第40話 楽しい会話
冥界は陽がないためか常に薄暗く、全体的にほんのりと涼しい。
「前にも来たが何にもないな……死者は魂となり冥界に来ると聞いたが」
歩きながら辺りを見回すが、何もない平坦な道があるだけで本当に何も、魂すらない。
「植物とか育ててもカイウスが根こそぎ奪っていくから諦めたと言ってたな。あと死者達はここじゃなくて下層地帯にいる」
「下層地帯? 冥界ではなく下層地帯にいるのか?」
「冥界を上下に分けただけだ。好き勝手荒らしまわって屋敷に侵入しようとする奴が多いからな、それでもここに来ては悪さをする奴がいるからゼビウスとケルベロスで見回っている」
「色々苦労しているんだな」
「その苦労の中の一つに、シスが瀕死にならないと帰って来ないってのがあるんだよなあ」
「!!」
丁度屋敷の前まで来た時に背後から声をかけられ勢いよく振り向けば、そこにはいつの間に現れたのかゼビウスが立っていた。
ゼビウスは機嫌良さそうに笑いながら片手を軽く上げた。
「ゼビウス、いつの間に」
「おかえりシス。ムメイちゃんからシスを冥界に送ったって連絡来たから迎えに来たんだよ。本当ムメイちゃんってあの目玉の娘とは思えない程いい子だよねー」
グリグリと頭を撫でられているシスは恥ずかしそうにしているが、尻尾は嬉しそうにパタパタと振られている。
「さて、ここでずっと話してるわけにもいかないし屋敷入ろうか、首の傷も治したいしさ。で、そこの精霊はどうする? 家来る?」
「あ、ああ。帰る時は一緒の方がムメイの負担も軽いだろうし、邪魔にならないのなら」
「シスの友達みたいだし、敵対行動取らなきゃ歓迎はするよ。加護は外さないけど」
こちらの用件を察していたゼビウスに先手を打たれたが、最初から分かっていた事だと諦めながらウィルフも中へと続いた。
屋敷の中は冥界らしくテーブルなどといった家具は黒で統一されているが意外と落ち着いた雰囲気で、流石に明かりは灯されておりウィルフは勧められるままにテーブルへ座る。
シスはいつの間にか人の姿に変わっていた。
「飲み物は何がいい? と言ってもシスが飲めるのって水と牛乳に豆乳、後は炭酸水とジュースぐらいか」
「紅茶とかないのか?」
「シスには毒だからダメ。お茶がいいなら麦茶な、そっちは」
「え、あ、コーヒーで」
「種類は? コピルアックとかブラックアイボリーあるけど」
「……マンデリンで」
「じゃあ淹れてくるからちょっと待っててなー」
ゼビウスはそう言うと台所へ向かった。
その姿は見るからに機嫌が良さそうで、今にも鼻歌を歌いそうである。
何となく神に飲み物を淹れさせるのはどうかと思ったが、ゼビウスが自らそうしているのでウィルフは何も考えないことにした。
それから数分後、ゼビウスはそれぞれ温かい麦茶とコーヒーの入った白いカップだけでなく小さな青い容れ物も置いた。
「これは?」
「エリクサーを塗り薬に加工したやつ。さっき軽く見たけど首の傷、熱した金属当てて血を止めたろ? 化膿はしてなかったけど跡は残るから、それ塗っとけば跡も消える」
伝説とまで言われている薬を塗り薬に加工していいものだろうか。
喉まで出かかった言葉だがゼビウスは神族、エリクサーは簡単に手に入るのだろうと自身を納得させコーヒーを口に含む。
強い苦味が特徴のマンデリンは先程の衝撃でまだ少し揺らいでいる気を引き締めるのに丁度よく、淹れる腕前も良いのか重厚なコクと香りはウィルフの気分を落ち着かせた。
また来たいとは思わないが、目の前の親子が嬉しそうに話しているのを見ていると今回は来て良かったかもしれない。
「人の姿でまともに会うのは初めてだよな。なんか不思議な感じ、他にもなんか覚えた事とかあんの?」
「専ら毒だが調合と呪術が使えるようになった」
「呪術? ああ、ドラゴン対策か。相変わらずドラゴンは苦手?」
「邪魔さえなければ逃げ切れるようにはなったからマシになったと思うけど……やっぱり戦いたくないし会いたくもないな」
「そっか、一応ケガしないよう気をつけてはいるわけか。逃げれるようになったのならちょっとは安心かな。でも呪術、神通力使えるなら八卦や六壬神課なんかの占術も覚えれそうだし今度覚えてみる? 陰陽道は俺達神族とはまた違う種の神が作ったから相性悪いけど、せっかく神通力が使えるなら覚えておいて損はないんじゃないかな」
親子の会話をウィルフは微笑ましく思いながら眺めていたのだが。
「そうだ、人の姿で食事とか大丈夫か? 食べられない物結構あるだろう」
「大抵の毒は効かないし、野菜は避ければ大体大丈夫だ。果物も許容量さえ超えなきゃ問題ない」
「ん?」
「?」
何気ない、普通の会話の筈だが何故かゼビウスは怪訝な顔になった。
「ゼビウス?」
「なあシス……食べられない物とその許容量は分かるんだよな」
「あ、ああ。玉ねぎとかチョコレートは少量でもダメだけど、果物ならブドウやイチジクだったら一口ぐらいなら……」
ゼビウスの声にどんどん不穏さが増していく。
「それが分かるのはいいんだけどさあ……何で許容量分かんの。一度食べただけで許容量なんか分かんないだろ。そもそも、一度食べて毒と分かったやつを何でまた食べてんの」
「!!」
一瞬にして場の空気とシスが固まり、ウィルフもつられて動きが止まった。
「大抵の毒が効かないって言ったけどさ、オルトロスって毒耐性ないだろ。なのに効かないって、どんだけ毒物食べてきたの」
「え、あ、ほら、選べる状況じゃなかったし……」
「カカオならともかく、街に行かないと手に入らないチョコレートを食べるしかない状況ってのはどんなのだ」
「あ、うあ……」
言い淀むシスにゼビウスは深いため息を吐いた。
「今日は初めてシスが自力で歩いて話せる状態で冥界に来たから怒りはしない、しないけどさあ……ちょっと他にも話してみようか」
そうして尋問のようにシスの話す内容にゼビウスは気になった部分を指摘していったのだが、話が進むごとにゼビウスの眉間のシワは深くなり口調もきつくなっていく。
確かにゼビウスは怒らなかった。
しかし最終的にシスは床に正座でゼビウスに説教され、先程までの上機嫌な笑顔が嘘のような厳しさに、隣で聞いていたウィルフも気づけばシスの横で正座してゼビウスの説教を受けていた。
そしてその頃地上では、外から帰ってきたトクメがムメイの姿を見つけるなり全てを察し、ムメイと交代して待ち構えていることをシスとウィルフはまだ知らない。
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