「そうか、それならいいんだ」


 イリスはまだ心配そうにしていたがウィルフに大丈夫と言われルシアの元へと向かい、その姿にウィルフは安堵の息をついた。


「酷い目に遭ったが……トクメはちゃんと約束を守ってくれたみたいだな」

「今更だが……解毒薬を飲みながらならもっと安全に食えたんじゃないか?」

「!! いや、そんな都合良く持っているなんて……」

「普通に持っているが?」

「ギムネマ茶よりそっちを渡してくれればよかったものを」

「解毒薬を持っていると聞かれなかったからな。それに、折角の覚悟に水を差すなんてそんな無粋な真似はしない。私はウィルフの意志を尊重したまで」

「こいつ……!」

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