第39話 冥界へGO
「はー……」
今日も天気は晴れていて過ごしやすい丁度いい気温だった。
そんな気持ちの良い天気とは正反対にウィルフの表情は暗く、口からは重いため息が出ている。
ウィルフの顔が暗い原因、それはゼビウスだった。
ゼビウスに無理矢理加護をつけられてから数日、当然シスはまだ冥界に帰っていない。
忘れていたわけではないのだが、神族によるゼビウスへの仕打ちをどうにかしない限りシスは絶対に冥界へ帰ろうとしない。
ウィルフとて、ゼビウスの事情を知るといくら神とはいえ理不尽な目に遭わせたくない。遭わせたくないが、シスを冥界に帰らせないとそのゼビウスにこちらが理不尽な目に遭わされそうな気がする。
そうなる前に何とかシスを冥界へ帰らせたいが、その手段をウィルフは持っていない。
持っていないが心当たりはある。
その心当たりのある相手、トクメとどうしても話さなくてはいけないためウィルフの表情は暗く、重いため息しか出なかった。
「ここでこうしていても仕方ない……行くか」
ゼビウスからの八つ当たりかトクメとの疲れる会話か、どちらを選んでもウィルフには苦痛でしかない。
重い腰を上げウィルフはトクメのところへ向かう前にシスに声をかけた。
「なあシス、今からトクメの……」
トクメ、という名前を出した瞬間にシスは部屋から逃げ出そうとしたのをウィルフは咄嗟に後ろ髪を掴んで引き止めた。
勢いよく引っ張ったのでシスの首がカクンと後ろに下がったが、気にせず逃げようとするのでウィルフも必死で髪を引っ張る。
「待て待て逃げるな。気持ちは分かるし俺だって逃げたいがとにかく待て」
「何でだよ! あいつに用なんかないだろう!」
元々シスがトクメを嫌っているのは知っていたが、だからといってこのまま逃すわけにはいかない。
「用があるから行くんだ。あいつなら誰にも気づかれずに冥界へ行く方法を知っている筈だからな。そろそろお前をゼビウスのところへ行かせないと俺が危ない気がする」
そう言うとシスの動きはピタリと止まった。
「ああ……確かに。でもトクメは俺の利になるような事はしないと思うぞ」
「だから行き方だけ教えてもらうんだ。それさえ分かれば俺がお前を冥界に送ることができる」
「それは無理じゃない?」
「「うわあああ!!」」
完全に油断していたウィルフとシスはいきなりかけられた声に驚き、思わず後ろへ飛び下がった。
「ムメイ!?」
「大きい声で騒いでいたから外まで声が聞こえていたわよ? 一応ノックはしたから無作法とか言わないでね」
「あ、ああ。それより俺では無理だと言うのは?」
「単純に魔力不足。誰にも知られずに冥界に行く方法はまず自空間に入って、そこから転移魔法で冥界に行くの。自空間の中は誰も侵入出来ないから、何をしようが気づきようがないでしょう」
「は?」
自空間は普通アイテムなどを入れる為だけに使い、生物は勿論自身が中に入る事は出来ない。せいぜい中のアイテムを取り出す時に手を入れるぐらいである。
「だから自空間に入れなくて転移魔法を使える魔力もないウィルフじゃまず無理。今から鍛えたとしても数年はかかるし……急いでいるみたいだから今回は私が冥界まで送るわ」
そう言った瞬間、ウィルフとシスは気づけば遥か上空から真っ逆さまに落ちていた。
「は? はあああああ!?」
恐らくムメイの自空間に入ったのだろうが、そこは太陽こそないが明るく青い空があり下に目をやれば海と陸地が確認できた。
もはや自空間というより別世界といった方が正しい。
思わず呆けていると今度は一瞬にして薄暗い場所に変わりそのまま地面に頭をぶつけた。
「痛っ!」
「うわ、もろ顔面」
もう少し丁寧にできないのかとぶつけた鼻をさすりながら言いかけたウィルフだが、自空間の風景に見惚れて気を取られていたのはこちらなので口をつぐんだ。
「ム、ムメイ……送ってくれて感謝するがその……空に出る時は事前に言ってくれ。心構えが欲しい……」
気づけばシスが元の姿で伏せた姿勢のまま動かずにいる。
「……高い所苦手なのか?」
「空を飛ぶすべを持っていないから……空中に放り出されると何も出来なくなる」
「ご、ごめん。大丈夫?」
謝りながらムメイは安心させるようにシスの頭を撫でているが、尻尾は微塵も動かないのを見るに相当怖かったのがうかがえる。
「……ああ、もう大丈夫だ。それよりこのまま一緒に来るか? ゼビウスも喜ぶと思う」
「ん? んー、私は一旦戻るわ。やる事あるから」
「そうか……」
顔の表情は変わらないが、耳が寂しそうにシュンと垂れた。
顔に表情が出ないようにしているみたいだが、耳と尻尾は感情がそのまま出るようで非常に分かりやすい。
「帰る時は名前呼んでくれたら迎えに来るから、それじゃあね」
「あっ、おい俺も」
「ウィルフはゼビウスに加護を外して欲しいんじゃないの? それならちゃんと自分で言わないと」
引き留めようとしたウィルフだが、言われた言葉に怯んでいる間にムメイはそのまま姿を消してしまった。
「……案内を頼んでいいか?」
「……ああ。屋敷の近くまで運んでくれたみたいだからここからならすぐに着く」
そう言ってシスは歩き出すが、その姿はまだオルトロスのままで尻尾も下がり後ろ脚に巻きついたようになっている。
言っている以上に高い所が苦手なのが分かり、ウィルフは何も言わずシスの後をついていった。
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