第36話 七大精霊とは
シスの過去を聞いている内に仲良くなったのかルシアとサリアは楽しそうに会話をしていた。
「ルシアちゃんはCランクなのね。その歳で冒険者になって、しかも数日でCランクに上がるなんてすごいわ。私は一ヶ月もかかったのよ」
「言っておくけど、年だけならあなたより上だからね」
「え?」
「私は精霊なの! だから見た目で判断しないでねっ」
ウィルフは微笑ましく思いながら後ろから聞こえて来る会話を聞いていたが、種族の話になった途端表情が固まった。
それを人の姿になったシスとルドラが不思議そうに眺めている。
「お、どうしたウィルフさん。何かあったか?」
「いや……驚かないのか?」
「え? ああ、そりゃオルトロスが人になっている時点でもう驚きが突破しちまっているからな。むしろあんた達が人間じゃないと知って納得した」
「そうか……」
「ちなみにどの属性の精霊なんだ?」
「私は属性ではなく感情から生まれてきたの! ちなみに私とウィルフは正義の精霊よ」
「あ、うわ、こらっ!」
言い淀んだウィルフの代わりなのかサリアも同じ事を聞いたのか、勢いよく答えたルシアにウィルフは慌てて口を押さえたが既にバッチリ聞こえていたらしく二人はあんぐりと口を開けた。
「正義って……あの七大精霊の一人の!? すっげー! 握手してくれ!!」
「ええ?」
我に返ったルドラが興奮したようにウィルフの手を握り上下にブンブン振った。サリアもルドラ程ではないが目を輝かせルシアを尊敬の眼差しで見つめている。
「英雄とも評される精霊と会話が出来るなんて……」
「英雄?」
「お、そうかシスはオルトロスだから知らねえか。七大精霊はな、精霊の中でも特に強くて神族に戦いを申し込んで対等にやり合ったって有名なんだぜ。結果は負けちまったが、その戦いっぷりは凄くて俺達人間から見りゃ英雄なんだよ」
「七大精霊ってそんなに凄い存在だったのね」
「違う。ルドラ達には悪いが俺達はあくまで七大精霊と同じ感情から誕生しただけであって完全な別個体だ。当時神に戦争を仕掛けた七大精霊は全て消滅しているし、そこまで英雄視されるものじゃない上に以前は人間からも笑い者扱いされていた」
ルシアが変に暴走をしないよう後ろから肩を押さえウィルフはルドラ達と向かい合った。
「え? でも街によっては七大精霊の像が建っていたりすんぜ」
「俺が人として生活していた時は己の力に溺れた愚か者代表って扱いだった。時の流れと共に認識は変わっているみたいだが……精霊内での立場は今も変わらず微妙だし当時を知っている連中からは距離を置かれている。その……精霊戦争後、神族からの圧力が今もあってだな……」
「あー、ウィルフさん達も苦労してんだな……」
ウィルフ達が七大精霊及び精霊戦争とは関係ないといえど、属性が同じだとどうしても警戒されてしまう。
更にカイネなど一部の神族は同一扱いしてくるので他の精霊達との溝は深まるばかりだった。
「そういえば黒い髪と茶色い髪の女の人、あと白い男の人もいたけどあの人達も精霊なの?」
「女性陣は精霊だが白い男は違う。世界最古の怪物だ」
「世界最古? ……にしても、精霊と魔物に怪物とはまた凄いパーティーだな」
「もしかしてその精霊さん達も七大精霊?」
「茶髪……イリスはそうだが黒髪の精霊、ムメイは違う」
「そうなの!?」
ウィルフの答えにサリアではなく何故かルシアが反応した。
「お前知らなかったのか?」
「流石はお姉様! 美しく賢いだけでなくお強くもあり、人間からは英雄視されている七大精霊なんてまさに完璧な方!」
いきなりイリスを大声で崇め始めたルシアにルドラとサリアは驚き、サリアに至っては若干引いている。
「お前は何でそんなにイリスに心酔しまくっているんだ……」
「ウィルフの感情が入っているからじゃないのか?」
「え?」
「ルシアはウィルフと同じ属性で消滅する寸前に誕生したんだろう? ならそのウィルフの感情を引き継いでいると思っていたんだが……違うのか?」
「確かにそう考えると……ん? いやちょっと待て、精霊じゃないお前がそれを分かるということは……」
どんどん顔色が悪くなっていくウィルフに、黙っていてもどうせ分かる事だとシスはウィルフの考えている最悪の状況を伝えた。
「トクメは確定、ムメイは可能性大。他は知らん」
「あああああ……」
「えっ、おい急にどうした」
急に奇声を上げ、顔を両手で押さえてしゃがみ込んだウィルフを心配するルドラにかルシアやサリアも心配して近づいてきた。
しかしルシアが踏み出した瞬間、パキリという小気味良い音が響くと同時に周辺にあった草がウネウネと動き出した。
「うっわ、キラープラントの根っこ踏んだな。サリア! 魔法だ!」
「うん!」
ルドラに言われサリアは杖を構えると詠唱を始め、周囲に魔法陣が浮かぶ。
「ルシアちゃんは早くこっちに……!?」
根っこを踏んだルシアに向かってキラープラントの蔓が伸びてきたの気づいたルドラは急いで引き寄せようと手を伸ばしたが、ルシアに届く前に蔓は一瞬にして細切れになった。
「え、え?」
「戦いはできてもまだ急な襲撃には対応できないのか……課題が一つ増えたな」
いつの間に立ち直ったのかウィルフが剣を抜きキラープラントの蔓を斬りはらい、また鞘へと戻した。
それを見たルドラはヒュウっと口笛を鳴らす。
「居合いか! 刀を使う奴って中々いねえがやっぱすげぇな!」
丁度サリアの詠唱も終了し、火の魔法がキラープラントの根に当たると蔓はみるみる枯れていった。
「おっ、終わったな。話に夢中でキラープラントに気づかなかったぜ、悪かった」
「いや、こちらこそルシアの不注意で危険な目に合わせたみたいで申し訳ない」
「う、ごめんなさい」
「いいっていいって! 最初にキラープラントの話しなかったからな。サリアも、ありがとうよ」
「う、うん……」
サリアの頭をポンポンと撫でてからルドラは燃えたキラープラントの灰を漁り、中から緑色に透けた綺麗な石を取り出した。
「おっ、あったあった。キラープラントの魔石」
大体の魔物は死ぬ直前に体内の魔力が凝縮され、それが結晶となり魔石と呼ばれるものに変化する。
この魔石は様々な魔道具や魔導人形のコアなどに使われるのだが詳しい仕組みは解明されておらず、昔から魔術師ギルドなどではこれに合わせて人工的に生成出来ないか研究が続けられている。
「これをあと二つ獲れば依頼は完了だ。今更だけどよ、キラープラントは初めてか?」
「初めてではないが前と大分生態系が変わっているみたいだな。対応の仕方を教えてくれるか?」
「勿論。キラープラントは今みたいに蔓で襲ってくるが、獲物が蔓に触れるまでは絶対動かないんだ。逆に触ったり今みたいに根っこ踏むと怒って猛攻かけてくるし、蔓に捕まると捕食されるか種を植えられる。だからキラープラントの蔓を見つけたら、まず動かず目で辿って根っこを確認してから火で燃やせば一発だ」
「あっ、この蔓がキラープラントね。なら……」
歩きながら説明しているとルシアがキラープラントの蔓を見つけ、それと同時にまたパキリという小気味良い音が響いた。
「ルシア……」
「な、何でこんな近くに根っこがあるのよ!」
「移動か増殖中か? 数が多いな、まずは邪魔な蔓を切るか。サリア! 危ないから下がってろ」
「う、うん」
ルドラが大剣を構えるとシスがキラープラントの前に立った。
「シス?」
「燃やしゃいいんだな」
そう言ってシスが大きく息を吸い込んだ次の瞬間、口から火を吐き出した。
「は」
「え?」
あっという間にキラープラントは燃え尽き、ルドラはあんぐりと口を開いたまま固まった。
シスはそんなルドラの様子に気づかずキラープラントの灰に足を突っ込み魔石を探している。
「なあ、魔石ってどこにあるんだ?」
「ねえ! サリアも手伝って!」
「え、あ、はい! 魔石は根っこにあるのでそこを探せばある筈です!」
ルシアに呼ばれサリアは急いでそちらへ向かい一緒に魔石を探し始め、それを見送りながらルドラはウィルフの方へ顔を向けるとシスを指差し口をパクパクさせ、ウィルフは黙って首を横に振った。
まだ出会って間もないが、言葉を交わさなくてもお互い通じ合った瞬間だった。
『オルトロスって火ぃ吐けたっけ?』
『普通は吐かない、吐けない』
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